6〜小さなナイト〜
「美央ちゃん、あとで二人で花火しようよ」
……なんて言うから。
今回の旅行では期待してなかったことを、期待しちゃうじゃない。
稔くんのバカ。
頭の上には満天の星空。
たぶん、都会に住んでちゃ一生見られない空だ。
「キレー……」
海岸で一人佇む私は、そんな星空を眺めていた。
まわりには誰もいない。
「稔くん、まだかなぁ……」
海ではしゃぎまくった今日。
水鉄砲したり、ビーチバレーしたり、かき氷食べたり……本当に楽しかった。
夕日が傾くころには稔くんとのわだかまりもすっかり消えていて、私はとにかく嬉しくて楽しかったんだ。
そして、海から上がる時。
稔くんは、おにいちゃんや咲子に聞こえないように、私だけにこう言った。
『美央ちゃん、あとで二人で花火しようよ』
悪戯っぽい可愛い笑顔。
もちろん私は驚いた。
『え!?な、何で!?』
本当はめちゃくちゃ嬉しいのに、素直になれない私にはそんな気のきかない台詞しか言えなかった。
『だって咲子たちは昨日二人で楽しんでたじゃん?だから今日は俺たちが楽しもうよ』
ね?と笑う稔くんはとっても楽しそう。
……多分、深い意味はないんだろうけど。
好きな人から誘われて、期待しない女の子なんていないと思う。
だから、もちろん。
『うん……』
頷いてしまった私。
恥ずかしくて稔くんの顔を見れなかったけど、嬉しそうに笑ったのは……気のせいじゃないと思う。
だから淡い期待は夜になるにつれ膨れ上がり。
咲子に適当に言い訳を言って部屋から出た頃には、頭の中は妄想だらけだった。
もしかしたら。
ひょっとして。
有り得るかもしれない!
……な〜んて、張り切って来たのに。
「うぅ〜遅いっ!」
約束の時間を十分過ぎても、稔くんはまだ姿を現さなかった。
一人寂しく立つ私、ちょっと可哀相なんじゃない!?
(も〜、稔くん何やってるんだろぉ)
稔くんとは咲子やおにいちゃんとよく出掛けたから、待ち合わせは結構したことがある。
今までこんな風に遅れることなんてなかったのに。
(何かあったのかなぁ……?)
こんなことなら携帯電話部屋に置いてくるんじゃなかったな。
もうちょっと待ってみて、来なかったら部屋へ行ってみよう。
そんな風に頭の中で段取りを考えていた……その時。
砂を踏む足音が背後から聞こえた。
(あ、稔くんだ!)
そう思いつい笑顔で私は振り返った。
―――が。
「お!可愛い〜っ」
「何なに、彼女一人なの?」
そこにいたのは、ガラの悪そうな男の二人組だった。
ピアスやタトゥーが目立つちょっと恐そうな感じで、私は思わず固まった。
(嘘……!)
今、私は一人。
二人の男は私をはさむように立ち、近寄ってきた。
「なーんか寂しそうだね?相手してあげよっか?」
ピアスを沢山つけた一人はそう言ってニヤニヤ笑っている。
「け、結構です!」
私はそう言って逃げようとした。
……が。
「まーまー、せっかく会えたんだしゆっくりしなって」
タトゥーが多いもう一人の男に肩を掴まれ、私は逃げられなくなってしまう。
(やだっ……!)
触られた部位に拒否反応が起きる。
元々男嫌いな私。
ナンパやキャッチだけでも嫌悪を感じるのに、あからさまに悪質なこの人たちには嫌悪を通り越して警告が鳴る。
……やばい、やばい、やばい!
きっと今の私は青ざめているに違いない。
そんな私の肩に、男の腕がまわる。
「まぁ三人で楽しもうよ」
(や……やだーー!)
強張った体を何とか動かし、男を突き飛ばそうとした。
その時。
「美央ちゃん、離れて!!」
稔くんの大きな声。
それと共に、パンパン!と激しい音が辺りに鳴り響いた。
「うお!?」
私を捕らえていた男はそれに驚き私から手を離した。
その隙に私は逃げ、稔くんの方へと駆け寄った。
「稔くん!」
「美央ちゃん、大丈夫?」
稔くんは手に花火とチャッカマンを持って立っていた。
先程の音はどうやらねずみ花火だったらしい。
男たちは突然のことに一瞬我を忘れ、そして怒った。
「何だてめぇ!」
「やんのか小僧!?」
稔くんは私を後ろにし堂々と立っている。
明らかに二人のが大きくて強そうだ。
それでも稔くんは、毅然とした態度を崩さない。
「嫌がる女の子を無理矢理連れ込もうとするなんて最低だね」
それは聞いたこともない、稔くんの怒りの声だった。
後ろにいる私には見えないけど……稔くん、怖い顔してる……?
「しかも俺の美央ちゃんに手ぇ出そうなんて……絶対許さない」
(え……)
――なんか今、ものすごく嬉しいこと言われたような気がするんだけど。
しかしそんな私の心境を無視して、展開はどんどんやばくなっていく。
「ああん?ナメてんじゃねぇぞガキ」
「子どもだからって容赦しねぇぞ」
……これって、すごくヤバイんじゃ!?
だって、どんなに大人びていても。
稔くんはまだ中学一年生なんだ。
なのにこんな柄の悪い男二人組に、喧嘩を仕掛けられているなんて―――!
「美央ちゃん、離れないで」
「稔くん……」
じりじりと間合いを詰めてくる二人に聞こえないよう、稔くんがそっと囁いた。
でも私は自分のことよりも、稔くんの方が心配だった。
だってこの二人、稔くんが年下だからって容赦しそうに見えないんだもん……!
「覚悟しろ、チビ」
男の一人がそう呟いた……次の瞬間。
「覚悟すんのはそっちだ!くらえっ!!」
稔くんはそう叫ぶと同時に、いつの間に火をつけたのか、打ち上げ花火やロケット花火を男たちに向けた。
「バッ……!てめぇ!」
まさかそんな物を向けられると思っていなかった男たちは目を大きく見開き、そして……。
パンパンパン!!
ヒュー……ドンドン!
「うわあぁっ」
「てめ!洒落なんねーだろ!!」
慌てて避ける男たちに、花火は襲いかかった。
(う、うわぁ……)
ほんの少しだけ、男たちが可哀相……に思えた。
稔くんはそんな二人に冷ややかに言い放つ。
「洒落なんかにしないよ。あんたら美央ちゃんに何したかわかってんの」
もしかして……稔くんって怒らせたらものすごく怖いのでは。
でも、私のためにこんなに怒っていることが、私はとても嬉しかった。
小さな稔くんの背中が、すごく頼もしく見える……。
(ナイト……みたい)
私を守ってくれる稔くんの存在が、嬉しかった。
でも。
「調子乗んなよ、クソガキ!!」
花火が切れた一瞬をついて、男がこっちに突進してきた。
―――男の動きは素早かった。
一気に稔くんの懐に飛び込み、稔くんの胸倉を掴んだ。
「稔くん!」
思わずそう叫んだ瞬間。
ガッ……と嫌な音が響いた。
「きゃあぁ!」
稔くんの頬を、男の拳が捕らえた。
稔くんは砂浜に倒れ、その上に男がのしかかった。
「てめぇ、マジぶっ殺す!」
花火がよほど頭にきたのか、男は烈火のごとく怒りながら稔くんにさらなる攻撃を仕掛けようとする。
(……やだ!!)
私は思わず振り上げられた男の腕にしがみついた。
「やめてっ!」
「……てめぇはどけ!」
「きゃっ」
ブン、と腕を払われて私は尻餅をついた。
そんな私にもう一人の男が肩に手をかけた。
「まぁあんたはこっち来なよ」
「やっ……」
(―――稔くん!)
稔くんは必死に腕で男からの攻撃を防いでいる。
「美央ちゃん!」
稔くんは自分のことよりも、私のことを心配して私の名を叫んだ。
でも稔くんにも容赦ない攻撃が襲いかかっている。
やだ……。
やだ、やだ!
このままじゃ、私も稔くんも……―――!
最悪の事態が頭を過ぎった。
―――と、その時。
「何してんだてめぇら!!」
聞き慣れた声が、私の耳に飛び込んできた。
この声、まさか!
「おにいちゃん!」
おにいちゃんが現れた。
まるで鬼のような顔つきのおにいちゃんは、私に手をかけていた男の肩を掴むと、そのままガツンと一発を喰らわせた。
「ぐはぁっ!」
突然の攻撃に、男はあっという間にくたばってしまう。
一発KOしたおにいちゃんは、次に稔くんにのしかかった男にも体を向けた。
「な、何だてめぇ……!」
突然現れたおにいちゃんに男は驚いている。
対するおにいちゃんは、ドスの聞いた声でそんな男に向けて言う。
「それはこっちの台詞だ……花火の音につられて来てみりゃ、妹が襲われてるわ、稔くんは殴られてるわでこっちは驚き通り越してムカついてんだ。……てめぇ、覚悟しろ」
パキパキと拳を鳴らすおにいちゃん。
……ちなみに。
おにいちゃんは今はもうやってないが、柔道、空手に精通している有段者である。
そして一度キレたらなかなか収まらない性格……。
――その後、男たちの悲痛な叫びだけが砂浜に響いたのであった。




