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目が覚めたら森にいました

 目を覚ますと森にいた。


「…ってどういうことだよ!?」


 華麗なツッコミを入れつつ起き上がる。何だよいきなり森って。意味が解らん。


「でも…森なんだよなぁ…」


 ちゃんと手には草の感覚があるし、近くの川の流れる音や鳥の鳴き声がはっきり聞こえる。念のために頬を抓ってみたが痛かった。加減を忘れてたから結構な痛みだった。頬が痛ぇ…


「つーか声がおかしいな。あー、あー…。あ、俺喉乾いていたっけ」


 そうだ。俺は課題をしていた。山積みの終わらぬ課題にヒィヒィ言いながら奮闘してたはず。それで小休憩と水分補給を兼ねて1階に移動しようと階段を降りてて、踏み外して頭から落下して……そこから記憶がない。

 あのままだったら後頭部あたりから床に落ちたはず。ぶつけたらしき後頭部をさすってみたが…おかしい。たんこぶどころか痛みすらない。気を失うほどの勢いで頭をぶつけたはずなのに傷一つ無しかよ。俺って以外と石頭なのかもしれないな。

 ……俺の髪ってこんなにさらさらだっけ?いつも雑に頭洗ってたつもりだったが、意外と丁寧だったのか?


「とりあえず水、水っと」


 さっきから声が異様に高い。まるで声変わりをする前のような声だ。そりゃあ喉が渇いてる人がこんな森で放置されてたら風邪ひいて変な声になるだろうけど。

 川に近づくと、川は俺の家の近くにある若干汚い川とは違い透き通るような透明な水が流れていて見たこともない魚が泳いでいた。

 とりあえず水を飲むために手を川に入れる。水はいい感じに冷たくて、水と手のひらの境界線が一瞬わからないほど綺麗だ。


「…綺麗と言えば俺の手ってこんなに綺麗だったか?」


 俺の手は白く細く、まるで女の子のような小さい手だった。よく見ると腕も俺の身体にしてはひょろりとしている。


「俺の目、疲れてんのかな…」


 なんて呟きながら水をすくい口に運ぶ。一気に喉の奥まで水が通り体全体が潤った気分になった。これはうまい。そこらへんの清涼水より何倍もうまい。

 当然喉が渇いている俺はこの程度で足りるはずがなく、また水を飲むため手を川に入れようとしたが、その前に水面の波が緩くなったので自分の姿を見ることにした。

 波が完全に消えはっきりと俺の顔が映る。そこにいたのは…


「っ!?誰かいるのか!?」


 水面に映ったのは俺の姿ではなく少女だった。赤い髪と青い瞳の、フードつきのローブを被った、俺の手の肌の色と似た白い肌の少女。

 俺はとっさに後ろを向いた。奥には森林が、手前では草が風で揺れているだけだった。しばらく耳を澄ませたが怪しい音は聞こえない。


「やっぱ俺の目は疲れてんのかな…」


 目頭を押さえながらまた水面を見る。すると今度は俺と同じように目頭を押さえて疲れきったような顔をした少女が映っていた。


「…」


 俺は手を上下させたり頬を引っ張ったりとやったが水面の少女も鏡のように俺の動きと全く同じ動作をした。

 俺の目は幻覚でも見てるのか?と思い、何度も目をこすったり目を数秒閉じて開くとか「俺は俺。あんな少女ではない」などと暗示をかけたりしたが状況は一切変化しなかった。

……俺は俺じゃなくて俺は今少女なわけで、でも俺は目覚める前はちゃんと俺だったわけで…

 つまり俺は少女になっちゃったってことか…?


「う……嘘だろおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 俺の高い声が森に響き、それと同時にばさばさと鳥の羽ばたく音がした。



◇◆◇◆



 しばらく脱け殻のように硬直していると俺、もといこの少女の体は空腹を訴えた。

 と言っても、この少女の服は布のシャツと短いズボンの上にフードつきの黒いローブで持ち物は空。当然食べるものなどない。


「はぁ…、どうせなら満腹状態で目覚めたかったぜ」


 とりあえず食い物を探すためにもう一度川の水を飲んだ後、草をかき分けて森の中に入った。周りの生い茂る木々を見て、最初は大きい木だなーと思っていたが、この少女の身長では大きく見えて当然だとすぐに納得した。

 森は静かで近くに住宅とかがあるようには思えない。来た道以外はどこを見渡しても樹木が広がっていた。

 あてもなくふらふらと歩いていると、だんだんと空腹感が増してくる。時間は恐らく昼だろう。夜になると下手に動けなるだろうから、サッサと町とかに出て食い物にありつかないとマズイな。それに今は目覚める前の俺のような頑丈な男ではなく幼い少女なんだ。なおさら夜はヤバい。

 なんて気を引き締めつつ進んでいくと、倒木が俺の前方を遮った。


「んー…あっ、この木に生えてるやつキノコか!?でもな…」


 何ていうんだろう。如何にも毒キノコですと言わんばかりのハデで毒々しい赤いキノコなんだけど…

 見つめていると、また一際大きい腹の虫が鳴った。

 くそ!食い物と疑うと余計に腹が減ってきた。どうする?このまま食うか?

 俺の中の悪魔と天使が問いかけてくる。悪魔は「ガッツリ満腹まで食え」と。天使は「どんなキノコかわからないから空腹が満たされる程度に食え」と囁く。

 ………。って、どっちも食うこと前提かよ!!何で「食わない」の選択肢がないんだよ!

 ぐぬぬ…腹もそろそろ限界だ。ついに俺は空腹に負けて恐る恐るキノコを1つ手に取った。キノコは簡単に取れ、あとはそのまま食べるだけ。とりあえず匂いは嗅いでみたが特に変な異臭もしなかった。

 俺はそのまま手に取ってしばらくキノコを見つめていたが、意を決して傘の部分を少しだけ食べた。


「モグモグ…ん、イマイチ」


 味は俺的に100点中40点くらいだった。まぁ食えなくもないが、美味しくはない。

 もう一口かじろうと思ったが、毒だったらどうしようという恐怖に駆られて我に返り、キノコを捨てて倒木の横を通っていった。

 うっ…少し食ったせいか余計空腹が増した気がする。やっぱ食わなきゃよかったな…

 そういや水洗いとかしてなかったし、キノコがよくても変な雑菌とか付いてなきゃいいんだが…



 ちなみに俺が去ってしばらくした後、リスのような動物が俺が捨てていったキノコをかじり、ひっくり返って気絶していたのは気づくはずもなかった。



◇◆◇◆



「ひゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 俺は全力で逃げていた。何からって?俺もよくわからん。所々毛が抜け落ちてて口からダラダラとヨダレを垂らしたヤバそうな犬のようなやつだ。幸い犬のような奴は足から血を流していてのろまだから逃げれている状況だ。


「来んなっつってんだろーがあぁぁぁ!!」

「ガウッバウッギャウ!!」


 もちろん止まってくれるはずもなく、俺は舌打ちをしながら距離を確認して岩陰に隠れた。ようやく息が整えられる。

 結局、俺は何気なく空を見上げた時に見つけたトマトに似た果実を木登りして採取し、空腹を満たした。だが数時間後、あの現在追いかけられている犬のようなやつに見つかり今のような状況になっている。もう日は傾き夕暮れになっている。早くしないとこんなやつがさらに現れるかもしれない。


「ぐぅぅ…は、腹が…」


 あとさっきから腹痛が続いているんだが一向に治まらない。きっとあのキノコか果実のせいだろう。ちくしょうあのキノコめ!いや、自業自得なんだけど。


「とりあえずあいつを撒かないと、いたたた…」


 俺は腹をおさえながらゆっくりとあいつがいるであろう場所からずりずりと這いながら音を立てないように移動する。あいつの姿が見えないから余計に怖い。さっさと遠くに逃げないと。


「頼むからさっさと諦めてくれよなって――」

「グルルルルル…」


 ぶつぶつと呟きながらふと右を向くと、いた。目前に。もう今にも食らいついてきそう。


「言った傍からなんで見つかるんだよおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「バウワウワウ!!」


 噛みついてきたのを間一髪で避け立ち上がる。ローブは噛みつかれて少し破かれてしまった。

 結局また走る、走る。どこまでも。もういい加減足が疲れてきた!俺は長距離より短距離が得意なんだよ!それにだんだん距離が近づいてる気がするし!


「はぁ、はぁ、はぁ、もう…無理…」


 思うように足が動いてくれない。遅くなっているのもよくわかる。


「うわっ!?」


 危機感を感じて踏ん張って急ごうと思った矢先、不意に足がもつれてこけてしまった。犬のような奴がじりじりと近づいてくる。さっきまで血がだらだらと流れていた傷口はもう塞がっていた。だから追いつかれたのか。


「ははは…これって絶体絶命って言うんだっけ?」


 俺がそう言い終わると同時に犬のようなやつが襲い掛かってくる。


「でもなぁ、抵抗ぐらいさせろっつうの!!」


 俺の首めがけて噛みついてくるのを両腕で一際大きい牙を掴んで止める。だけどやっぱり体は所詮少女、ぎりぎりと牙が首筋に迫る。

 俺は渾身の力で押し返して隙を作り立ち上がる。だがもう走ってもすぐに追いつかれるだろう。待つのは死しかないのか。


「はぁ…結局この少女の身体は守れないのか。なんだかあっけないな」

「グルゥァア!」


 俺は諦めて目を閉じる。既に立っているのが精一杯なんだ。抵抗したところで無駄だろう。


「せいやぁ!」


 次の瞬間、人の声が聞こえたかと思うと何か生温く鉄臭い液体が顔にかかった。驚いて目を開けてその液体を拭うとそれは赤かった。つまり血だ。

 もちろん俺の血ではない。じゃあ何の?


「大丈夫か?」


 前を向くとそこには背を向けた黒髪の少女がいた。右手には剣を持っており血がべっとりとついていた。

 そして少女の前にはさっきまで俺を襲ってきた犬が吠えながら悶えていた。よく見ると右眼から血を流していた。この少女がやったのだろう。


「走れるか?」


 少女がちらりとこちらを見ながら聞いてくる。俺がこくりと頷くと俺の手首を持って走り出した。


「あいつはすぐにまた追いかけてくる!急ぐぞ!」

「お、おう」


 俺は気力と根気でこけそうになりながらも必死に逃げた。



◇◆◇◆



「ふぅ…ここまで来れば大丈夫だろう」

「そ、そうか」


 逃げて数分し、ようやく大きな切り株のある所で止まった。


「で、何でお前はこんな時間にこんな森の奥にいたんだ?」


 俺が息を整えていると少女が聞いてくる。少女は今の俺と同じくらいの幼く見える。よくあんな凶暴なやつに立ち向かえたものだ。


「そ、それはだな…っ!?」


 説明しようとすると急に少女がぼやけ始めた。だんだんと視界全体が揺れていく。


「おい!どうしたんだ!」

「へ、変な…赤い…キノコと…果物…食った…」


 俺は気力を振り絞って声を出すと、倒れて意識を失った。

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