第一章 旅立ち 第4部 筋肉とウサギ
〈クェーサー流滅刀術〉
それは、【戦神】という名で知れたルースの祖父であるラース=クェーサーによって編み出された体内に流れる魔力を使用する事を前提に使われる刀術である。
その真髄は魔物、魔獣などの魔族にこだわらず己が敵と認識した存在をただただ滅する事にある。
ルースは幼い頃からこれを祖父ラースより叩き込まれて育ってきた。
『己の敵を滅せよ』
これがルースが修行の合間に必ずラースから聞かされた一言で、自身の前に立ち塞がる者・また自身の内側にある恐怖という感情など、その全てを〈敵〉と認識し滅する事で自身が生き続け、勝ち続ける事が出来ると教わってきた。
その教えは今でもルースの中に受け継がれ、負ける事を許されない者の跡を継ぐつもりのルースにのしかかっている。
……のだが当の本人は
「ぶっちゃけ、そんなすごい学園なんて行ったら余裕で何回も負けそうだしなー」
などと、呑気に木の棒を軽く振り回しながら村へと続く街道歩いている始末である。
勝てるものなら勝つが、最善を尽くしても負ける時は負ける。
これが今のルースの素直な気持ちである。しかし、負けたと言っても生きているのならば問題はない、生きていれば……命があるならばまた再度挑戦できる。その時に勝てばいいのだ。
と、次代の【戦神】候補(暫定)であるルースは祖父の教えを拡大解釈して理解していた。
そんな風に考えを纏めていると遠目に目的の村が見えてきた。
初日のマーリーアント以降、特に目立って魔物や魔獣に襲われる事もなく、順調に進めて来れたおかげで、徒歩によるスローペースながらもほとんど予定通り到着できた様だ。
(一応予定通りには着いたな、とりあえず馬車の出発する時間と、場合によっちゃ一泊することも考えて宿に空き部屋があるか調べておくか。)
歩く速度をそのままにルースは今後の村での予定を大まかに考えていた。
◇
レグルス村
人口500人程で王国中央部へと続く道程に、商人や冒険者が休息や拠点に立ち寄る事の多い村。
それにより、他に開村する『村』と呼称される集落よりは発展した場所であるが、近隣にある魔物や魔獣の類が出てくる森がある為、一定以上の発展が今だ成されていないのである。
それでも物資や商人、有能な冒険者等がここに集まる事が多いという事実がこの村の重要性を示唆している。
その村の一角にある馬車の乗車場に訪れたルースであったが……
「あ?王国中央部行きの馬車?? あー!ダメだダメ!今はそっち方面へは馬車を出せないんだ!」
「…え?出せない?何か問題でもあったのか?」
到着早々、王国中央部へ馬車が出発する時間を確認しに来たルースだったが、受け付けをしていた職員に門前払いをくらっていた。
「どうやら街道付近の森の中に、やたら強いマーリーアントが出るみたいでな?すでに何人か殺られてるもんだから今は『魔法』か『超能力』のエクス持ち冒険者に退治してもらうの待ちさ」
「…やたら強いマーリーアント?……それってどんなやつ?」
ルースは一瞬、口に出しそうになった言葉を飲み込み念の為、職員に聞いてみる。
「くわしくは俺も知らされてないからな、村長の所へ訪ねてみたらどうだ?」
「そんな簡単に今は話が聞けるのか?」
話を聞けるのならば村長の家に行くのも問題はないが、この職員の言葉を借りるなら今はある種、村の危機的状況だ。
そんな中、こんな只の旅人の格好をした子供の自分に会ってくれるだろうかと思う。
(無いな……。話を聞くどころか会ってさえもらえない確率のが高い。)
2日前に自身が倒したマーリーアントから、剥ぎ取った素材を見せてもいいがまずそれにした所で会ってくれなければ意味が無いし、この騒ぎのマーリーアントが別の個体だった場合は素材を見せる意味すらなくなってくる。
完全に手詰まりか……と、しばらく悩んだ顔をしていると。
「あー…すまん。マーリーアントの情報なら村長よりも『ギルド』に行った方が早いかもな」
目の前の職員がバツの悪そうにルースに向かって話を勧めてくる。
「ギルド?」
「ああ、お前さん只の旅人ってわけじゃないんだろ?腰に刀差してる所から多少なりとエクスは使えるんじゃないのか?」
「まぁ、『それなり』には戦えるけどさ……何でギルド?」
「言ったろ?『エクス使い待ち』だって、今はギルドでマーリーアント討伐の募集をしてるんだ、だから情報が欲しければギルドへ行った方が早い。」
「なるほど、ギルドで募集してるのか。わかった、後で寄ってみる。……所で、なんで最初にそれ教えてくれなかったんだ?」
当然の疑問を持ったルースは職員に質問を投げかけてみる。
「いや…な。少しバタバタしててな、お前さんが刀を差してるって事に最初気づかなかったもんだからよ。後、なんか弱っちそうだしな!ハッハッハ!!すまねぇ!」
「軽っ!!」
しかも、何か最後にシレっとバカにされてる!!と衝撃を受けたルースは。
(んのやろー!人を見かけで判断しちゃいけないって教わらなかったのか?!)
と、思うものの。
(あれか!?筋肉か!それとも…スキン?!)
等、どうすればそんな事を言われないで済むか?という悩みに若干ズレた解答を出しながら、乗車場を後に宿へと向かって行った。
◇
この村の宿には、『普通』の村に基本的に宿がないことからあまり期待をせずにいた。
町や都市に比べ、やはりそこまでの需要がない為『村』単位の宿というのはあまり普及していないからである。
「これは予想してなかったな…。」
目の前にある建物を前にルースは1人ごちる。
そこには、木造建築ながら二階建ての趣のある建物が立っていた。
「確かこれって、東の方にあるウチの国と同じ様な島国の建物だよな?」
アルサイド王国と同く、東の方に周辺を海で囲まれた島国にこの様な建物があることを祖父であるラースから聞いていたルースは腰に差してある愛刀を触っていた。
「そういや、こいつもその国で手に入れたって言ってたっけ。」
あまり店先で立ち続けるわけにはいかないか、と思い愛刀を触るのを止めルースは宿の中に入っていった。
◇
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませー?」
受け付けの方に歩いて行くと、宿の店員さんから挨拶をされ……
って誰だ?!最後の疑問形にしたヤツ!?と思い、振り返るもそこには作業に戻った複数の店員さんがおり誰かはわからなかった。
「いらっしゃいませ。」
入ってから早々に、何か変な歓迎?を受けたルースは気を取り直し、改めて受け付けに来るとキモノという服を着たウサギ耳の店員さんに挨拶をされた。
(ウサギの亜人族の人か…!)
『亜人族』
基本的に人族と亜人族は仲が良い。それは両種族において、完全な決裂を要する問題が今まで起きて来なかったのも要因の一つであるが、最大の要因は『魔族』への抵抗である。
時に強大な力を振るい襲ってくる魔族に対し、人族・亜人族がそれぞれ単体では抵抗すらままならない事が起きた事をきっかけに両種族はお互いが力を合わせ魔族と戦って行くという合意を交わしている。
それゆえに、今まで1度たりとも人族、亜人族での争いなど起きておらず中には種族の垣根を越えて婚姻を結ぶ人達もいる程だ。
そして、そんな亜人族の中でも特に見目麗しいと称されるのが……
(……か、かわいい!!!)
と、ルースの反応を見てわかる通りウサギ族の女性である。
愛くるしい顔に、それに加えての抜群のスタイル。世の母性の全てを体現した存在がここにある!と何やら思うルースとて健全男子な15歳、今まで女性と接点がなかっただけにドキドキとしてしまうのは仕方のないことである。
閑話休題。
そんな様子のルースを見て、あの?とウサギ族の店員さん(ウサ耳さんと呼ぼう!)が話しかけると正気に戻ったルースが空き部屋を確かめる。
「…すみません!あの…、1部屋空いてますか?」
「…? はい。少々お待ち下さい。………そうですね、2階のシングルルームでしたら空きがございます。」
「あ、じゃあそこでお願いします。」
「かしこまりました。ご利用は何泊になさいますか?」
何泊……か。王国中央行きの馬車がすぐ出るなら明日にでも出発してもいいのだが、……さて。
「実は王国中央行きの馬車に乗る予定でここへ来たのですが、生憎まだ出発できそうにないんです。なので正確に何泊かと決めかねている状態で……」
正直に、今すぐは何泊するかを決められないとウサ耳さんに伝えると……。
「そうですか。でしたら、こちらのプランでご宿泊なさってはいかがでしょう?」
ウサ耳さんが出したのは1枚の紙で、そこには馬車を利用する人向けに急遽始まったプランが書かれてあり、内容は、馬車の乗車券を持つ人限定で宿を1日毎の清算で貸し出す。…というものだ。
「王国中央行きの乗車券を持ってきて頂ければこちらのプランでご宿泊する事が可能になりますし、お値段も普通に同じ日数ご宿泊されるよりも割り引かせて頂いております。」
ウサ耳さんの説明を聞いて、これなら今の所どんな日数泊まるかわからない自分としてはありがたい、と思い即決で決めた。
「私、ローラと申します。乗車券をお持ちになりましたら、どうぞお申し付け下さい。」
ウサ耳さん(ローラさん!)の名前を聞きつつ頭をお互いに下げながら、ルースは乗車場へと向かって行った。
出ました!ウサ耳!!
いやーやっぱウサギさんは鉄板可愛いということでした(笑)(^O^)