チュートリアル!
ついに、この日がやってきた。
全感覚投入型オンラインゲームの発売日。そしてそれらを駆使して作られたオンラインRPG――【Slut Nees A Online】の正式サービス開始。
この日をどれだけ待ちわびていただろうか。
「へへへへへ」
ニコニコと、独りでに漏れる声にも気付かずにハードウェアの電源を入れた。
開店15時間前から大型電気店の前で並んでいた甲斐があり、一番乗りでゲームハードを購入することに成功して、タスクは早速家に帰るとゲームを開始した。
頭をスッポリと覆うヘッドセットを装着。ゲーム開始のボイスコマンド【ログイン】と口にした瞬間、景色が一変した。
回る世界。
爽快で電子的な青で埋められた視界に、【Slut Nees A Online】と文字列が浮かび上がる。しばらくの浮遊感の後、景色は真っ白な正方形の個室に変わった。
世界を構築するのは全てが電子記号、そうは到底思えない程に立体感と現実味を帯びた空間。これが仮想世界だと思い出すことに多少の時間を要し、そして理解すると共に歓喜が込み上げてきた。
様々な創作作品で語られる【ゲームの世界】に、今自分が立っているのだ。
これが、感動せずにいられるだろうか。
「へへへへへへへっ」
またも独りでに飛び出す声とにやつく表情に自分では気付きもせず、不意に我に返ると辺りを見渡した。
正方形の部屋。前方に見えるのは空中に浮かぶディスプレイ。それは近寄っただけで反応を示した。
【名前を入力してください】
ディスプレイを指でなぞると、画面が切り替わる。項目を埋めた。
【Name:タスク】
【職業を選択してください】
【Job:剣士】
これも迷わずに選択した。RPGと言ったら剣士、他に選択の余地など無い。
【これからチュートリアルを始めます】
その音声が鳴り響いた時、また景色が切り替わっていく感覚に落ちた。
胸は、これからの冒険を思い興奮ばかりが募っている。
***
「……タスク、もうすぐだぞ」
「……それなんさ」
虚ろで眠い目を擦りながらタスクと大型電気店に並んだ今朝のことを思い出しながら、カズマは【Slut Nees A Online】の世界にログインした。
白い部屋に立ち、ディスプレイに近づく。
【Name:カズマ
Job:騎士】
項目を入力すると、また視界が青に包まれる。
次の瞬間には、大きな草原に立っていた。
「おおっ」
爽快な景色に、どこか現実との相違、小さな違和感を感じる。しかしこれほどリアリティのある非現実的な世界という矛盾した世界に、感動を禁じ得なかった。
【まず武器を確認、召喚してください。ボイスコマンドでの召喚が可能です】
「騎士の武器は――」
ステータスを確認、初期装備は『木の槍(wood spear)』――木造な辺り頼りなさを感じるが、騎士と言えば槍だろう。
「Weapon:wood spear」
音声メッセージの通りにボイスコマンドを発音、すると右手が一瞬光に包まれる。そして手に収まるのは一振りの槍だった。
「すげえ」
槍を振ってみる。風を切る音が耳に心地いい。
そうこうしているうちに、モンスターがポップした。
【では、戦闘シュミレーシングを開始します】
***
【Name:タイヘイ
Job:魔物使い】
強い魔物を従えている姿を想像して選んだのだけど、これでよかっただろうか。
草原で辺りを見渡しながら、タイヘイは武器を出現させた。
「weapon:wood stick」
そして手に収まるのは一振りの――
「…………木の棒」
職業故だろうか、しかしどうせならかっこいい剣なんかが欲しかった。
剣士にしとけばよかったかな……
頭を抱えているうちに、視界に光が走った。
そして出現したのは頭上に【Puggy】と表示されるモンスター。空中に浮かぶ真ん丸くて白い生物を見つめる。
「プギー!」
可愛らしい見た目に騙されて迂闊に近づいたところ、攻撃された。
「痛っ」
忠実に再現された痛覚が走り、思わず叩かれた右腕を抑える。
そそくさと距離を取ると、次の音声メッセージが鳴り響いた。
【それでは、戦闘シュミレーシングを開始します】
***
【Name:タクマ
Job:黒魔術師】
「プギー!」
可愛らしい声で鳴いたモンスターに、タクマは苛立っていた。
「何がプギーだ殺すぞ」
カズマの家に泊まっており、朝方にやっと寝付けたと思ったら元気よく帰宅したタスクとカズマに起こされて元より寝不足で不機嫌だったのだ。それからすぐにタスクは自宅へと向かったが、相も変わらずカズマの奇声が邪魔をしてそれからずっと寝れなかった。
仕方ないので、タスクが押し売り気味にタクマの分まで購入してきた【Slut Nees A Online】を開始したわけである。
【――以上が基本的な戦闘になります。】
おっといけない。
腹が立つ余り説明を全く聞いていなかった。
「プギー!」
またも奇妙な声を発したプギー。説明が終わると共にこちらに突進してきた。
左に避けると、また少し様子を伺ってから突進してくる。ワンパターンな事この上ない。
「えっと……黒魔術師のスキルは……」
【bandage――敵の視界を暗ます(闇)】
初期魔法なだけあって弱そうだ。
これなら杖で打撃した方が手っ取り早そうである。
あぁ、早く帰って寝たい。
***
【Name:アカリ
Job:魔法使い】
「ほえー」
草原に立ち尽くす。
タスクに誘われてやってきた【Slut Nees A Online】の世界は、思っていたよりもリアルだった。
現実世界との相違点など、微妙に違和感のある空気感くらいではないだろうか。
のんびりとそんなことを考えていると、モンスターがポップした。
「プギー!」
「わわっ! なんか出た!」
とっさに距離を取ってじっくりとモンスターを観察する。
可愛らしいのだが、どこか憎たらしい表情をした真ん丸のモンスターだ。空中に浮いており、小さな羽をパタパタと振っている。
「あっ、そうだ……スキル……」
【Air――風で敵を攻撃(風)】
スキルの説明を読み切った時、プギーがこちらに向かってきた。
そのまま右腕に突進され、鈍痛が走る。
「えっ痛い、ちょっと待って」
しかしプギーは待ってくれない。
一定の間隔を保ってこちらに突進を続けるプギーに、アカリは焦りながらスキルを口にした。
「Magic:Air!」
半泣きになりながらスキルのボイスコマンドを唱えると、風の塊がプギーを包み、そして倒した。
「ほえー……」
【お疲れさまでした。始まりの街に転移します】
移り変わる視界の中、アカリは小さく呟いた。
「……プリン食べたい」