プロローグ
雷鳴とどろく空間。王の間には勇者と魔王がいた。どちらも長い戦闘で傷を負いボロボロだが睨みあう視線は勢いを衰えさせていない。
「ふん。既に死にかけているというにまだ戦おうというのか」
「それはお前もだ。さっさと諦めて死ねよなっ!!」
タンッと音を立てて勇者が魔王に接近する。すかさず魔王は杖を振りかざし爆炎を起こすが勇者は器用に避け速度を落とさず近づいてくる。
「くっ!?ちょこまかと!!」
魔王は杖を捨て黒いオーラを纏った魔剣を出し接近に備える。
二人の距離が無くなり、無数の剣の交わる音が響く。どちらも先程から戦闘をしていたとは考えられないほどの動きだ。
「おーぅらぁ!!」
一歩引いた勇者が柱を利用して跳ね、勢いをそのままに魔王に斬りかかる。
魔王がそれを素早く受け止め、鍔迫り合いになる。ぎりぎりと剣の擦れる音が聞こえる中、勇者は不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい、魔王ってのはそんな非力だったか?」
「へらへらと笑いおって…なめるな!」
魔王が一瞬力を込めたかと思うと魔剣の黒いオーラが獣の形に変わり勇者に襲い掛かる。
「っ!?あぶねぇあぶねぇ。しかし…これじゃ俺が先に死ぬか」
後方へ飛び退き距離をとると勇者は深呼吸をして息を整え、剣を掲げる。
「我、光の神の使いにて魔を滅ぼす者。今、ここに我が身を捧げる。神よ、悪の根源を打ち滅ぼす力を授けたまえ!!」
すると剣先に光が集まりみるみるうちに膨らんでいく。光は王の間を照らし眩しいほどだ。膨らんだ光はやがて勇者を包み込み、みるみるうちに傷を癒していった。勇者がはっきりと見えるようになった時には、剣は光を吸い込んだかのように輝いていた。
「馬鹿な!?それは魂を代償に発動する禁忌魔法!貴様、死にたいのか!?」
「ははっ、このまんまじゃ負けちまうみたいだしな。使いたくはなかったが…しょうがねぇか」
勇者は天井を仰ぎ見た後、魔王を見据え、剣先を向ける。
「魔王さんよ。俺と一緒に死ねや」
「くっ…クックックック…フハハハハ!!おもしろい!ならばこちらも全力で相手させてもらおう!」
魔王がもう一度笑い声を上げると衝撃破が発生し黒いオーラが魔剣だけでなく全身に広がり、こちらも瞬時に傷を癒す。衝撃波によって近くの柱が破壊され、王の間が崩れ始める。瓦礫が両者の間を落下し地を揺るがした。
「うらあぁぁぁぁぁ!!」
「はあぁぁぁぁぁ!!」
一際大きな瓦礫が床に落下し地響きが発生すると、それが合図かのように一瞬のうちに2人の間隔は狭まり、互いの魔法がぶつかる。その瞬間、王の間周辺は白と黒の入り混じった空間に支配された。
「下らない。こんな話が、真実なわけがないというのに」
読み終えた本の山を忌々しそうに見つめる彼女は、そう吐き捨てた。
執筆家が勇者を称えるために書いたものだろうか。あるいは、勇者という存在を祭り上げ、民衆を欺くための「物」か。どちらにせよ、この本たちの「勇者」と今の民衆が想像する「勇者」は大して変わりがない。もうこの本たちの役割は終わっているのだ。
「事実は既に記録にはない。あるのは…」
彼女は埃を被った本棚の隙間に、抱えた本を一冊一冊丁寧に戻すと、出口へ歩き出す。
「伝えられた言葉と、その言葉を知るものだけ。だから、知るものが伝えるしかない。この戦いの真実を」
自分に決意を言い聞かせた彼女は、重く、冷たい扉を閉じる。次にこの扉が開かれるときは、この場所が焼き払われる時だろうと思いながら。