双子の少年少女
声のした玄関の方に向かうと、顔がそっくりな水色の髪の子供が2人いた。1人の手には何かが積んであるカゴが、もう1人の手には木剣があった。なぜ木剣?
「シェリル、シェリナ。今日は早いな。そのカゴは?」
「町で野菜が安く売ってたんだ!買い過ぎたからママが持っていけって」
ルキナの問いに木剣を持った子が答える。やけにテンションが高い気がするのは気のせいか?
「はい、これ。あと、今日のお昼お願い!」
もう一方の、大人しそうな子がルキナにカゴを渡す。中身は野菜のようだ。
「そうか、いつも世話になるな」
「いやいや、ルキナの作るご飯は絶品だからね。来るたび楽しみにしてる」
「絶品は言い過ぎだ。オレはそんなに料理の腕はない」
「またまたー。謙虚すぎるのもよくないよ」
「なぁなぁ、早く稽古やろうぜ!」
2人の会話に割り込む木剣を持った子。さっきから木剣を振り回して危なっかしい。少し落ち着け。人に当たったらどうすんだ。
「すまない、シェリル。今はちょっと忙しくてな」
「もしかして大掃除の日だったか?」
どうやら木剣を持った方がシェリルらしい。なら大人しそうな方がシェリナか。
「いや…それもそうなんだが」
ルキナがひっそりと覗いている俺を指さす。俺はさっきからずっと気づかれないように庭の方の壁に隠れている。
「誰だあいつ?」
シェリルが俺を指さしてルキナに聞く。
「説明すると長くなるんだが…昨日森をさ迷っている所を助けたんだ」
「「え!?」」
2人とも同時に驚いた声をあげる。そりゃいきなり「昨日森で見つけた」と言われたら誰だって驚くだろうな。
3人の方へ移動し、ルキナの横に立つ。すると、何故かシェリルがムッと機嫌を悪くした。
「紹介する。オレの友達のこっちがシェリルでこっちがシェリナだ。双子だから顔が似てるが…わからなくなったら髪飾りを見るといい」
確かに2人は似ている。羽の髪飾りが右にあるのがシェリルで左がシェリナか。間違わないようにしないとな。
「俺の名前はアスルだ。訳あってルキナの家で暮らすことになった。よろしく」
俺は双子に頭を下げる。
「ルキナの家で暮らすだって!?」
するとすぐにシェリルがつっかかってきた。さっきの表情もそうだが、シェリルの俺に対する印象は悪いらしい。
「いきなり現れたかと思ったらルキナの家で暮らすとか意味わかんねーし。お前、親がいるんじゃねーのか?」
「あー…俺は記憶喪失なんだ。記憶が混濁してて親とか友人とかは、いたとしても思い出せないんだ」
俺の言葉が更に気に障ったのかシェリルが顔をこわばらせて俺に迫ってきた。
「記憶喪失?嘘つけ!どうせルキナの優しさに付け入って何かしようとしてんだろ!そうだ!こいつは俺らをからかう悪いやつだ!」
「落ち着きなよシェリル。決めつけるのはよくないよ」
「シェリナは黙ってろよ!」
シェリナの制止も聞かず、さらに俺に迫るシェリル。ぬうぅ…俺の嘘を見破ろうというのか。と言っても半分は本当なんだけど。
「落ち着けシェリル。アスルは本当に記憶がないし、森で1人でいたんだ。だからオレの家で記憶が戻るまでは匿うことになった。町に1人置いていくわけにもうかないだろう」
俺が困惑しているとルキナがシェリルを止めてくれた。
「いや、でも――」
「すまないアスル、シェリルは他人に厳しくてな」
「いや、俺もそっちの立場だったらこうなってるかもしれないし、シェリルの気持ちもわからない訳じゃない」
「ごめんなさい。シェリルが…」
「大丈夫。気にしていないから」
シェリナは特に俺を不審に思っていないようだ。俺だったら多分、シェリルみたいに疑ってかかるだろうな。
「ふん!お前なんか知らねぇ。さっさと稽古しようぜルキナ」
「すまないアスル。庭の掃除は後になりそうだ。シェリルは機嫌を損なうと厄介だからな」
シェリルとルキナが庭に向かって行くのを俺はシェリナと見ていた。
「なぁ」
「何?」
複雑な顔をしていたシェリナがこちらを向く。
「君は俺を不審に思わないのか?」
「私はあなたが嘘をついていないってわかったから」
「根拠は?」
「勘と、ルキナが本当だって言ってるから」
「え…」
呆然としているとシェリナも庭に向かっていった。ルキナを信用しているのはわかるけど、勘って…
◇◆◇◆
「えいっ!やあ!」
「よっと、はっ!」
カンカンと木剣で打ち合っている2人を、俺はシェリナとテラスに置かれた椅子に座りながら見ていた。
「おっと、甘いぞシェリル。力が入り過ぎじゃないか?」
「いや、いつも、通り、だぜ!」
普通に会話をしているということは本気ではないんだろう。でも俺だったらこれだけでヘロヘロになりそうだ。
「シェリナはやらないのか?」
椅子の背もたれに寄りかかり、シェリナに聞く。
「私は武術より魔術を強くしたいんだ」
そう言ってシェリナはルキナが淹れた紅茶を飲む。
「魔術?」
「知らないの?本当に記憶喪失なんだね。魔術っていうのは武器を使わず魔法だけで戦闘をすること。武術はシェリル達のように武器を持って戦闘することだよ」
「へぇー…なぁ、他にも色々教えてくれないか?」
「いいよ。しばらく2人とも稽古続けるから暇だし」
シェリナは紅茶を飲み終えてティーカップを置き、何でも聞いてと誇らしげな表情になった。
「何から教えてほしい?」
「まずはシェリナ達とルキナの関係かな。見た感じ、結構仲がいいみたいだからな」
「関係かぁ。一言でいえば同じ境遇の仲かな」
「同じ境遇?」
「うん。私たちのパパはルキナの父親と同じで討伐隊の1人だったんだ。それで…」
「シェリナ達の父さんも死んだ、と」
「そういうこと。私達とルキナが知り合ったのはお葬式の時。この町周辺の魔王討伐隊で死んだ人はまとめて全員のお葬式をしたから。それから友達になったんだ」
稽古をしている2人をぼんやりと眺めながら話すシェリナ。そういえばルキナの父は勇者とか言われてる有名人らしいけど、この双子はそのことを知ってるんだろうか?
「何か湿っぽくなっちゃったね。他は?」
「ルキナの父親は世界で有名だって聞いたんだが……」
「うん。セシャールさんは魔王を倒したすごい人だよ。ルキナは全然その事を言ったり自慢しないけど……きっと亡くなったパパの事を話題に出されたくないんじゃないかな」
なるほど。きっとルキナはセシャールさんのことではやし立てられたりされるのが嫌なんだろう。
ルキナやナシアスさんの前であまりセシャールさんを話題に出さないほうがいいかもしれない。
「まだ聞きたいことはある?」
「そうだな…この世界での魔法って何だ?」
「この世界?」
シェリナが不思議そうな目で俺を見てきていた。おっといかん、口が滑った。気をつけないと。
「気にするな、続けてくれ」
「そう……コホン、魔法とは神からの力、『魔素』と自らの力、『精神魔力』を合わせて生成する力だよ」
「神からの力?」
「世界は神の力で創られたと言われていて六尊神という火、水、風、地、光、闇の6つの神が存在しているんだ。もちろんこの六尊神を敬拝する教会があるよ。その世界を創る神の力を魔素と言うの」
「魔素ねぇ…」
「ついでに精神魔力っていうのは人の体内にある魔力でそれぞれ適性があるんだ」
「適性?」
シェリナは指を2本立てる。
「1人につきそれぞれの『魔素』の適性を持つ『精神魔力』は2つまで。火と水だったり地と風だったり…つまり発動できる魔法は制限されるってこと。ちなみに適性は遺伝とかは関係なくて生まれた時から決まっているからね」
「つまり俺ももう適性が2つ決まっていると?」
シェリナは首を横に振った。俺は適性がないのか?
「適性は2つだけど光と闇は別。光と闇の適性を持つ人は他の4つと違って絶対に1つしか『精神魔力』を持たない。光なら光だけ、闇なら闇だけ。そのせいか分からないけど、光と闇の『精神魔力』の適性者は極端に少ないんだ」
「なるほど。ちなみにシェリナ達の適性は?」
ルキナは昨日のを見ると光に見えるが、適性者は少ないらしいし…確認しておきたい。
「私は水と地。シェリルは火と地。ルキナは光だよ」
「やっぱり光か…」
「ルキナの父親も光の適性者だったらしいよ」
シェリナは注ぎ足した紅茶をまた飲みはじめる。
「その適性を知るにはどうしたらいいんだ?」
「私は全部の簡単な魔法を唱えて発動するか試したけど…」
「そうか。今度やってみよう」
火と水がいいかな。いやでも風とか何なのか気になるし…地も地面がワーッと湧き出たりするのか?もしかして闇だったりとか?だったらルキナと対照的だな…
「シェリナ、やけに魔法に詳しくないか?」
「私、趣味が読書だから」
「納得した」
会話が終わり俺も紅茶を飲む。味は…紅茶は初めてだから表現しづらい。でもうまかった。
「おい!」
肩を掴まれて振り向くとシェリルがいた。後ろにはルキナがいた。休憩かな?
「アスル。剣を使った事はあるか?まぁ記憶がないからわからないだろうが」
「どうだろう…もしかしたら剣を振ればわかるかもな」
「…だそうだが」
ルキナがシェリルに聞くとシェリルはルキナに「じゃあいいな!」と言って俺に向き直った。
「アスルだったか?一回俺と木剣で勝負しようぜ」
「え、何だそのいきなりは」
「いいから!」
「付き合ってやれアスル。今日はシェリルの動きが何やら鈍くてな。どうしたと聞いたらアスルのせいで調子が狂うらしい」
「ああ、だから一回アスルに勝ったらスッキリするかと思ったから、とりあえず一回俺に負けろ」
「俺負ける前提!?」
まぁ負けてやるか。というかどう頑張っても勝てないけど。シェリルをなだめるルキナを見ると、だんだんとルキナがシェリルの保護者に見えてきた。
◇◆◇◆
そんなこんなで庭で木剣を持って対峙している。構えとか全くわかんないからとりあえず持って立ってるけど何が出来るわけでもない。
「んじゃ、始めるぜ!」
ボーっとしているとシェリルが突っ込んできた。え、ちょ、いきなり来られても一撃ノックアウトなんだけど!
「はぁっ!」
シェリルが木剣を振ってくる。俺はとりあえず木剣で受けようとするが…どこか遅い。妙にシェリルの動きが遅く感じる。気のせいか?
シェリルが何度も攻撃してくるが、俺はそれをすべて受け止める。本当に振った剣の速度にしては妙に遅い。子供の振る速度だからか?だとしてもこれはあまりにも……
「おいっ!攻撃、して、こねぇ、のか?」
「いや…攻撃って言われても――そりゃっ」
隙を見てしゃがみ、足を軽く蹴ってみた。
「おわぁっ!」
シェリルは大きくよろめいて後ろに転んでしまった。
…………。気まずい沈黙。え?倒れた?
「な、何でだよおぉぉぉぉぉぉ!」
すぐさま起き上がったシェリルは目に涙を浮かべていた。シェリルは再び木剣を構えると猛攻撃してくる。さっきより若干早く、何度か身体に当たりそうになったが、まだ受け切れる早さだ。
「うらぁ!とりゃぁ!」
「えーっと…そりゃ」
もう一度軽く足を蹴るとシェリルは今度は俺の方、前方に倒れこんだ。
…………………また沈黙。今度はシェリルも起き上がらない。
「う…」
シェリルがうめき声のような声を上げる。まずい打ち所が悪かったか?
「うわぁぁぁぁぁ!負けたぁぁぁぁぁ…」
まさかの大泣き。シェリナが慌てて駆け寄る。
「えーっと…あのー…」
「アスル…」
テラスにいるルキナからの目線が何か言っているような気がした。
「これは…何かヤバい事をしたか?」