姉弟
「私はそもそもあのメス猫がハーくんのお付きになるのも反対しているんです、お父様の命令だから黙っていますが。ハーくんヒトキノコは嫌いだよね、抜いておくね。そもそも私達姉弟が別々の魔王城に住むこと事体おかしいんだよ、姉弟なら同じ城に住むべきだよね。そして食事もお風呂も寝る時もいつでも一緒なのが普通なんです。じゃないと私はハーくん成分がたりなくなって禁断症状がでちゃいますよ。今は何とかハーくんの使用済みの洋服と、等身大ハーくん抱き枕とハーくんの(お風呂で盗撮して作った)フルヌードポスターで我慢してるけど。あ、ご飯の量はこれくらいで大丈夫だよね。でもたまに本物のハーくんに会ってハーくん成分を補給しなきゃ生きていけないよ」
晩ご飯を作りながら長々と一人で喋り続けるヘラの言葉を、ハーデスは適当に流している。
ヘラのブラコンも変態も今に始まったことではないので、ハーデスはもう慣れっこだ。
「たのも―――!! 魔王ハーデス出てこい! この勇ジャッ!!」
大広間の方から新たな勇者の声が聞こえてきた。その瞬間にヘラの姿が一瞬ハーデスの目の前から消え、そして約一秒後にまたハーデスの前に戻ってきた時には、血まみれになって気を失っている勇者の頭を鷲掴みにしていた。
ハーデスが特別なだけで、魔王とは強くなくてはならないものなのだ。ハーデスは子供にも負ける程弱いが、ヘラが本気を出せば国を一つ滅ぼすことなど容易いものだ。
それでもハーデスが絡んだ時はヘラの全能力は十倍以上にまで上がる。これはヘラの(一方的な)愛の成せる技である。
「ちょっと待っててね」
血まみれの勇者の頭を鷲掴みにしながら、服や顔には返り血を浴びながら、ヘラはにっこりと笑ってそう言った。
まるで鬼神のようだ。並の魔族や人間ならヘラのこの姿を見ただけで、すぐにでも逃げ出すだろう。
ハーデスも子供の頃はヘラのあまりの迫力に漏らしたことも何度かある。
ヘラが部屋から出て行ってハーデスの元には約一時間程で戻ってきた。
今ハーデスたちがいたのは基本的な生活ルームである。
魔王城は正門から入るといきなり長い通路があり、そこを進んでいくと大広間がある。主にそこでハーデスは勇者と闘う。大広間は直径一キロの円状になっており、天井は開閉式になっていて空を覗くことも可能だ。
そして奥に続く扉は一つだけで、その扉は鍵がかかっている。『関係者以外立ち入り禁止』のパネルを下げてある引き戸を開けると、まるで普通の家のような廊下がある。
真っ直ぐ進んでドアを押せば、かなり広いリビングダイニングキッチンが広がる。約四十畳程ある。
キッチンの奥には廊下があり進むと正面に階段、右側にお風呂、左側にトイレがある。二階にはハーデスの部屋とキューちゃんの部屋、そして空き部屋が二つある。二階のハーデスとキューちゃんの部屋は十二畳、空き部屋は両方とも十畳ある。
一階のトイレの脇には外に続く出入り口があって、普段ハーデスたちはここから出入りしている。
そしてなんといってもオール電化。
魔族たちのだって便利なのがいいんです。
それに魔王だからガッポガッポ稼いでるんです。例え弱くても仮にも魔王、普通の魔族よりもかなり稼いでいる。
因みにヘラが勇者を引きずって部屋を留守にしていた間の一時間、彼女がどこで何をしていたのかと言うと……。
「ねぇ、なんで入ってきたの? 空気読めよクソ勇者」
「………」
大広間でヘラが勇者をさらに痛めつけてました。
既に気絶している勇者をたたき起こしてはまた気絶する程痛めつけ、何故かそこにタロウも加わる。
タロウは痛めつけているなんて感覚はなく、おもちゃか食べ物だと勘違いして噛みついているだけだろう。
ヘラが勇者を痛めつけている間に、もう一人大広間に勇者がやってきた。その勇者は身長はハーデスといい勝負、筋肉の鎧の上からは鉄の鎧を着た勇者だ。武器は巨大な斧と大きなシールド。まるで重戦車のような勇者がやってきた。
その勇者は大広間で繰り広げられている光景に、一度は前に進むことをためらう。でも鉄の鎧のように強い心で前に進むが、ヘラにほんの少し睨まれただけで自分では敵わないと判断した。いや、敵わないだけではなく触れる事すらできずに殺される程の力の差を感じた。
その勇者はすぐに鎧を脱ぎ捨て驚くほどの速さで逃げだした。
彼はもう魔王を倒そうなど考えられなくなり、実家の花屋を継いだらしい。彼は「仮に俺が百人いても全員殺される」と語っている。
戻ってきたヘラは料理を暖めなおしてハーデスのところに持っていく。
因みにヘラは家事や料理は万能、それに強くて美人なうえに好きな人には尽くすタイプだ。もし魔王ではなければ沢山の男どもが食いつくような良物件なのだ。今はハーデスにぞっこんだから誰かに嫁ぐつもりはないらしいが。
人間から口説かれたことも多々ある。その時のお話はまた別の機会に。
ハーデスとヘラはヘラの用意した食事を済ませると、今度はお風呂に入る事になった。
先にハーデスが風呂に入ったが、案の定後からヘラが入ってきた。ハーデスは来ることが分かっていたので動じたりはしない。二人は姉弟なのでハーデスが欲情したりすることはないが、ヘラの体は出るところはちゃんと出ていて締まるところはちゃんと引き締まっている。
「せめて隠してきてくんない?」
「ハーくんだって丸出しじゃない」
ハーデスは浴槽の中で体育座りしながらヘラの裸を凝視している。
二人は姉弟だから興奮したり欲情したりすることはない。絶対にそんなことはないのだ。例えハーデスがおっぱい大好きで、ヘラが筋肉フェチだとしても。
体の洗いっことかしているが二人の間にやましい気持ちなどみじんもない。決して興奮しているから二人とも鼻息が荒いわけではない、のぼせてきたからだ。お互い自分にそう言い聞かせている。
ハーデスは風呂から上がると自室にこもり、数十分程ですっきりした顔で出てくる。
ヘラはしばらくニヤニヤしながらリビングにいる。
その後二人で一緒に寝たのは言うまでもない。