表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君を忘れる優しい魔法

作者: 八潮

「あの人と、付き合うの。」

そういった君は、笑顔だった。

「あの人と、別れたの。」

そういった君は、泣いていた。

それを何度も繰り返して、君はいつからか笑わなくなったし、泣かなくなった。



「また浮気されたんだって?」

いつもの喫茶店、いつもと同じ奥の席、今日も変わらずコーヒーを二つ頼んで、もう何度目になるかわからないおんなじ言葉。

返されるのもいつもと同じ、困ったような笑顔。

ため息を一つ零して、苦いコーヒーを流し込む。

「だからもうやめろって。あいつの浮気性は何年経ったて治んねーよ。晴香だってわかってんだろ?」

「でも、今度こそって、すごい泣くんだよ。一番は私だって、行かないでくれ、って。」

「毎回そう言ってんじゃん。それで何回も泣かされてんのはお前だろ?」

「でも、今度は大丈夫かもしれないって期待しちゃうんだよ。」

「…無理だって気付いてるくせに。」

そう言えば、辛そうに俯いて、泣くのを堪える様にギュッと膝の上で手を握り締めるから。

俺は、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。

また零れそうになったため息を飲み込んで、晴香の頭を乱暴に撫でる。

「…悪かった。言いすぎた。」

「…ううん。悪いのは私、だから。毎回毎回迷惑かけてごめん。」

「いいよ。何かあったら話せって言ってるのは俺だし。」

「とりあえず、これで本当に最後にする。次は、ちゃんと別れる。」


それが出来てたら俺も晴香もここにはいないだろ、なんて浮かんだ言葉は口には出さない。

次は、次こそは、今度こそ。

そんな言葉に意味がないのなんて、二人ともとうの昔に気付いてる。

きっと、何度浮気されても、傷つけられても、晴香はあいつと別れない。別れられない。

それぐらい、あいつのことが好きなのも、もうずっと前から知っている。


「ごめん、私帰らないと。そろそろあの人が帰ってきちゃう。」

「そう、じゃあ、また。」

「うん。…ごめんね。」

「気にすんなって。…無理すんなよ。」

「…ありがと。」

おう、なんて返して、晴香が店から出るのを見送る。


こらえきれずに、今日一番大きなため息を吐く。

「…疲れたなぁ。」

ぽつり、と口からこぼれた言葉に自嘲する。

なんて、勝手なことを。

元はといえば俺が言い出したことなのに。


最初に晴香が浮気をされたとき、相談に乗ってからずっと続くこの関係。

わざわざ休暇をとって、電車を乗り継いで会いに来るなんて、自分でも馬鹿だと思う。

こんなめんどくさい事さっさとやめればいいのに。

最初の何回かでやめてしまえば、ずるずると続くこともなかっただろうに。

さっき、晴香に言った言葉が頭を巡る。


「無理だって気付いてるくせに。」


まったく、その通りだ。

はやく、こんな辛い恋なんてやめてしまえばいい。

早くあいつのことなんて忘れて、…俺を好きになってくれればいいのに。

そんな、くだらない考えなんて、消してしまえば。

弱みにつけ込もうとして、でも出来なくて、そんな自分を毎回嫌いになっていく。

それでも晴香の泣きそうな笑顔が頭に浮かんで、気がついたら毎回電車に乗っている。

くだらない話をして、晴香が笑ってくれたら。

一瞬でも、あいつのことを忘れてくれたら。

それだけで今は十分だ、なんて思ってしまう俺もきっと、この関係から抜け出せないのだ。



すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、店を出て、駅へ向かってゆっくりと歩き出す。

太陽が沈みはじめて、空が赤くなりはじめて。

高校生たちが楽しそうに笑い合いながら、足早に横を通り過ぎてゆく。

その背中に、昔の、…まだこんな思いを知らなかった頃の二人に重なって、泣きそうになった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ