魔王、修行する
「俺、修行する」
「そうですか」
今日も勇者に秒殺されたハーデスは、勇者に吹っ飛ばされて頭を突っ込んでできた壁の穴を修理しながらそう言った。
キューちゃんはそれを適当に流してハーデスにカナヅチを渡す。
「…なにその反応は」
キューちゃんの反応も当然である。なぜならハーデスは以前に何度もこのような事を言っては三日坊主で終わっているからである。
キューちゃんはハーデスが魔王になったときからずっと彼のお付きだ。そんな彼女は少なくとも彼のそんな言葉を六百五十回は聞いている。だから彼女のこの反応はある意味正解なのである。
「今回は本気なんだよ!」
「毎回本気ですよね」
いつの間にかお決まりとなってしまっているキューちゃんの返しに、ハーデスは不満そうに黙ってしまった。
ハーデスは五百年近くめざせ一勝という目標を掲げている。が一勝どころか勇者に攻撃をくらわすことすらできずにいる。
以前はジムに通ってみたり他の魔王三人衆に稽古をつけてもらったりしたのだが、勝てないのだ。ただの一度も。二日三日稽古をしただけでやった気になってしまうハーデスの気持ちに問題もあるのだが。
もはや毎年の恒例行事となっているハーデスの「修行する」発言は何度か人間を巻き込んだこともあった。以前キューちゃんがハーデスにきつく稽古をしすぎて、ヘタレでメンタルの弱いハーデスは人間達の街へ逃げ出したのだ。
キューちゃんは「また逃げ出したか」程度にしか考えてなかったが、一日経っても帰ってこなかったために他の魔王三人衆とそのお付きを巻き込んでの大捜索となった。その後結局五日たっても見つからず、そこから三日経ったところでハーデスは自分から魔王城に帰ってきた。何をしていたかとキューちゃんが聞くと、ハーデスは申し訳なさそうに「ごめんなさい」と答えた。
詳しく聞くとハーデスは計九日、人間のふりしてキャバクラ行ったり、仲良くなった人間とお酒を飲んだり、普段できないような事をしていたらしい。女、酒、ギャンブル、人をダメにするものを一通りやっていたらしい。
そして極めつけは領収書の宛先をすべてキューちゃんにしていたのだ。因みに数千万ではきかない額だった。
当然キューちゃんはブチギレた。
ブチギレたキューちゃんの体からあふれ出る魔力で魔王城は半壊、そしてそのキューちゃんの攻撃によって魔王城が全壊。一面焼け野原となった。ハーデスには拭いきれないトラウマを植え付けた。そして完全にとばっちりであるタロウは恐怖のあまり気絶した。目覚めてからはしばらく吠える事すらしなくなった。
ハーデスは後にこの時のことを「父上より怖かった、死を覚悟した」と語る。ハーデスの父上とは魔王三人衆のさらに上、大魔王サタンの事である。
「あ、セミだ」
キューちゃんは飛んでいるセミを見つけて素手で捕まえた。
「ハーデス様、セミですよ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しりもちをついて情けない声を上げたハーデスは、そのまま器用に後ろに進んでいく。
「ほれほれ」
キューちゃんは捕まえたセミをハーデスの方に持っていく。
「くぁwせdrftgyふじこip!!」
今ここでセミにビビッているのは数いる魔族を支配する魔王である。因みにハーデスは恐怖のあまり部屋の壁を駆け上がって、地上から数メートルのところでぶるぶる震えながら壁に張り付いている。
ハーデスは虫が苦手だ。さらに言うならトカゲ等の爬虫類も苦手だ。
「セミが二匹に増えた」
このまま放置しておくとかまってちゃんであるハーデスは拗ねるので、キューちゃんは渋々手に持ってるセミを逃がしてからハーデスを壁から降ろす事にする。
キューちゃんが強めに壁を殴る。そうすれば今壁に張り付いている二本の角が生えたセミは落ちてくる。
勿論受け止めることなどしない。
地面に落ちて震えが止まったハーデスはゆっくりと立ち上がる。
「俺…強くなる!!」
左の拳を天井に向かってつき上げて、キリッとした顔でハーデスはそう宣言した。
「わかったから早く修理を続けて下さい、はい釘」
ハーデスの戯言になどいちいち付き合ってられないキューちゃんは、適当に流す。
「明日から修行する。そのために今日はトレーニングメニュー考えるから部屋に戻る」
キューちゃんから釘を受け取らずにハーデスは部屋の方に早足で戻って行く。
でも勿論キューちゃんはそれを許すわけがない。
キューちゃんの無言のドロップキックがハーデスに炸裂した。
そしてキューちゃんはまた修理を再開する。
一方キューちゃんの鋭いドロップキックを受けたハーデスは、腰あたりまで壁にめり込んでいた。
なんと驚くべきことにハーデスは自分がめり込んだ穴を直した後、本当にトレーニングメニューを考えたのだ。そして本当に次の日から修行を始めたのだ。
ハーデスがこもった部屋からは激しい物音(笑)や迫力のある声(笑)が聞こえてきていたとキューちゃんは言う。
そして約一週間後、ハーデスは厳しい修行を終えて部屋から出てきた。食事やトイレや休憩で普通に部屋から出てきていたからずっとこもっていたわけではないが。
「次来た奴に俺は勝つ。そのために俺はこの一週間激しい修行をしたんだ」
黒いマントに身を隠し、いかにも魔王といった雰囲気を出している。
数分してこの広い広い部屋に続く廊下から、カツカツという足音が聞こえてきた。
「来たな、修行の成果を見せてやる!」