CANDYPOP『森下君』
CANDYPOP『森下君』
会議をするかどうかはいつもメールで送られてくる。
「しまった、今日は会議の日だった」私は帰ろうとして学校の門の前で気づき、美術室の前まで来た。
私は扉に手をかけると、鍵がかかってない。
あの二人、時間には厳しんだ。
「遅れてごめんなさい」私は入ってすぐに頭を下げた。
「ん?」聞き覚えのない声が聞こえて、私は顔を上げた。
私が顔を上げると、暖かい風が頬を通り過ぎた。
部室の窓が開けられていて、その窓の前に一人の男の人が立っていた。
男の人は油絵を見ていたが、振り向いて私を見る。
男の人は少しひょろ長く森下君より大きい。
学ランを着ていたので生徒のようだ。
私は慌ててしまった。
この美術室の鍵は私と森下君と白土さんしか持ってないはずだ。
「君、百武さんでしょ?」私はその男の人に言われて、首を縦に振った。
「な、なんで、中に居るんですか?」私はなんとか言うことができた。
「ははは・・・・・ちゃんと戸締りしないと、窓開いてたよ」男の人は私に笑いながら言った。
「俺は池澤柳二。噂になってるけど、森下と白土と百武さんでいつもここで何話してるわけ?」池澤君は私の前にズイっと近づいてきた。
私はその距離が近すぎて、思わずたじろぐ。
「言えません」私はそう言って俯いた。
「あの二人はいないみたいだから、俺とどっかに遊びにいこうぜ」池澤君は私の腕を取って、強引に私を引っ張っていく。
「ちょ、ちょっと」美術室前の廊下まで来たところで、私は抵抗して池澤君を引っ張り返す。
廊下に出たところで、ちょうど森下君と出会してしまった。
「何やってんだぁ!」森下君は思いっきり池澤君にドロップキックをかました。
かまされた池澤君は思いっきり吹っ飛んでいった。
「喧嘩はダメです」そう言って、私は森下君を抑える。
「どう見たって、亜矢を無理やり連れ去られそうだったじゃないか!亜矢がいなくなったら、誰がこの会議の書記するんだ?」森下君のセリフに、私は「そこ!?」と思いながら一生懸命森下君を抑える。
やばい、森下君が私を亜矢って呼んでるからスイッチ入っちゃってる。
「よーく分かった。じゃ、森下勝負だ!」池澤君は立ち上がり、森下君を指さす。
「受けて立ってやる!」森下君も負けずに池澤君に指差す。
「もう何がなんだか訳わからないですよ!」私はこの二人の展開について来れずに叫んだ。
「覚悟しておけよ」池澤君はそう吐き捨てて走ってどっかに行ってしまった。
「一昨日きやがれ!」森下君は池澤君の立ち去る後ろ姿に叫んだ。
喧嘩になることがなんとか回避できて、私は安堵のため息を漏らした。
「で・・・・・・亜矢。あいつは誰なんだ?」不思議そうに尋ねる森下君に、わたしは大きなため息を漏らした。
私たちは気を取り直して、美術室の中に入る。
まだ窓が開いていたので、私は勢いよく窓を閉めて鍵をかけた。
「そう言えば、白土のやつ遅いな」森下君は呟いたが、どことなくぎこちなさがある。
「白土さんだったら、なんか用事があるって言ってましたよ」私は用事が何なのか訊かれないように、知らないですよオーラで喋った。
「ずっと思うんだけど、一年間は同じクラスメイトなのになんで敬語なんだ?」森下君は私に指摘した。
「私は初対面の人とはいつも敬語で、なんか取れなくなっちゃいました」私はおどけてみたが、きっと付き合いが長いのに敬語が取れないのは私が二人に劣等感を持っているからだと思う。
「白土がいないのは好都合だ・・・・・・ちょっと、百武さんに相談があるんだけど」森下君が手元をもじもじさせている。
私を百武さんって呼んでるから、スイッチは外れたみたいだ。
「なんですが?私が手伝えることがあったらなんでも言ってください」私は意外な申し出に嬉しくなってしまう。
「あのな・・・・・・・俺さ・・・・・・・・俺の彼女、緋香里に俺がロリコンだってことを明かそうかと思うんだ」森下君の告白に、私は驚いてしまった。
「別に明かさなくても・・・・・・何かあったんですか?」私は何か気づいて森下君に尋ねた。
「三人でいつも討論してることに、怪しまれてるんだよ」森下君は珍しくため息を漏らした。
「でも・・・本当に好きだったら大丈夫だと思うんですけど・・・・」と私は言ってみたが、正直自信がなかった。
私自身もこういうロリコンやショタコン、ボーイズラブの話に慣れすぎて、自分の感覚も一般的な感覚から離れてることを十分承知している。
「お願いします。百武さんも一緒に手伝って」森下君は私に拝むように手を合わせる。
「手伝うっていても。わ、私は何をすればいいんですか?」
「俺が言うのをサポートしてくれればいいから」とまだ森下君は私に拝んでる。
「わ、わかりました。とりあえず、打ち明けるときに一緒にいればいいんですね」私は言って、森下君の手を下ろさせた。
「恩に切る。打ち明ける時の日時は連絡するから」そう言って、森下君はカバンを持って美術室を出ようとした。
「あ、待って。ずっと前の書類です」私はいそいそと書類を取り出して森下君に渡した。
「サンキュ、今日の会議はおしまい。じゃあな」森下君はそのまま美術室を出ていってしまった。
「よかったー」私は胸をなでおろした。
あのロリコン情報ばかりの書類、誰かに見られるんじゃないかと生きた心地がしなかった。
窓の外を見ると、太陽は沈みかけて夕焼けが美術室の中を赤く染める。
私は美術室の戸締まりをしっかりして、そのまま体育館に向かった。
体育館の中を覗くと、バスケ部が体育館を使っていた。
しかし、体育館の床をモップふきしていたのでどうやら部活は終わったようだ。
体育館の隅の方で、白土さんとバスケ部のユニファオームを着た男の人がなにやら話していた。
白土さんとその男の人は本当に楽しそうに話す。
あんなに仲が良さそうなのに付き合ってないのが不思議だ。
白土さんの輝いてる笑顔を微笑ましく思って、私は体育館を後にした。
私は森下君に呼ばれて、放課後いつもの美術室に呼ばれていた。
「も、森下君大丈夫ですか?」私は隣で固まってる森下君に恐る恐る尋ねた。
「亜矢、もう駄目だー」森下君らしくないか細い声が聞こえる。
「ちょっと、しっかりしてください。スイッチ入っちゃダメですよ」私は森下君の方を揺らす。
廊下から足音が聞こえてきて、森下君の背中がピンっと伸びた。
足音だけで誰だか分かるなんてさすがだなっと思っていると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼します」緋香里さんが現れて、美術室の中に入ってきた。
「そこの席空いてるんで座ってください」私がいつも白土さんが座っている机に案内して、緋香里はおずおずとその席に座る。
「ここに呼んだのは他でもない。ここで何をしているかって訳だが・・・・」森下君は言って、緋香里さんは頷く。
それから、どれだけ時間が経ったんだろ?
あんまり間を開けるんで、この沈黙を打開しようと私は言葉が出ずに口をパクパクさせた。
森下君を見ると、いつもハキハキしてるのに今は完全に固まってフリーズしてる。
緋香里さんはそんな森下君の次のセリフをじっと待っている。
「あ、あのですね、緋香里さん」私は沈黙を破って声を上げた。
緋香里さんは今度は私を見つめる。
私は緋香里さんの視線にドキッとしながら、言葉を続けた。
「えっと・・・・・この美術室でロリについて話してるんです」私は何言ってるんだろ?っと自分で思いながら言った。
それを聞いた森下君は目を閉じて、「ついに言ってしまったか」といった感じで長いため息を漏らした。
「ロリ?」緋香里さんは不思議そうな声を上げた。
「ロリって・・・・・・ロリータファッションってこと?私も興味あるんです」緋香里さんは少しテンションが上がっていた。
しまった、女の人がロリっていったらロリコンなんて思う人は誰もいない。それより、今流行っているロリータファッションだと思ってもしかたない。
まずい、森下君はロリータファッション大っ嫌いで「邪道だ」って言ってた。
スイッチの入ってる森下君だったら激怒してもおかしくない。
「えーと、そうじゃなくて・・・・」私は言いながら、森下君の様子を恐る恐る見る。
「そ、そうそう、そうなんだよ。白土さんと百武さんがロリータファッションが好きでさ」と森下君の時間が動き出し、早口で言う。
「でも・・・・それと翔一くんに何が関係あるの?」と緋香里さんは森下君に突っ込んだ。
「あ・・・・・二人がロリータファッションに着替えて、それに付き合って写真を撮られてるんだよ。白土曰く、付き添いの男子がいたほうが写真の構成的にいいんだってさ」と滑舌が良くなった森下君が捲し立てる。
「いいなぁー、私もロリータファッションしてみたい」緋香里さんは嬉しそうに森下君に言う。
「今度、撮影するみたいだからその時来たら?」森下君が私をチラリと見ながら言う。
「いいんですか?」緋香里さんは目を輝かせて私を見る。
私は必死に首を縦に振る。
「お願いします」緋香里さんは私に頭を下げるので、私は、いやいや、頭を下げなくてもいいですよっと首を横に振る。
「ちょっと、これから打合せするから、緋香里は今日は用事があるっていってたろ?先に帰ってていいよ」森下君は明るい声で言った。
「うん、わかった。先に帰るね」そう言って、緋香里さんはウキウキと美術室を後にした。
「バイバイ」と森下君は緋香里さんに最後まで手を振った。
そして、森下君は緋香里さんいなくなるのを確認すると、顔を机に押し付けた。
「・・・・・・よかった」森下君の小さい声が聞こえる。
「あんなこと言って大丈夫なんですか?私はロリータファッションなんて持ってないですし、白土さんもきっと持ってないですよ」私は森下君に必死に言った。
「それについては大丈夫。・・・・・それよりも、ありがとう。本当に助かったよ」森下君は顔を上げて、私に手を伸ばして握手を求めた。
「別に私は何もしてないです」と言いながらも、私は嬉しくて森下君と握手を交わした。
私は普通に森下君と握手することができた。
「うまく勘違いしてくれてよかったですね。ある程度嘘はついてないわけだし」私が言うと、森下君は嬉しそうに頷く。
「白土にも協力してもらわないとな。あいつ、今日はバスケ部が活動しているだろうから、体育館にいるだろうし」森下君が言うので、私はドキッとしてしまった。
「百武さん、俺がそんなこと知らないと思った?ちょうど、白土がいない日を選んで百武さんに頼んだんだよ」
森下君は帰る支度をしていると、突然動きを止めて美術室の入り口を眺めた。
今度はバタバタと廊下を走る音が聞こえてくる。
そして、勢いよく美術室の扉が開かれた。
「コラ、森下!俺との勝負をすっぽかしやがって」池澤君が現れて、森下君に怒鳴る。
「あ、忘れてた」そう言って森下君は持った鞄を地面に下ろして机に座った。
「喧嘩は駄目です」私は思わず叫んだ。
「百武さん、大丈夫だ。勝負はこれでつけるから」池澤君はカバンの中からあるものを取り出した。
それは将棋盤だ。
「わかってるな、森下。お前が負けたら、条件を呑んでもらうぞ」池澤君は森下君の前に座った。
「俺は関係ないから条件も何も関係ないんだけどな」森下君は言う。
二人はスルスルと、駒を並べ終わってしまった。
「お願いします」
「お願いします」池澤君と森下君は礼儀正しく、お辞儀をした。
「私、帰りますね」私は二人を置いてさっさと美術室を後にした。
そして、急いで体育館に向かった。
早く白土さんに森下君のことを報告しなくちゃ。
息を切らしながら体育館の中を見ると、この前と同じようにバスケ部がちょうど体育館の床をモップがけしているところだ。
体育館の中を一生懸命探しても、白土さんの意中の人はいるのだけど肝心の白土さんがいない。
私は後ろから夕日を受けながら、白土さんの姿をずっと探していた。