CANDYPOP5『麻衣』
CANDYPOP5『麻衣』
夏休み真っ只中。
私はため息を漏らしながら、駅前のベンチに座る。
朝が早いとは言えすでに太陽が昇り、夏の嫌らしい日差しが私たちを照らす。
隣には白土さんがアニコミのパンフレットを一字一句逃さぬように熟読している。
白土さんのファッションはどこかロリータファッション調であるので、どうやらこの前着たのが影響があるみたいだ。
もう隣には森下君は七分だけのパンツに半そでシャツのラフな格好でうな垂れて寝ている。
どうやら森下君は、夜更かししてアニコミの情報をインターネットや本で集めていたらしい。
そして、言い出しっぺの張本人、麻衣が遅刻しているのだ。
「麻衣の野郎、遅いな」と呼ばれてもないのに池澤君は愚痴をこぼす。
「おーい!」遠くから麻衣が手を振ってこちらに走っているのがわかる。
「皆早いわね」麻衣は息を切らしながら言った。
「時間にルーズなのは麻衣だけだよ」私は麻衣に叱咤した。
「いいじゃない、五分ぐらい」と麻衣は私に言い返す。
「麻衣ちゃんにはため口なんだ」白土さんは意外そうな声を上げる。
「『ちゃん』はいらないから、呼び捨てで呼んで。私も白土って呼ぶから」麻衣は笑顔で言うと、白土さんも笑顔で肯いた。
「おい・・・・出発するぞ」池澤君は森下君の頭を小突くと、森下君が目を開いて大きな欠伸をかました。
「やっとか」森下君は両手を天に伸ばして背伸びをする。
会場までの電車は朝のこの時間はいつもがらがらなのだが、アニコミがあるとさすがに人が増えている。
皆、何やら大きな荷物を大事そうに抱えている。
「オタクばっかりだな」森下君は呟く。
ロリコンとオタクは違うのだろうか?と私は疑問を持ちながらもアニコミの建物が見てきた。
ビックサイト、大きなドーム状のイベント会場だ。
会場前の駅、乗客は一斉に電車を降りていく。
「白土、お前いくら持ってきた?」森下君はドームに着く途中で尋ねた。
「私は二万円」白土さんはVの字を手で表す。
「俺は三万だ、亜矢は?」もう森下君にスイッチが入ってしまっている。
「五千円ぐらいかな」私は少なかったので小さい声で言った。
「俺のほうが少ない、二千円だ」池澤君は自慢げに言う。
「そうだ、麻衣は?」森下君は麻衣にも尋ねた。
「一応、手元には一万円があるけど、あとは私の本の出来高次第ね」と麻衣がにやりと笑う。
「お前が一番金持ちか」森下君は絶句する。
いったい、なんのやり取りやね。
私は頭が痛くなってきた。
会場に着くころにはちょうど、開場を迎えて私たちはスムーズに会場内に入ることができた。
「よし、いくぞ。亜矢」森下君は私の片腕を掴む。
「さぁ、いきましょ。亜矢」白土さんは私のもう片腕を掴む。
「ちょ、ちょっと」私は両脇を抱えられた宇宙人のように二人に引っ張られていく。
「自由行動にしようぜ?それぞれ見たいものがあるだろうし」そう言って、池澤君は私から二人を離した。
「仕方ない」森下君は舌打ちをして、そそくさとロリータコーナーに向かう。
「一時休戦ね」白土さんもどこかに行ってしまった。
「私も自分のコーナーのヘルプ行ってくるわ」そう言って、麻衣は麻衣自身のコーナーに向かって行った。
「あの二人、二重人格か?」池澤君は森下君と白土さんのスイッチが入った姿を見て驚いていた。
「ふぅー」私は一息ついた。
別に特段行くこともなく、ドームの中をウロウロする。
「あの・・・・・池澤君、後ろから付けるのやめてくれません?」私は振り返って、池澤君を見た。
「いや、自由行動だから」と池澤君は一生懸命言い訳を言った。
「後ろ歩かれると気持ち悪いから、隣を歩いてくださいよ」私はその場に立ち止って、池澤君が隣に来るのを待った。
「勘違いしないでくださいね」私は池澤君が隣に来るとすぐに歩き始めた。
別に会話することもなく、プラプラと二人で歩いているとボーイズラブコーナーに来た。
「いいのか?」素通りしていく私に池澤君は尋ねた。
「言ったじゃないですか?私はボーイズラブじゃないですから」私はとんがった口調で言った。
「百武さんって、麻衣のボーイズラブの影響で男が嫌い?」私はドキッとしてしまった。
何て言ったらいいんだろう?男は嫌いじゃないですって言うのもかなりおかしいし。
「私は麻衣のボーイズラブの影響で、中学二年生ぐらいまで男同士でその同人誌みたいなことをしてるって信じてたの・・・・だから・・・・そして・・・・・」私は言ってはみたが、とんでもないことを言ってることに気付いた。
そして、私は嫌な記憶を思い出していた。
池澤君は笑いだす。
私はイラッとしてそっぽを向いた。
「俺にもよくわからないけど、そんなのほんの一部の人間さ。ホント、百武さんは純粋だなぁ」池澤君は笑い涙を拭いた。
「男は好きな女としたいに決まってる。キスをしたいし、抱きしめたい」池澤君は堂々と言った。
「そんなことを堂々と言われてもねぇー」私はため息を漏らした。
「手もつなぎたいし」池澤君はいきなり私と手を繋いできた。
「きゃ!」私はとっさに、池澤君の手を払ってしまった。
やってしまった、私は目の前が真っ暗になってしまう。
私たちは歩くのをやめて立ち止まり、互いに俯いた。
「ごめん、調子にのった」池澤君が呟くと、私は首を横に振った。
男の人と触れると拒否反応することはわかってた。
だから、麻衣がいつも「私がボーイズラブが好きだ」と言って男の人たちを追い払ってくれる。
森下君と握手した時は何ともなかったから、とっくに治ってたと思ったのに。
「でも、この前腕を引っ張っていったときは何ともなかったのに」池沢君は言い訳を言うように小さい声で言った。
「その時は制服の上からだったから、直接触れられるのが・・・・・」私も小さい声で言うが、首を横に一生懸命振る。
「将来、彼氏ができたときのために、リハビリしないとね」私はそう言って微笑んだ。
今度は私から、池澤君の人差し指と中指を握った。
自分でも握る手が若干震えているのがわかる。
私たちは再び歩き始めた。
色々なコーナーに行っても、私は指を握ることに集中していてそれどころじゃない。
「よう!上手くいったみたいだな」ちょうど森下君とばったり会った。
池澤君は親指を立てる。
なんか、異常なくらい森下君がそのコーナーに馴染んでいる。
すでに、友達らしき雰囲気の人を2,3人従えてロリコーナーを渡り歩く。
「ちょっと、私たちの亜矢を独り占めしちゃって」次のショタコンコーナーで冗談気に白土さんが私たちに言う。
白土さんはすでに10人ほどの女子グループを作っていた。
さすがの白土さんの女子人気。
ある程度見まわると、池澤君は足をとめた。
「よし、それじゃ百武さん深呼吸して」池澤君に言われて、私は大きく息を吸って吐く。
そして、私が握っていた池澤君の指が徐々に動くのがわかる。
ゆっくり、本当にゆっくりと私と池澤君はお互いの指を絡めていく。
「よし、大丈夫」池澤君が笑顔で言う。
私も笑顔になった。
「ねぇ、観客席のほうに座りましょ」私はイベントホールのわきにある観客席を指差し、池澤君は頷いた。
私たちは観客席のベンチに座った。
「中学二年生の頃の話したでしょ?」私が言うと、池澤君は頷いた。
「当時の私はボーイズラブが普通だと思っていたから、人見知りな私は人と話す話題がすぐなくなると、クラスの女の子たちにボーイズラブの話をしてたの」私はため息を漏らす。
「それで、当然私は一人ぼっち。行き場を無くした私は麻衣にすがるしかなかった」私はそう言って苦笑した。
「馬鹿だよね中学の私って・・・・・そんなことしなければいいのに」私は俯く。
池澤君は何かを考えるようにドームの天井を見つめている。
「麻衣とは付き合い短いけど・・・・」池澤君の言葉に、私は池澤君を見た。
「馬鹿!自分の意思でボーイズラブを友達に話してるて思ってるわけ?私がボーイズラブを仕込んだのよ。・・・・・だから、全部私が悪いんだから、亜矢は自分が正しいと思ったことをただ信じただけ・・・・だから亜矢は何も悪くない・・・・・・・・・て言うかもな、あの高飛車の麻衣でも」池澤君の似てない麻衣の声が聞こえてきた。
「なんとなく、麻衣もわざとではないとはいえ罪悪感があるんだと思うよ。あいつ口悪いけど、根はよさそうだし」池澤君が笑った。
私は泣きそうなるのを堪えた。
「だ、大丈夫?」池澤君はぎこちなく私の背中をなでてくれる。
私は首を縦に振り、何とか泣くのを堪えることができた。
「それじゃ、百武さんが告白してくれたから次は俺の番かな」池澤君はドームの天井をもう一度見上げた。
「俺には二つ上の兄貴がいるんだ。」
「優秀な兄貴だったんだけど、どういうことか弟の俺に劣等感があったらしく。俺たち兄弟は一緒に油絵をやってて、兄貴は色々な先生について一生懸命油絵に取り組んでた。けど・・・・・」池澤君は私を見た。
「コンクールかなんかで、適当にやってた俺の油絵が優秀賞を取ってしまって」私は美術室で手に取った油絵を思い出していた。
「兄貴は俺と同じこの高校の美術部で部長をやってたけど、俺が優秀賞取ってから兄貴が荒れてしまって、美術部は空中分解。俺が高校の美術部をぶっ壊してしまったんだよ」池澤君は顔をしかめた。
私は顔を俯かせて唇を噛みしめる。
だから、私は自分が大っきらいだ。
こういうときに、私は池澤君みたいに気のきいたことが言えない。
「百武さん、笑って」池澤君は優しく私の手を取って強く握った。
笑ってって言われても。
私は少しぎこちない笑顔を見せてしまった。
「うん、ぎこちなくていいから。隣で笑顔で笑っててくれ」池澤君は私のぎこちない笑顔を見て頷いた。
「おーい、二人とも」遠くから麻衣の声が聞こえてくる。
声の先をみると、ボーイズラブのコーナーのところで麻衣がこちらに手を振る。
「忙しくなってきたから、手伝って!」麻衣が大声でまたこちらに手を振った。
「わかった!」私は立ち上がり大声で麻衣に返した。
「行こう」池澤君は立ち上がり、もう一度私の手を握った。
私たちは走っていると、遠くに麻衣を発見した。
池澤君はそっと私の手を離す。
「麻衣!」私は勢いそのまま、麻衣に抱き付いた。
「ちょっと、どうしたの?亜矢」麻衣は私がいつもしない行動に戸惑っているが、少し嬉しそうな感じだった。
池澤君はその光景を少し遠くで、微笑ましく見つめていた。