始まりの街!
RPGを模して成されるこの世界で、全プレイヤーの出発地点となる【始まりの街】に転送され、タスクは興味津々に街を散歩していた。
煉瓦造りの町並みに、様々な商店の並ぶ活気ある街道、そして中央広場に集う無数のプレイヤーと、それらと同様に街を闊歩するNPCの存在。外見だけでは判断できないよう施されたNPCと、確かな意思を胸に秘めたプレイヤーの行き交う様は、タスクが想像する【異世界ファンタジー】の像そのものだった。
「あ、たっすー」
自らを呼ぶ声に振り替えると、小走りにこちらに向かう少女の姿を見つけた。黒いショートヘアに小さい顔、くりくりと印象的で大きな瞳が特徴の美少女。
自らの彼女であるアカリを見て口を開きかけるが、タスクが声をかけるよりもアカリが悲鳴を上げるほうが先だった。
「いたいっ」
目の前で盛大に転んだアカリに駆け寄る。
「何してらんだやー……大丈夫?」
「はあ大丈夫に決まってるからHP減ってないんろ」
タスクの方言の訛りがうつったアカリはタスクの手を借りて起き上がると、ふうと一息をついた。
「なんか、まだ慣れなくて」
「それはあるな」
現実世界と同じように体を動かせる世界。嗅覚も、視覚も、触覚も全てが忠実に再現された世界で、しかし違和感だけは払拭しきれない。
どんなにリアリティに満ち溢れていても、ここは現実ではないのだ。身に染みて実感するが、それにしてもこのバーチャル世界はよくできている。
しかし、である。
まず以て、現実とは遠く離れていようが、このリアリティに満ち溢れた世界。自分が生きているうちに体験できるとは思ってもみなかったのだ。タスクはわくわくと心を躍らせていた。
「本当にリアルだよなあ」
感嘆と声を出しながら、アカリに手を伸ばす。両方のほっぺを軽くつまんで伸ばす。
「たしゅくっ、いたい、いたい」
手を放すとほっぺを抑えながらこちらを睨み付けるアカリの顔も、現実を忠実に再現されていた。顔だけでなく身長や体格まで完璧である。
リアリティを追い求めた末に完成したこのゲームは、キャラクターメイクは存在せずにリアルの自分をゲーム内に映し出す。徹底した現実主義である。
「よっしゃー! 冒険いくっつぉー、冒険」
「待って待って、ズマさん達は?」
気持ちが高まる余り、待ち合わせをしていた友人の名を告げられるまで忘れていた。そういえば、彼らとの約束がある。
「忘れてた……早よこいや……」
「ファスク?」
妙なイントネーションに、嫌な予感を覚えて背後を振り返る。
そこにいたのはよく知った顔だった。高校が一緒でよく一緒に馬鹿をした友人。アカリが先ほど「ズマさん」と称した男、カズマは目を覆うほどの金髪を分けながらこちらに歩み寄ってきた。
「やばいろ」
基本的に頭の弱いカズマは語彙も貧弱だ。タスクも人のことを言ってはいられないのだが、カズマは別格である。そんなカズマとの会話にも慣れているので、タスクは意味を正確に理解した。
カズマの瞳と足りない言葉は「このゲームは素晴らしい。リアリティといい世界観といい、僕が求めていた世界はここにあったのだ」と物語っていた。要するにタスクと同じである。
「よし、今度こそ冒険いくっつぉー!」
「あのっ、タクマとタイヘイさんは……」
今度こそタスクにはアカリの声が聞こえなかった。
迷わずにマップを確認しながら【初心者の森】へと向かうタスクに、カズマとアカリは短く顔を見合わせてから後に続いた。
* * *
「うわあ、すげえ」
そもそもゲームというものをあまりしない性分なので、その点からして新鮮なタイヘイは戦闘チュートリアルを苦労の末にクリアし、【始まりの街】に辿り着くと街を探索して周った。
宿屋、武器屋、防具屋、万事屋。様々な店や街ゆくNPCとプレイヤーは、想像の中のRPGの街並みと変わらなかった。レンガの道も、海外の建物を思わせる優美な壁も、そのすべてがタイヘイの好奇心を刺激した。
街の中心区、中央広場で噴水の水を触ってみようとしていたところだった。
「やっと見つけた」
前方から歩いてくる人影に目を凝らす。顔が確認できると、タイヘイは小さく手をあげて出迎えた。
「お疲れ」
「お疲れ様」
特徴的な銀髪に現実世界ではバンドメンバーであるタクマに挨拶をすると、気を取り直して噴水の水に触れてみる。冷たい。
「……何してるの」
タクマの視線も冷たい。
「いや、触覚とかすごいと思って。ていうかすごくない? これ」
「いや、これって言われても……」
タクマには同意しかねる話題だったらしい。反省しよう。
それよりも、タクマ以外のみんなはどこだろう。さっきからよほど街を探索しているけれど、なかなか出くわさない。【始まりの街】というくらいだから、大して広い街でもないのだけど……
「タスク達はどこかなあ」
「どうせもうさっさと冒険にでも行ってるでしょ」
「……確かに」
これには同意せざるを得なかった。彼らが待ち合わせの約束を忘れている可能性は非常に高い。
何なら、タイヘイとタクマがこのゲームをやらない可能性を考慮しての判断かもしれない。タイヘイにしても本当に気が向いてゲームを始めたばかりだし、タクマに至ってはこんな昼間から目を覚まして活動していること自体が稀だ。
「どうする?」
「さあ? 俺は寝る」
そういってさっさと宿屋に向かって歩いて行ってしまうタクマの背も見えなくなると、タイヘイは途方に暮れて噴水の傍のベンチに腰をかけた。