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町へ

「ぐすっ…ううっ」

「ほら、勝てないときだってあるのは仕方ないって。ね?」


 机に伏しているシェリルを慰めるシェリナ。俺に負けてからずっとシェリルはこんな感じだ。


「おい、シェリル。そんないつまでもいじけてないで――」

「うるさい!俺だってルキナと一緒にたくさん剣の稽古してたのに…」

「やれやれ…」


 いい加減立ち直ってもらわないと完全に俺が悪役になってしまうんだが。シェリナの声にも反応ないし…


「ねぇねぇ、アスルって本当に剣とか使った事ないの?シェリルの動きを完全に読めてたみたいだし」

「さぁな。仮に記憶がなくなる前は経験があったとしてもそれは体が無意識に、とかそんなものだろう。実際、俺は防戦一方だったし木刀での反撃なんかできる訳なかった。今の俺は剣術なんて心得てないからな」

「確かに…」


 俺には到底こんな幼い少女が剣術を体得しているとは思えないけど。あ、でも同じくらいの年であるルキナやシェリルは結構木剣を使えてたな。可能性はあるということか?じゃあこの身体の少女の親って剣とか使っているってことになるよな。


「できたぞー」


 考えに浸っているとルキナが昼食を持ってダイニングに来た。おいしそうな匂いがあたりを包む。するとシェリルがピクリと反応したと思うと飛び起きてルキナの方を見た。


「お、飯だ!飯!」

「シェリル、よだれ出てるぞ」

「早く!早く食べようぜ!」

「何だこの劇的なテンションの変化は…」

「シェリルは食い意地がはってるから」


 シェリナがルキナの持っているスープを見ながら言う。


「そう言うシェリナも、だな」

「へ?何で?」


 だってお前もよだれが出そうなほどキラキラした目で見てるから、と言おうとしたがやめておいた。


「2人にはそれぞれオレより多めに要るんだ」


 俺らの真ん中に置かれたスープを、シェリルたちは待ちきれないのか前のめりに覗いていた。

 俺も覗いてみると、スープは野菜のたくさん入ったコンソメのような物だった。香りに一層食欲がかきたてられたのか、シェリルはスープに顔がつきそうなくらい近づいている。


「これってさっきシェリルたちが持ってきた野菜も入ってるのか?」

「ああ、新鮮なうちに使っておこうと思ってな」

「……確かにおいしそうだ。料理は、ナシアスさんに教わったのか」

「オレは昔…父さんがいた頃から母さんの手伝いをしていた。これだけ長くやっていれば少しは自分でできるようになるものだ」


 机に並べるのを手伝いながら双子を見ると今にも鍋を引っ掴んで食らいつきそうだった。


「ご飯!ご飯!」

「ご飯!ご飯!」

「「ご飯!ご飯!」」

「そこ!変なタイミングで声を被せるな!」


 やたらテンションの高い双子にツッコミを入れてから椅子に座る。ルキナも座ったのを確認して双子が待ち望んでいたであろう言葉を揃えて言う。


「「「「いただきます」」」」


 双子は一気に食べだす。まるで早食い競争をしているかのようだ。


「昼から何をする予定だ?」


 ゆっくりと食べるルキナに問う。いや、双子のペースが異常だから遅く見えるだけか?


「とりあえず庭の草抜きを終わらせる。それからは…」

「アスルはこれからルキナの家で暮らすんでしょ?じゃあ町を見に行こうよ」

「町は俺も気になる。一体どんな所なのか一度見に行きたいな」

「じゃあ全員で町に行こう。シェリルもそれでいいか?」


 シェリルはしばらく嫌そうな顔をしていたが、わかったと一言だけ言ってパンを食べだした。午後は町に行くことになりそうだ。

 ふと双子を見るとシェリルは口元の右に、シェリナは左にパンの切れ端がついていた。変な所で双子らしい所が出ている。


「町か…」

「もしかしたらアスルは何か思い出せるかもしれないな」

「どうだろうな」

「「ルキナ、おかわり!」」

「早っ!」

「アスル。これがシェリルたちの普通だ。わかった、2人とも少し待っててくれ」


 ルキナは2人の皿を受け取りキッチンへ向かった。


「これで普通かよ…」

「「おかわり!おかわり!」」

「だから何でそういうところだけ声が被るんだ!」

「「早く!早く!」」

「うるさいっての!」


 やっぱり2人とも子供だな。ああ、揃って声を出すから騒がしい。



◇◆◇◆



 左を見ても、


「おお!」


 右を見ても、


「おおお!!」


 どこを見ても、


「やっぱり俺の知らない世界だな!」

「何してんだ?」


 テンションが高い俺を3人が若干冷やかな目で見てくる。おっとっと…少し落ち着こう。

 庭の草抜きは双子が手伝ってくれたので結構早く終わり、昼過ぎに俺らは町にやってきた。まるで歴史過去にでも来たみたいな気分だ。


「で、この町をどうやって回る?」

「とりあえずアスルの服を買いに行こう。昨日アスルが着ていた服は捨てたからな」

「あの服捨てたのか。まぁボロボロだったし構わないけどな」


 ローブは獣に破られて、逃げ回ったせいで中の服も大分汚れていた。あの服で町をうろつくのは見た目があまりにも良くない。それにルキナの服をずっと借りるのも申し訳ない。


「げっ!?よく見たらお前の体に数滴血が付いてるじゃねぇか!やっぱりお前は人殺――むぅ!」

「物騒な事言うな!俺を犯罪者にさせるつもりか!これは襲ってきた獣の血だっての!」


 シェリルの口を塞ぎ何とか語尾まで言わさせずに済んだ。幸い周りの人には聞かれていないようだ。

 昨日適当に身体を拭いたくらいだからまだ肌についた血が残っていたんだろう。


「獣?森にでもいたの?」

「2人には言っていなかったな。アスルは森で狂獣に襲われていたんだ。オレがいなかったら間違いなく食われていただろうな」


 シェリナの疑問をルキナが解く。


「え!?何で狂獣が森にいるの?」

「オレもわからない。あの森は出ないと思ってたんたが……」

「なぁ狂獣って何だ?」


 あの犬のようなやつのことか?確かに狂ってるような目はしていたけど。


「狂獣っていうのは『狂気』に当てられて狂暴化した生物のことだよ。とにかく無差別に生物を襲うからとても危険なんだ」

「狂気?」

「魔王が発していたという霧らしいよ。といっても発生源は諸説あるけどね」

「それも本の情報か?」

「うん」

「む……ぐぐ…ぷへぇ、そんな話してないで早く服屋行こうぜ」


 俺が手を放して自由になったシェリルが割って入ってくる。いつの間にか話がずれていた。


「でも俺は金なんか持ってないぞ」


 何度も言うが俺は金も物も何一つ持っていない。


「オレが払う。好きな服を買うといい」

「好きな服と言われても…なぁ」


 ルキナに払ってもらうならなるだけ安い物を買うか。


「そうと決まれば、早く行こうよ」

「買ってくれるルキナに感謝しろよ。ほら、さっさと買いに行けって」

「ちょ、わかったから押すなって」


 俺は双子に押される形で服屋へ向かった。



◇◆◇◆



「ありがとうございましたー」


 一通り服を買い俺らは服屋を出た。


「ねぇそれでいいの?」


 横でシェリナが不満そうな声で聞いてくる。


「いいのって逆に何が嫌なんだ」


 俺は安くて質素な衣服を選んだんだが。ルキナのお金なんだから安いの選んで文句はないだろう。


「どれも地味すぎるよ。そうでしょ?ルキナ」

「まぁ柄はほとんどないな」


 ルキナの言うとおり試着ついでに買った、前着てい服よりも肌触りが少しいいくらいの代物で、森をさ迷っていた時とあまり変わらないくらいの、地味な物だ。


「あれなんかよかった気がしたんだけどなー」

「いいわけあるか!」


 あれは完全にスカートで女性用だろうが!着てたまるかっての!


「えー。絶対に似合っているって」

「俺に女装させる気か!」


 ちなみに店内で俺は男だと双子に伝えてある。その時は結構驚かれた。

 一人称と話し方ですぐにわかるだろ!と言ったら「ルキナもそんな話し方だからわかりにくい」と言われた。さっさと男らしい格好をして間違われないようにしなければ、初対面の人と毎回こうだといらぬ誤解が毎回起こる。


「次はどこに行くんだよ?」

「特に決めていないが…どこか行きたいところはあるか?」

「あ!そういえばアクセサリー屋が昨日新しいの入荷してたんだった!ルキナ、行こうよ」

「オレは興味はないと言って…」

「さぁさぁ行こう!」

「すまない。2人ともそこらへんの店を回っていてくれ。でも、はぐれないように、人通りの少ない所へ行かないようにな」


 ルキナは最後に「30時後にここで」と言って強制的にシェリナにアクセサリー店に連れて行かれた。


「「…」」


 いやさ。周れって言われても俺金ないし、よりによってあんまりいい印象で見られていないシェリルと2人だぞ。気まずすぎる。


「町の広場にベンチがある。そこで待とうぜ」

「そうするか」


 俺はシェリルの提案のままシェリルと噴水に向かうことにした。


「ん?ここは…」


 途中、一際大きな建物があり歩みを止める。旅人のような人が時折行き来していて、たまに複数人のグループもいる。


「何してんだ?早く来いよ」

「おっと、すまん」


 振り向いたシェリルは少しイライラした感じだった。やっぱり負けたこと根に持ってるのか?



◇◆◇◆



 広場では俺らより幼い子供たちが走り回って遊んでいた。近くには親らしき人もいる。俺とシェリルは子供たちをベンチで座って眺めていた。

 時計は俺のいた世界と同じのようで、広場の中央に柱に釘で打ち付けられており時間までまだ20分ある。


「なぁ、あれって何の建物だったんだ?」


 何か会話をして、とりあえずこのギクシャクを少しでも解消しないと。これからもこんな雰囲気だと互いに息苦しいと言ったらない。


「ギルドのことか?あれは主に狂獣が危険だから強い人に頼む場所だってママは言ってた。俺もママがあそこで働いているらしいから気になってるんだけど、詳しく教えてくれないんだ」

「シェリルたちの親って冒険者なのか?」

「おう。俺の親はどっちも冒険者だった。パパは特に有名だから討伐隊の1人になった」

「シェリナから聞いた。父親のことは…何ていうか…」

「ああ。前の最低なクソジジイとは違って優しかった。裏表ない優しい人だったぜ」

「前の?もしかしてシェリルたちの親って――」

「俺らは2年前に死んだパパの子じゃない。俺らの親のクソジジイは…今頃はどっかで汚ねぇ商売でもしてんだろ」

「さっきからクソジジイクソジジイって…もっと言い方ってものがあるだろ。何で別れた父をそんなに嫌うんだ?」

「嫌うも何も…」


 シェリルは顔を強張らせて俯いた。よく見ると手が震えている。なにか良くないことを聞いてしまったか?


「あんな…あんな婚約者を奴隷のような扱いをするゴミを嫌いにならない訳ないだろ!もう少しママと逃げるのが遅かったらまだ幼かったシェリナだってむごたらしいことに…考えるだけであいつの頭を叩き割りたくなる!」

「おい、落ち着けって!」


 立ちあがったシェリルをベンチに座らせて落ち着かせる。シェリルは激怒して顔を赤くし、目の前に本人がいたら今にも殺しそうな勢いだ。


「っ…俺はお前が記憶喪失だなんて思ってない!いきなりルキナの家で暮らすなんて言うようなお前なんか信用するか!」

「待て!俺は別に自分から無理矢理居座ったんじゃなくてナシアスさんたちの親切で…」

「うるさい!お前なんか大っ嫌いだ!!」


 俺の話なんて聞いていない様子で罵倒を続けるシェリル。きっとさっきの話の怒りが俺に向いてしまったんだろう。なんとか説得したいが、ここは俺ら以外に人がたくさんいる広場だ。今は黙らせた方がいいだろう。

 さっきやったように隙を見てシェリルの口を塞いだ。俺の手を掴みバタバタと抵抗するシェリルだが、顔を近づけて静かにするよう促す。


「周りの人が迷惑だろーが!後で文句はいくらでも聞くから今は大声を出すな。…俺は絶対にお前に敵意はないって約束する。ルキナやお前らを傷つける気は全くないんだ」


 しばらく暴れたシェリルだったが、俺の言い分を理解したのか声を出さなくなったところで手を離す。


「はぁ…はぁ…もしお前がルキナやシェリナを傷つけたら俺が許さない!その時は俺がお前を……」


 喋りすぎたのか、シェリルは膝をついて咳き込む。しばらくして咳が治まると、シェリルは俺の心配をよそに立ち上がって来た道を戻っていってしまった。

 …双子にはなにやら過去に悲惨な事があったようだ。母親が奴隷で…父親が…母親を使役していたってことか?部分部分でしか聞き取れなかったからよくわからないな。

 時計を見ると時間はもうすぐ別れた時から30分経とうとしていた。



◇◆◇◆



「待たせてごめんねアスル。じっくり見てたら時間かかっちゃって」


 戻ると数分もしないうちに2人が戻ってきた。結局アクセサリーは値段が少々高いから考えることにして2人とも何も買っていなかった。


「シェリルの機嫌が悪いみたいだが…何かあったのか?」


 ふくれっ面のシェリルを見てルキナが聞いてくる。先ほどのことを言うと、ルキナは困ったように腕を組んだ。


「シェリルたちは家族のことで少しあってな。シェリナはもう平気だと言っているんだが、シェリルはまだトラウマとして残っているんだ」

「深く聞くつもりはないんだが、そのトラウマって…」

「オレも詳しくは知らない。シェリナが言うには一時期は知らない人に挨拶されるだけでも震えてその場で動けなるほどだったらしい」


 人と会うのが怖くなる程の恐怖…痛み、苦しみ、それだけじゃない何か……想像するだけで体が震えそうだ。


「大丈夫か?震えているぞ」

「…え?なんでこんなに震えて……」


 気持ちだけと思っていたはずなのに、手が震えていた。身体に出ていた。俺にはそんな虐待をされた記憶などないんだが…。しばらくすると止まったが、震えはルキナが見てもわかるほど大きく長かった。

 この少女はそんな想像とかに弱い体質だったりするのか?そんな体質あるのかって話だが。


「シェリルなら大丈夫だよ。ただ警戒心が強いだけ」


 会話が聞こえていたのかシェリナがいつの間にかそばにいた。その声は心配ないと言っているかのように明るい。


「シェリルはああやってアスルを遠ざけているけど、本当は怖いだけ。根気強く接してあげればすぐ打ち解けるはず」

「いつまでそこで話してるんだよ?早く行こうぜ」


 そっぽを向いて話を聞いていないシェリルの一声で、話は中断することになった。

 そっとシェリナにわかったとサインを送ると、シェリナは笑顔で返してくれた。


「シェリルもこうやって多くの人と接していけば変わってくれるはず…」


 シェリナは近くの俺にしか聞こえないほどの小声でそう呟いた。

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