ピエロの徒然日誌50
だからこそ私はこの野蛮なる文明社会?(笑)が齎した神経症と云う病を媒介にして、己の悪魔性と生死を賭けて(-_-メ)闘っているわけだ(^0^)/ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほお笑い草か?(^0^)/
私は心醜い老人(笑)だからこそ、逆に言えば純粋無垢、無邪気な子供が好きなわけだ(^0^)/
言うならば、子供達が成長して、私のような醜い心を持たないような社会を志し、それを果たすべく希望と成している次第で(^0^)/
言い換えれば、無邪気な子供達が、成長しても邪気を持たない社会実現化が私の抱く夢であり、これが私の目指す悲願(^0^)/と謂えるわけで(^0^)/
だからこそ私はこの腐り切った社会が(己の醜い心とオーバーラップして(笑))大嫌いだからこそ、断罪(笑)批判しているわけだ(^0^)/
私はこの差別偏見蔑視先入観貪欲狡猾怨嗟(笑)社会が作り上げた申し子のような存在であると言えよう(*_*)
私の文学は、この己の中に巣くう醜い大人のずる賢い(笑)救いようがない悪魔的な構造意識を糾弾憎悪する唯々であり、それはそのまま現実社会に矛先が向く必然性を持っており、その糾弾力(笑)を緩めるつもりは一切ないわけで(^0^)/
だからこそ私はこの野蛮なる文明社会?(笑)が齎した神経症と云う病を媒介にして、己の悪魔性と生死を賭けて(-_-メ)闘っているわけだ(^0^)/
この論理を推し進めると、帰結はこうなるわけだ(^0^)/
私が小説道を通して内在する悪魔性に打ち勝つ事こそを、社会に広く知らしめるその事実こそが、私自身の悲願達成に繋がる所以である事を明言したいわけだ(^0^)/
ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ(^0^)/
被害妄想(笑)満身創痍糞ジジイの戯れ事(笑)?(^0^)/
諸兄よどう思う?(^0^)/
お笑い草か?(^0^)/
ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ(^0^)/




