魔法が使えないだと…
「うぅ…まだ春とはいえ寒いな」
翌朝、俺はまた町に来ていた。今日は双子もルキナもいない。1人だ。
町の入口の案内板を見て町の中へ歩を進める。ルキナから許可をもらえたが、急いだ方がいいだろう。昨日ただでさえ殺されかけたんだ。遅れたら鬼のような形相で怒られそうだ。
俺は足早に目的の場所へと急ぐ。まだ朝方ということもあってかすれ違う人は少ない。
「えーっと、ここだな」
もう2日も湯船に浸かっていないからいい加減風呂に入りたい。
銭湯の扉を開ける。銭湯も昨日の夕方と比べて人は少ない。よかった…これで安心して入れそうだ。急いで俺は受付の人から入浴料を払ってタオルなどを買い、女湯の脱衣所へと向かった。
なぜ俺がお金を持って1人で町に来ているのか。それは昨日ルキナを何とか「朝の間は外出してもいいだろ?人攫いも少ないだろうし」と言いくるめて、というか半ば強引にお金を貰った……というか借りたからだ。そのため俺の外出時間は8の刻から9の刻までになっている。そしてお金を借りた分はこれからナシアスさんがいない間の家庭の雑用の手伝いと剣術の鍛練に付き合うことで返してくれと言われた。
もちろん1刻あれば風呂は何とか入れるし、手伝いも匿ってもらっている身だからするつもりだったし剣術の鍛練も特に問題ないから俺は承諾した。
「さて…さっさと入って出ちまおう」
長くいると誰か女性と対面してしまうかもしれないし、女湯にいるという罪悪感に耐えきれなくなってしまいそうだ。
昨日買ったばかりの衣服を脱いでさっさと風呂に向かう。自分の体は見ていないのかというと、もちろん見た。でも意外と思うことはなかった。たぶん体が幼いし、自分の体だからだと思う。結局はよくわからないけど。
他人だったらすぐにダメになりそうだ、というか実際ルキナが着替え始めてあの反応なんだから無理に決まっている。
湯煙の中、俺は適当に体を流し、そそくさと湯船に向かい中に入った。
「あぁー…あったまるぅぅ…」
久しぶりの風呂だ。癒される。周りは湯煙でよく見えないし、人がいても近くに寄ってこない限り見えはしないだろう。
「しっかし…この顔、ルキナにも劣らないかもな」
お湯に反射した自分の顔を見る。目覚めた時は特に考えなかったが、結構可愛い。これは俺が男と言わないと相手が理解しないのも改めてうなずける。やっぱりちょっと髪を切ろうか?男にしては少し長いし。
「となると…これからどうすっかなー」
今は隠せるが恐らく2、3年後は体つきの変化が出てくるだろう。そうなると女だと隠すのに工夫が必要になってくる。例えば胸とか。まぁだからと言って女として生きるつもりはさらさらないけど。
女であることを隠すより女として暮らすほうがキツいと思うし、まぁそういうのは後々、どうにかなるだろう。
「よぉーし、体も心も癒されたし、そろそろ出るか」
その後、風呂から出て売っていた牛乳を買った俺は、気分よく銭湯を出ていった。
◇◆◇◆
「フフーン、フーン」
「随分と機嫌がいいな」
「いやぁこの牛乳うまい!俺のいた世界――俺の記憶では1番うまい!」
ちゃんと時間以内に家に帰るとルキナは庭で木剣を使い素振りをしていた。その様は見ているだけで扱い慣れているのがわかる。
「今日は双子は来ないのか?」
「ああ、今日はあいつらの母親が家にいるからな。それよりアスル、一回オレと木剣でシェリルの時みたいに勝負しないか?」
「え…あの時シェリルに勝ったのはたまたまだって。ルキナに勝てるわけないだろ」
「鍛練に付き合うと言っただろう?」
「うぅ…ハイハイ、わかったよ」
俺はルキナに渡された木剣を適当に構えてルキナと向かい合う。
「まずアスルから攻撃してみろ」
「俺攻撃の仕方とか分かんないんだけど…」
「じゃあオレから行かせてもらうぞ。はっ!」
一気に踏み込んで間合いを詰めてくるルキナ。勢いのままに木剣が俺に迫る。だが、やっぱり少し動きが遅く見える。シェリルと同じくらいだ。
「お、おお、おっと!」
「受け止めれるか。なら、少しずつ速度を上げていくぞ!」
だんだんと動きが素早くなってくる。俺はそれをギリギリのところで防ぎ続ける。
「くっ!」
「どうした?反撃しないのか?」
「防ぐのっ…がっ…手一杯っ…だ」
「ならこのまま続けさせてもらう。倒れないように踏ん張ってくれ」
さらに振る速度が上がっていく。くそっ!これだとさすがに受け切れな――
「そこだ!」
ルキナの攻撃に動作が追いつかなくなり、大きく体勢を崩してよろけた瞬間、強烈な痛みが手の甲から一気に伝わった。
「いだぁ!」
木剣を握っていた手を叩かれ、思わず木剣を落とし手を押さえてうずくまる。
痛すぎる!当たった場所が真っ赤になってるし!
「…本当に攻撃はできないんだな。それに防ぎ方も形になっていない」
「し、素人だからだ…」
「素人なら始めのうちですぐに防ぎきれずに体に当たっている。シェリルだってそうだった」
「じゃあ俺が記憶を無くす前に剣術でも習っていたんじゃないのか?」
ルキナは俺から視線を逸らして俺の体を見回す。その後、一瞬だけ考えるような仕草を見せこちらに向き直った。
「どうであれ、アスルは明日からオレと剣術を磨いてもらうぞ。記憶を無くす前はどうであっても武術の素質はある。シェリルよりも防御はできてるからな」
「わ、わかった。あーまだ叩かれたところがジンジンする」
腫れた手をブラブラしていると、ルキナは木剣を壁に立て掛けて家の中へ歩いていく。
「オレが叩いた場所、まだ痛むか?すまない。手加減を間違えたかもしれない。今治療道具を持ってくる」
「手加減してこの威力かよ。全力で頭にくらったら気を失いそうだな」
ルキナに手を治療してもらう間、何度か俺の悲鳴が庭に響いた。ルキナの治療が荒いのか、治療法が痛みを伴うのか……。
ちなみにルキナが言うにはシェリルに初めて治療した時、シェリルは涙目だったとか。確かにこれだと子供は泣いてもおかしくない。
「うぅ……」
治療を終えると、不意に手を見ていた視界がぼやけた。もしかして…俺も泣いてるのか?
◇◆◇◆
「な…何故だ!?」
「おかしいな…詠唱は間違えていないんだが」
「も、もう一回!」
俺は手を前に出して詠唱を始める。
「我、光の神より力を授かる者。今、我に力を与えたまえ」
よし、しっかり言えた。絶対間違えてはいない。
「「…」」
しばらくしても一向に俺の手に光は集まらない。
「これは…異常としか言いようが…」
「何でだあぁぁぁぁぁ!」
俺は昨日と同じように庭で地面に手をつく。
「精神魔力はどんな人にも必ず存在する。魔力の量が多かれ少なかれ力を具現化するだけの魔法は誰にでも無詠唱でできるはずだ。それが詠唱しても発動しないとなると…」
「何で俺だけ全部の適性が無いんだよ!何でそれぞれ2回も唱えているのに全く反応が無いんだ!?」
火、水、風、地、光、闇。すべてを試したが俺は発動できなかった。これだとシェリナが言っていた「誰にでも2つ、光と闇の場合は1つだけ」は違うことになる。
「アスル。記憶を失ってから魔法を使ったか?」
「いや、今初めて魔法を発動しようとしている」
「となると精神魔力が不足しているという訳ではないようだな。痛みを感じている訳でもない……精神魔力はゼロに近づくほど苦痛を伴うんだ」
「俺はピンピンしてるぜ。やっぱりシェリナの言ってたことは…」
「それはない。今までに魔法を使えない人など聞いたこともないし、そんな人がいたら今頃変わり者として有名人になっているだろう」
何なんだこの身体の少女は…。剣が扱えると思ったら魔法が使えないなんて。
本当に魔法が使えないとしたら、この身体の少女は今頃有名人……じゃあこの少女は、極めて異例の人物か、それとも……元々この世界には存在しない人なのか?
「魔法のことはこれからじっくり考えるとしよう。もしかしたら今だけ使えないのかもしれない」
「今だけか…そんなことあるのか?」
「例えば闇魔法の『呪縛』系統とか魔法道具なら可能かもしれない」
「ルキナも魔法に詳しいんだな。本とか読んでいるのか?」
「シェリナが本で覚えた知識をよくオレに教えてくれたんだ。それに父さんにも少し習った。でも呪縛でもそんなに長続きは…」
シェリナは、ルキナとシェリルが剣の練習をしている間に魔法の練習をしながら時折読書をしているらしい。
「一旦止めて、アスルの部屋を作るか」
ルキナがそう言って立ち上がる。
「俺の部屋?」
「これからずっとオレの部屋で過ごすか?それに、オレは正直2日も床で寝て少し体が痛くなってきた」
「そうだったな。俺だけベッドで寝かしてもらって、すまない。でも俺の部屋ってどこに作るんだ?」
「掃除の時に倉庫として使っていた、実際はほとんど空っぽの部屋があっただろう。あそこだ」
ああ…あの部屋か。広い割には物が部屋の2割しか置かれていない、正直少しだけ部屋の使い方が勿体ないと思えた場所。
「あそこの物はアスルが出掛けている間にオレが片づけておいた。あとは家具だが…」
ルキナは目線を逸らせる。その先には何やら大きな木箱が複数。もしかして…
「あれが家具か?」
「そうなんだ。母さんが昨日大急ぎで発注したらしくて朝に発送鳥で届けられたんだ」
よく見ると木箱の蓋には角にロープがくくり付けられていた。さすが異世界、宅配は鳥を使うか。
こんなに家具を一気買いしたのか?俺のためにこんなに頼まなくても……
「母さん…何処にそんなお金があったんだ」
「へそくりでもあったんだろ?」
ルキナは額に指をあてて困り果てていた。まぁ俺だって俺のいた世界でへそくりはあったし、確か机の棚の上から3番目の前から2番目のファイルの中に…こんなことになるなら使っておけばよかった。
「私にも貯金があるのよ。ルキナ」
「うおぉ!?ナシアスさんいつの間に……出掛けていたんじゃなかったんですか?」
「ええ、さっき帰ったところよ。昼過ぎまで孤児院は抜けさせてもらったわ。大事な用事があるって」
「は、はぁ…」
善意でやってる事だからたまに抜けてもいいのかもしれないけど…。部屋作りはそんなに大事な用事ではないでしょうに。
「家具を運ぶなら手伝うわ。さすがに2人で運べないものもあるでしょう?」
「確かに部屋のリフォームと考えれば大事な事かもしれないが……あまりそういうのはしない方がいいと思うな、母さん」
「大丈夫よ。私は昼過ぎまで抜けるって言ったでしょう?」
結局、部屋作りは俺とルキナとナシアスさんの3人ですることになった。
◇◆◇◆
「よいっしょっと…ふぅ、これでいいな」
「何だかんだで昼になっちゃったか」
時計を見ると時間はもう12の刻、家具運びに結構時間がかかってしまったかな。
「まぁでもこれだけあれば…」
ドアの前に立って部屋を見渡す。ルキナの部屋と同じようにクローゼット、ベッド、机や椅子が置かれているのはともかく……何故家具に紛れてクマのぬいぐるみや花瓶があるんだ?とりあえずぬいぐるみは机、花瓶は花を入れて窓に置いておいたけど。
「あら、可愛くなったわね」
「可愛くなっても嬉しくないですけどね」
後ろを見るとナシアスさんがニコニコしながら部屋を眺めていた。
「ルキナは女の子なのに全く可愛い物に興味がなかったからこうやって部屋をいじれなかったのよね」
「母さんが満足する部屋はどうにもオレにあわない気がしたから質素な父さんの部屋に合わせたんだったな。……いい時間だ。母さん、お昼はどうする?」
「そうねぇ、こっちで食べようかしら。まだ時間はあるし…」
「そう。ならオレが作るよ」
「まぁルキナが作ってくれるの?ありがとね」
楽しげにルキナとナシアスさんが話していると、遠くでドアを叩く音がする。
「俺が出てきます」
2人にそう言い残し玄関へ向かいドアを開けるとそこには…
「こんにちはアスル」
「……なんだ、お前かよ」
「お?何で2人が…」
そこには水色の髪の双子、シェリルとシェリナがいた。今日は2人の母親と一緒にいるんじゃ…
「ママは急用だって。だから来た」
「「お昼ご飯まだだよね(な)?」」
「あぁ今作る所みたいだ。つーか、声を被せるな」
何でこの双子は飯関連になると声が重なるんだ。
「あら、2人ともいらっしゃい」
「「ナシアスさん、こんにちは!」」
玄関に来たナシアスさんに元気よく挨拶する双子。
「今からちょうどお昼なんだけど食べてく?」
「「はい!」」
全く、ご飯に関しては元気のいい2人だ。
次で1部完結になります