ニセモノ
ハーデスの魔王城で魔王の二人が姉弟愛を育んでいたころ、二人の魔王のお付きはとある酒場に来ていた。
「ハーデス様は嫌だ嫌だ言ってる割にはヘラ様のこと大好きだからねー」
「そっちの主さんはツンデレだからな」
大体ヘラとハーデスが一緒にいる時は二人で行きつけの酒場に来る。魔族が経営している酒場の為、客のほとんどが魔族である。
「おっちゃん酒追加!」
「あいよ!」
カウンターに座る二人の酒が少なくなってきたので、ウルフが追加を注文する。店主である魔族のおじさんの元気の良い返事が聞こえてくる。
「あとつまみちょーだい」
キューちゃんがつまみを注文する。
二人とも、というか魔族は人間よりもアルコールなどに強い。その上味にも厳しい。つまりグルメなのだ。
実は二人は幼い頃からの知り合いである。ウルフはキューちゃんを信頼しており、またキューちゃんもウルフを信頼している。
「おいおい追加の酒はどうした~? 俺は魔王ハーデスだぞ!? 早く持ってこないとこの酒場を焼き尽くすよ?」
角ははりぼて、黒い髪に大きな鼻とギリギリ開いている細い目。身長は高くない。
魔族の中で時々勝手に魔王の名を名乗り、横暴を働く輩がいる。大抵そういう輩は痛い目みるか、それなりの力を持っていてでかい顔するかのどっちかだ。
いつもはキューちゃんもウルフもこういった輩に構うことはないのだが、何故か今日に限ってやたら気になってしまう。
キューちゃんは立ち上がろうとするウルフを止めて、ニセハーデスの元へ歩いて行く。いつもの服の為に露出が高く、ニセハーデスは自分の方に向かってくるキューちゃんに視線が向かってしまう。
「おにーさん魔王ハーデスなんだって? 一緒に飲ませてもらえるかしら?」
「げへへへへ、いいぜねーちゃん」
汚らしく笑ったニセハーデスは鼻の下を伸ばしてキューちゃんを隣に座らせる。
サキュバスの能力は人を魅了する事、異性にしか効果が無いが。因みにキューちゃんのあの強さは単純に鍛えただけである。
異性を自身の虜にするサキュバスの能力は、使い方によっては異性を意のままに操ることも可能だ。それに女好きである男どもは気分も良くなり扱いやすい。ましてや酒などはいっていたら朝飯前の難易度だ。
キューちゃんの強さがあればこんなニセハーデスなど軽く小突くだけで倒すことができる。ではなぜこのようなことをするのか。キューちゃんもお酒が入っていて少し遊びたいのだ。
「ハーデスさんてやっぱり魔王だからお強いんですか?」
ニセハーデスにお酒を注ぎながらキューちゃんは普段からは想像できないような色っぽい声で聞く。
「当たり前よ! 前に西にある小国を滅ぼしたこともあるんだぜ!」
因みにそれをやったのは他ならぬキューちゃんである。金を返さない本物のハーデスにキレて、ハーデスが逃げ込んだ西の小国ごと潰してしまったのだ。
「では私と腕相撲してもらえません? これでも力には自信あるんですよー」
国を一つ潰せるんだ、自信の一つや二つくらいつくだろう。
「へへへ、俺は加減するのが苦手だがいいのか?」
「よろしくお願いしますぅ!」
「怖いもの知らずな女は嫌いじゃないぜ…」
これから自身の身に訪れるであろう悲劇を彼は知る事もせずに、キューちゃんと腕相撲が出来るように手を組む。
ニセハーデスの視線はキューちゃんの胸元にいっている。
ニセハーデスは一度あたりをキョロキョロと見回した後に、二人の方を見ていたウルフを指定して審判をさせる。
「ルールは三本勝負、先に二勝した方が勝ちでいいかい?」
組み合った二人の手を掴んでけだるそうにルールの確認をする。二人ともそれに了承する。
ウルフの合図でニセハーデスは腕に力を込める。キューちゃんは少し粘るフリをしてからわざと自分の手の甲を地面につける。
一回目はニセハーデスの勝利。そのまま二人は体勢を直して、ウルフの合図で二回戦目をスタートする。が、同時に腕相撲の舞台のテーブルが砕け、ゴキゴキゴキと鈍い音が響いた。
さっきまで周りでヤジをとばしていた観客も、ニセハーデスも一瞬何がおこったのか分からずに固まってしまう。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ニセハーデスの右腕はあらぬ方向に曲がっていた。ヤジをとばしていた観客は一斉に黙り、酒場のマスターはコーヒーカップからコーヒーが溢れている二もかかわらず注ぎ続ける。
自身の合図とともに逃げていたウルフは勿論無傷。
ニセハーデスは「腕が、腕が」とのたうちまわる。
キューちゃんはゆっくりとのたうち回るニセハーデスに近づいて行く。ニセハーデスは恐怖のあまり言葉を発することも出来ず、しかも漏らした。
キューちゃんはニセハーデスの前に来ると、少し間をあけてから口を開く。
「本物のハーデス様は弱いしツンデレでおっぱい大好きのムッツリ変態だけど、私が心から認めた主なの。あんたみたいにクズみたいな魔族じゃないんだよね。お前みたいのがハーデス様の名を語るなんて吐き気がする」
キューちゃんは笑顔でニセハーデスのニセモノの角をむしり取る。
キューちゃんの優しい言葉と表面上だけの笑顔が逆にニセハーデスの恐怖を倍増させる。
「だからもう二度とハーデス様の名を語らないで。それを約束できるなら許してあげないこともない。どう? 約束できる?」
ニセハーデスはまだ言葉を発することが出来ないために、無言で何度も何度も首を縦にふる。
キューちゃんがニセハーデスに左手を差し伸べる。涙をためた目で何度もキューちゃんを見てから震える左手でキューちゃんの手を掴む。
「……アガッ……!!!!!!」
バキバキバキと鈍い音がニセハーデスの左手からあたりに響いた。
「……許すか、バカが。」
そう言い放ってからキューちゃんはお勘定を済ませてウルフと酒場を出て行った。
酒場にいた全員がキューちゃんの姿を見て思ったであろう、「鬼」だと。