ログアウトできない!?
「あ、タスク」
タイヘイはタスク達の姿を見つけると安堵の表情を浮かべて歩み寄った。
「あー、わんり。待ち合わせのこと忘れてた……ていうかタイヘイがほんとにログインすると思わなかった……」
申し訳なさそうに頭に手を置くタスクを見て、タイヘイは自分とタクマの予想が見事に的中していたことが少しおかしくなった。
「ていうか、そいつは?」
タスクが指さす先には、タイヘイの肩にちょこんと居座り羽をパタパタと揺らす奇妙な生物がいた。
「よくわかんないんだけど、さっき捕まえた」
「本当によくわかんねえ……あとタクマは?」
テイムしたタイヘイ自身よくわからないので、それを聞いて意味がわからないのも当然だろう。
「ああ、タクマなら……」
タイヘイは静かに右方向を指さした。先にあるのは始まりの街唯一の宿屋である。
「……何しに来たんだあいつ」
まさにその通りである。寝るだけであれば現実でいい。
そこでタイヘイは一つ間を置くと、タスクに手を振った。
「じゃあ、俺そろそろ帰るね。レポートやんなきゃ」
「あぁ、そっか。おつかれ」
そうしてタスク達に振った手を下してから気付く。
「……そういえば、どうやってログアウトするんだっけ?」
「説明書に書いてあったろ……基本的に安全にログアウトするには街の専用NPCがいるからそいつの下で行うって」
呆れたようにタスクが言う。
「いやー、説明書読んでなくって……それで、そいつはどこ?」
「確か街の中央広場」
そうなんだ、言いつつタイヘイは疑問を浮かべる。タクマと会ったあの広場――
「そんなやついたっけ……」
中央広場に辿り着くとそれはすぐに見つかった。
真っ黒いローブに身を包んだNPCが、じっとプレイヤーを待ち構えている。スラットの世界は基本的にNPCも活動圏内が指定されており、常に何かしらのプログラムに沿った行動をしているので、微動だにしないそのNPCはスラット内に於いても異質だった。
「あのー、すいません……」
結局広場までついてきてくれたタスク達に礼を言い、ログアウトするまで見届けるという彼らを背にNPCに話しかける。
しかしそれでもNPCは微動だにしない。代わりに、ウィンドウ画面が開かれると目前に表示された。そして出てきたメッセージは【現在はログアウト不可能です】の文字列。
「……ねえタスク」
後ろを振り返る。
「なんだや」
「ログアウトできないって」
「はあ?」
タスクが呆れた顔でこちらを見る。ログアウトができないなどという様々な過失を生む事態は、タスクにとっては想定すらできないのだろう。しかし現にタイヘイの目の前には今も【ログアウト不可能】と表示されている。
そしてタスクがこちらに近寄って、同様にNPCに話しかける。次いで現れた表示を読んで、訝しげに眉をひそめた。
「おかしいろ」
「おかしいね」
タイヘイとタスクは顔を見合わせる。そんな二人の間にカズマが割り込んできた。
「ぜって壊れてるろ」
そういって軽くNPCを蹴ると、その影響ではないだろうが次の表示が現れた。
【ゲームをクリアするまではログアウトは不可能です。また、デスペナルティは現実世界の"死"が課せられますので、お気を付けください】
「……」
「……」
「……」
タイヘイとタスク、カズマが同時に黙り込む。アカリが呑気に広場の噴水を眺めているのを視界の隅に、3人は「何かの間違いだろう」とため息をついた。
その瞬間だった。
視界が暗闇に支配された。右も左もわからない、地面を失って奈落の底に落ちるような落下感と、ジリジリと雑音のような錯覚に感覚が支配される。手を伸ばそうと思うが、体が思うように動かない。そもそも、動かす体が存在しているのかすら曖昧だ。
直後、次いで現れた光景はチュートリアルの草原だった。プギーを目の前に、【自分】は泣き叫んでいる。こういったRPGゲームは初めてで、しかもそれが全感覚型というのだから今の【自分】にとってはプギーのような一見可愛らしい生物であっても恐怖の対象だ。【自分】は避けることも反撃することも叶わず、プギーにHPを削り取られる。
また、景色が切り替わる。
【自分】は、必死に頭を覆うヘッドセットを外そうともがく。泣き喚き、無我夢中で逃れようと体を暴れさせる。しかし一向に外れないヘッドセットから強烈な痛みが走る。数百本の針が差し込まれるような鋭い激痛に、【自分】の叫び声は一層ひどくなる。その痛みが頂点に達したとき、また視界が真っ暗闇に戻った。今度は落下の感覚が無く、逆に徐々に天へと昇り行くような不思議な浮遊感に包まれ――
「はっ……はあ……」
気づいたら、タイヘイは地面に頭をついて息を荒くしていた。呼吸をするのに精いっぱいでしばらく地面を見つめ、吐き気を抑えて頭を上げると、横でタスクとカズマが同様に地面に倒れこんで荒い呼吸を繰り返していた。キュウが、心配そうにタイヘイを見つめている。
「これ、は……」
まだ整わない呼吸で、NPCの顔を見つめる。じっと微動だにしないそのNPCの表情が、今は氷のように冷たく感じる。
タイヘイは、確かに死を感じた。誰かが死ぬ映像を見せつけられただけでは理解できない事象は、全てが「自らの体験」として強く記憶に住み着いている。誰かが死んだ瞬間の再現を、自らの視点で与えられたような先ほどの光景。鮮明に思い出せるその恐怖や苦しみは、タイヘイから冷静さを奪い取った。
「どういうこと……? 本当に、ゲームオーバーすると、さっきみたいな……?」
タイヘイは呆然と地面を見つめる。先ほど、スライムとの戦闘でHPが半分ほど削れて命からがら逃げ切ったことを思い出す。もし、あのときHPが消滅していたら自分は――
怖くて仕方がなかった。どうしようもなく不安だった。それほど、植えつけられた記憶は悲惨だった。
残されたのは倒れこみ思考を停止するタイヘイとタスクとカズマ、そして3人の只ならぬ様子を見かねて表情を歪めるアカリだけだった。
「やー、よく寝た。そろそろ帰ろうかな……って君ら何してんの?」
タクマの呑気な声が降り注ぐまで、タイヘイは恐怖に震えて動けずにいた。