第1章 part5
それなのに今ビルの屋上にいる。
「……」
小さな脳をフル回転させて、わずかな記憶を漁っていく。
でも……無いんだ。寝てから今、ここにいる過程がスッポリ欠けている。
「時間……あれ? ケータイが……腕時計も……か」
なぜか制服に身を包んでいることに今気づいた。いつもケータイを入れているポケット、
しかしそこにケータイはない。いつもしているはずの腕時計も……
蒼麻は空を見上げた。
「太陽が南西……午後か」
頭の中はテンパっているが、それでもなぜか冷静で居られた。
理科の授業で習った天体の内容を思い出し、今ある状況からある程度の時間を把握する。
太陽が南西、そして制服、学校帰りなのだろうか?
記憶がない、そのことに悪寒を感じた。
ここにいても仕方ない、そう思い真ん中のドアを抜ける。
中には社員と思しき人が蒼麻に視線を送るが、今の蒼麻にとってその視線は痛くもかゆくもなかった。ただこの現実が分かるなら、その一心だった。
ビルの外に出る。太陽の輝きが蒼麻の眼を襲う。
その刹那、蒼麻の通う高校のチャイムがあたり一面を包み込んだ。
そしてその数分後、同じ制服を着る生徒が何人も前を通り過ぎる。
「あっ」
その中には恋雪もいて、大通りの信号で立ち止まった。
いつもならあの横に蒼麻はいる。だが今はいない。
そんないつもと違う環境にもかかわらず、恋雪は何事も無いように信号が青に変わるの
を待っている。
近くにある背中が遠くに感じられた。
話しかけるかかけないか、そんな簡単なことにすら逡巡してしまう。
一歩、また一歩とわずかに近づく恋雪の背中。
「あっ」
残り一〇メートルほどになったところで信号が青に変わってしまい、また遠くに行ってしまう。
その時、
「ちょっ……う、嘘だろ……?」
対向車線から猛スピードで一台の車がやって来る。しかもその車は恋雪に向かって一直線に向かっていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、動けよ、俺の足、頼む、頼むから動いてくれ」
そんな自分との葛藤との間にも車は確実に恋雪へと迫る。
そして車は恋雪に……
「こゆきぃぃぃぃぃ―――――っ!?」