夏色、愛す。
唐突に「夏の新製品だって!」と部屋に乗り込んできた彼女がテーブルいっぱいに広げたのは、色とりどりのカップアイス達だった。
隣に住む幼なじみという立場に甘えてなのか、このクソ暑い中に無遠慮に乗り込んできた時はぶん殴ってやろうかと思ったが、そのアイスの山を見てあっさりと許す事に決めた俺は甘いのだろうか。まあ実際甘党なわけだが。
「夏みかん、杏仁豆腐……」
「マンゴーとココナッツ、これは……スイカだ!」
俺と同じように甘党な彼女は楽しそうにアイスを漁る。
よくもまあこんなに買ってきたもんだと呆れ半分感心半分でいると、彼女は俺が問うより先に「何気なくコンビニに寄ったらいっぱいあってさー! つい買っちゃったよね!」と何とも暢気な理由を話してくれた。
「見て見て! ビール風味とかあったんだよ!!」
満面の笑みで掲げられたパッケージには確かに『夏限定ビール風味』の文字が踊っていたが、生憎今の俺は普通に美味しく味わえるアイスを求めている。
とりあえず一番無難そうな夏みかん味のアイスを手に取り、傍らで転がっていたビニール袋の中から、あのレジ横に置かれている安っぽいプラスチック製のスプーンを取り出した。
「よし、私はマンゴーにしよう!」
「ビールは?」
「んー……持って帰って弟にでも食べさせる。珍しかったから買ったけど、別に食べたいわけじゃないもーん」
さらりと何げなしに酷い事を言いながら、彼女はぺりぺりとアイスの蓋を開ける。
彼女の家は相変わらず姉の方が強いようだ。今度会った時にラーメンでも奢ってやろうと思いながら俺もアイスの蓋を開けた。
二人して一見同じようなオレンジ色だったが、よく見れば彼女のアイスの方が濃い色をしている。俺達は揃ってアイスを口に運んだ。
「うわ! 甘っ!!」
「お、普通に美味い」
「うう……これ、砂糖とか果汁とか、何か色々間違えてるよ……」
どうやら彼女のマンゴー味は外れだったらしい。
しかし異常らしい甘さを我慢すれば食べられない味では無いらしく、彼女は顔をこれでもかとしかめながらアイスを食べ進めていく。
が、五口目くらいで遂にスプーンを置き、やり場の無い甘さに耐えるように口を一文字に結んだりもにょもにょと動かしたりした。
「あーまーいー……」
「水飲んでこいよ」
「それは何か負けた気がするからやだー……」
「……アホか」
半分以上残ったオレンジ色のアイスをまるで親の敵かのように悔しそうに睨みつけている彼女の姿に、俺は軽く肩を落として溜め息を漏らす。
そしてスプーンを置くと、自分の食いかけのアイスを黙って彼女の方に押しやった。
それに気付いた彼女は顔を上げて、子犬みたいに大きな瞳できょとんと俺を見つめる。
「……えっと?」
「俺、もういらねえから」
こてんっと首を傾げる彼女に俺は手をひらひらと上下に振って、言いたいことをジェスチャーで伝える。これくらい言わなくても分かるだろう。
すると案の定彼女は理解してくれたようで、ぱあっと顔を輝かせて意気揚々とスプーンを手に取った。
「うわーい! ありがとう!」
「別に、礼言われる事はしてねえんだけど」
「えへへー、大好きっ」
「あーあー、もうさっさと食え。食って黙れ。溶けるぞ」
ああ、もうダメだ、暑い。最終手段として封印していたエアコンに頼るべく、リモコンを探して背中を向けた俺の後ろで彼女が「おいしー! 夏みかん最高!」と間抜けな声を上げる。
(……あー、あっつい)
俺は火照った顔を片手でぱたぱたと扇ぎながら、彼女には今度の休みにでも近所のアイス屋に付き合わせて今日の借りを返してもらおうと思った。
END.