CANDYPOP 序
CANDYPOP『序』
「これでメンバーは揃ったか・・・・・それでは、討論会を始める。よろしいかな?」そう言って、私の正面右にいる学ランを着た男性がご機嫌に言った。
男性は学校指定のカバンからA4の書類らしきモノを取り出して机に並べた。
「森下、偉そうにあんたが遅れたんでしょ?」と、私の正面左にいる私と同じセーラー服を着た女性は厭味ったらしく言った。
その女性の机の上にも同じく書類が並べられている。
「お願いします」私は少しため息をつきながら言った。
高校の一角の空き部屋、中に放置されていた机三つを三角に引っ付けて会議のテーブルとして代用されている。
部屋の中を見渡すと、前は美術部の物置だったらしく怪しげな絵がたくさん積み重なって、ほのかに油絵の具の香りがする。
美術部は去年、何やら部内のもめ事で部員がいなくなって廃部になったらしい。
私はもう一度ため息をついて、正面にいる二人の男女を見た。
右側にいる学ランを着た男性は私と同じ高校2年生のクラウスメイト、優等生、一般常識に長ける、森下翔一君。
左側にいる私と同じセーラー服を着た女性は清楚で、文武両道、女子のファンも多い白土香奈枝さん。
白土さんも私と同じ高校二年生で同じクラスメイト。
いつもクラスの中でのステータスとして真ん中ぐらいの私から見たら、雲の上のような存在の二人だ。
「百武さん、ため息なんていけないぞ」なぜか森下君が私にウインクする。
私の名は百武亜矢、説明する必要も無く二人と同じ、いや普通の高校二年生だ。
窓の外から暖かな風が舞い込み、春の訪れを告げていた。
放課後が過ぎて大分経ったからか、暖かい風とともに柔らかい夕日が部屋を差し込む。
「す、すみません」私は思わず森下君に謝ってしまった。
「いいのよ、こんなゲス男なんかに謝らなくても」白土さんが私に優しく言い聞かす。
「ゲスとは酷いんじゃないか?このゲス女」森下君が少し苛立った声を上げた。
「少女趣味の男をゲスと呼ばずになんて呼べばいいわけ?」白土さんはそう言って、森下君を睨みつける。
「少年趣味の女にゲスと呼ばれる筋合いはなってことだ。今日こそお前の訳の分からないショタリズムを論破してやるよ」そう言って、森下君は手を机に思いっきり叩きつけた。
森下君は顔を歪めながらも、白土さんをにらみ返す。
どうやら、机に叩いた手が結構痛かったみたいだ。
普段のクールな森下君とのギャップで、私は必死に笑いそうになるのを堪える。
「私こそ、あんたのロリズムを完全崩壊させてやるわ」白土さんは不敵な笑を浮かべる。
「さぁ、亜矢始めるわよ」
「さぁ、亜矢始めるぞ」
二人の声がハモった。
この論争が始まると、白土さんと森下君の声がぴったり合う。
そして、なぜかその時だけ私は下の名前で呼ばれる。
私はその論争の間にすることといえば、この討論の書記をすることになっている。
内容はあってないようなもので、森下君、白土さん自身が勝手にロリコンについて、もしくはショタコンについて語っているのだ。
最初、ショタコンと聞いて『あー、怖い漫画を書いてる女性の芸能人ですよね』と言ったら、白土さんに烈火の如く怒られ、ひたすらショタコンについて説教を受けたのをよく覚えている。
「で、亜矢。君はロリコンのことをどう思うのかね?世間一般では、悔しいが白土の言うとおり『キモチ悪い』というイメージが定番だ」森下君はあらかた自分のロリコン論を語り、私に意見を投げかけてきた。
こういう時が一番困る。
「えっとですねー」私は書記をしていたが内容が全然頭に入らず、自分でメモをした内容を読み直した。
メモ紙には、「ロリは勝ち組」「少年が性対象」「あの少年の手や足がスラッとしていて儚げなところがいい」「ロリは小学生が一番脂がのっている」やら、なかなかカオスな言葉が並ばれている。
「ちょっと、亜矢。ちゃんと話を聞いてなさいよ」少し苛立ち気味に白土さんが私に言った。
「私は別に気持ち悪いとか感じませんよ」私はなんとか精一杯の笑顔で森下君言った。
これは事実だった。
なんというかこの二人以外にも、私の知っている人間に特殊な趣味の持ち主がいるためその影響だと思う。
「アメリカではロリコンは立派な犯罪者なのよ」白土さんは森下君に言葉をぶつける。
「もっと昔では12,13で子供を産むなんて当たり前なんだよ。それを考えても、少女趣味を犯罪者のように扱われるロリコンというカテゴリーに収めること自体が間違ってるんだよ」負けずに、森下君は白土さんに言い放った。
「そんな・・・・・・・・・シッ!」白土さんは言葉を切って黙り込んで、唇に人差し指を当てた。
突然黙ってしまったので、元美術室の倉庫は沈黙に包まれた。
森下君も時計で時間を確認し、すぐさま部屋の出入口に目線を向けた。
そして、森下君は自分の机に置いていた書類を私の学校指定のカバンに入れ込んだ。
白土さんは悠々と机の引き出しに書類を隠す。
私は遅れて感じ始めていた。
微かだがこちらに向かっているような足音が廊下から聞こえる気がする。
私も遅れながら、メモ紙を机の中に隠した。
足音ははっきりと聞こえ、この元美術室の倉庫の扉のすりガラスの窓から人影が確認できる。
トン、トン。
ノックの声が聞こえて
「どーぞ」森下君のいつもの爽やかな声が、そのノックに対して返事をした。
「失礼しまーす」そこから、今度は隣のクラスの女子がひょっこりと現れた。
その女子は本当に可愛らしくて、同性愛には無縁の私でも時々ドキッとしてしまう。
「おう、緋香里。待たせてごめん、今会議終わったから」そう言って、森下君はカバンを持って立ち上がった。
「いいの?」緋香里さんは戸惑いながら、部室の中を見渡す。
私は一生懸命頷くが、白土さんは少しムスッとしている。
多分、発言の邪魔されて拗ねているんだ。
「すまん、じゃお疲れ様です」森下君は何か清々しい声で私と白土さんに言って、森下君と緋香里さんは部室を出ていった。
「ホント、あの変態になんであんな可愛い彼女ができるんだろうね?」白土さんは苦笑しながら私に言った。
私は頷きそうになるのをこらえて、首をかしげる。
「百武さん、私たちも帰りましょ」そう言って白土さんは片付けを始めたので、私もメモ紙をカバンの中にしまった。
そう言えば、森下君の書類がカバンに入ったままだ。
今度会議の返せばいいかな。
私たちは美術室を出て、白土さんが部屋の鍵を閉めた。
だが、まだ白土さんは納得できない顔をしている。
「白土さん、そう言えばあの狙ってる先輩とはどうなんですか?」私は少し元気を出していった。
「今日はバスケの練習は休みらしい、もう帰ったんだと思うよ」少し疲れた笑顔で白土さんは私の問いに返した。
「でも・・・・・白土さんはショタコンンンンンン・・・・・」私は白土さんに口を塞がれて、声がでない。
「もう!それはこの部屋以外では言っちゃダメだって言ってるでしょ?」そう言って白土さんは私を離す。
「ごめんなさい」私はしょげて呟いた。
「ふふふ、ごめん。私に気を使って話しかけてくれてたんだよね」白土さんのいつもの素敵な笑顔が現れた。
「白土さんは、年下が好きなのになんであの先輩が好きなんですか?」私は慎重に言葉を選んで訪ねた。
「それはいつもあの論争で言ってるでしょ?年下と恋、愛も別物なのよ。それに先輩はカッコイイし、バスケット上手いし、輝いてるし・・・・・」やれやれっといった感じで白土さんは言い続ける。
「はい、・・・・はい」と白土さんの先輩に対する情熱に対して、私はずっと相槌をうち続けた。
次の日。
朝からの苦痛の授業が終わり。
やっと、昼休みになりクラスメイトが小さいグループに別れて昼食になる。
皆高校二年生になったばかりで、新しいクラスなのでまだどことなくぎこちない感じだ。
私は親友の麻衣と二人で窓側のところに陣取った。
外には桜が咲いて、少し甘い香りが通り過ぎる。
「今日はあったかくていいね」私は少し嬉しくなって麻衣に言った。
「私には花粉症が・・・・・こういう時にメガネでよかった」アハハハっと麻衣が笑う。
「さって、さっさとご飯食べて作っちゃおう」そう言って、いそいそと麻衣がお弁当を開く。
「相変わらず、性格に似合わずに自分でお弁当を作っちゃうんだね・・・・しかも、キャラ弁。これ、誰得なの?」私は少し劣等感を感じながら言った。
「うーん、自分得かな。こういう細かい作業が、手先を鍛えるのにいいのよ」と言いながら、麻衣はせっかく作ったキャラ弁を豪快に食べていく。
私は母が作ったお弁当を開いて食べ始める。
「おーい」遠くから聞き覚えのある男性の声が聞こえる。
声の方を見ると、森下君がこちらに手を振っている。
「百武さん、一緒に飯食べようぜ!」と森下君は言っているが、その周りには男女トータル10人ぐらいの大グループになっていた。
「いいです、いいです」私は一生懸命、首を横に振る。
そうか、と森下君は残念そうな声を上げていた。
「ねぇー!」とまたしても、聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。
「ねぇ、ねぇ、一緒に食べようよ」今度は白土さんがこちらに声をかけて手を振る。
白土さんは白土さんで、他のクラスからも来てるみたいで女子10人ぐらいの大グループになっていた。
「ごめんね、ごめんね」私は謝りながら頭を下げる。
「亜矢は相変わらずの人気ね。行ってくれば?」麻衣はそう言って、既にお弁当を食べ終わっていた。
「嫌よ、慣れてない人ばかりだし」と私は言い淀んだ。
森下君と白土さんは普段でも私によく絡んでくる。
そのため、周りのクラスメイトから私は一目置かれてしまっているのが悩みだ。
「さてと私は、お仕事、お仕事」麻衣はスケッチブックを取り出して、描き始めた。
「その漫画はいつまで描かないといけないの?」私はご飯を食べながら麻衣に訪ねた。
「漫画じゃなくて同人誌!あと四日なんだけど、この午前中ずっと内職してたんだけど終わらなくて」と麻衣は項垂れる。
「なんだっけ、ボーイズラブだっけ?そんなネタどこで仕入れるの?」私は訪ねながら麻衣のスケッチブックを覗いた。
既に、ラフ画で男と男が絡んでいるシーンが出来上がっていた。
ボーイズラブ、一般で言うホモのようだものらしいが、これを麻衣に言うととてつもなく激怒する。
麻衣とは中学からの付き合いなのだが、そのときから散々ボーイズラブの同人誌ばかり見せられていた。
そのため中学二年生ぐらいの頃まで、私は本気で男同士がそのようなことをするものだと思っていた。
どうも私が森下君と白土さんに目を付けられたのは、麻衣のせいらしい。
森下君と白土さんは麻衣と仲のいい私に目を付け、私がボーイズラブだと思って仲間に引き入れたとか。
「ん?亜矢何か言った?」麻衣は集中していたせいか、全く私の言葉を聞いてない。
「なんでもない」私はそう言いながら外の景色を眺めた。
で、森下君と白土さんは私が一般人だとわかると「それはそれで面白い」と私は会議に付き合う羽目になった。