恋って素敵(うわーお)
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンは空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました。
それから、さらに三ヶ月……。
なにがどうしてこうなったのか。
前を歩く女性の背を見、チュレットは遠く思いを馳せる。
いきなり剣を抜かれて、殺されると思った。
ブラックドラゴンの文通相手の知り合いらしい女性は、敵意満々でこちらを睨みつけてきたのだが。
「まぁ。違いましてよ。こちらの殿方はチュレットと申します。あたくしはユーラシアスと申します。あたくしたちは、落ち込んでいるハントルールイを見かねて、ドーリンドール様に会いに参りましたの。あなた様はどなた? ドーリンドール様のお知り合いですかしら?」
マイペースなユーラシアスの語り口に、女性はきょとんとして、問いかけの視線をチュレットに向けてきた。本当か。嘘なら殺す。即座に殺すと言いたげに。
「あ、ああ。ああ! 本当だ! 俺たちはハントルールイの友達で」
「……友人? 友人に泣きついたのかハントルールイという男は? 情けない」
……冷笑。まさしく冷たく笑うと書いて、冷笑だった。
氷点下の笑みを浮かべて、この場にいないハントルールイを嘲笑し、彼女は剣を収めてくれた。
「失礼した。ついカっとなってしまって。申し訳ない。わたしはリーレンラーラ。ドーリンドールの姉だ」
荒事に慣れているようなたくましい女性は、ドーリンドールのお姉さんだった。
「……姉、ってことは……姉妹ってことだよな……」
「そうですわね」
チュレットの囁き声に、ユーラシアスが頷く。森の中で歩きづらく、ユーラシアスをかばって歩いているチュレットの歩みも、自然と遅れがちになってしまうので、前を行くリーレンラーラには聞き取れまい。
「姉妹ってことは……似てるんだよな、きっと……」
剣を下げていても揺らがない足取り。森歩きには慣れているようだし、体つきも世間一般の女性よりは筋肉質で、たくましい。
「……だよなー……そうだよなぁ……」
確かハントルールイはドーリンドールに一目惚れをしている。ジャイアントイーグルの巣に卵を戻そうとしていた彼女に。
……険しい崖をよじ登っていた彼女に。
そして、前を歩いているドーリンドールの姉。
「……ハントルールイの感覚がわからん……」
少なくとも、チュレットはたくましい女性より、こう……ほんわかと飛んでいきそうな感じの……『たとえば』今手を繋いで歩いている王女の『ような』女性が好みだ。
「素敵な女性ではありませんか。あたくし、憧れますわ」
「憧れ……!? 憧れるのか、ああいうの!?」
「ええ。自力で道を切り開ける力のありそうな方ですわ。尊敬いたします」
チュレットは落ち込んだ。道を間違ったかもしれない。ユーラシアスの好みは『まっちょ』だったのか。体を鍛えるべきだったのか。
「目指す道をあやまたず進む強さをお持ちの方を、あたくし尊敬いたしますわ。ね、チュレット」
「お? ……おう……」
「あなたのことですわよ?」
「へ!?」
「まぁ。リーレンラーラ様がこちらを振り返ってお待ちですわ。お待たせしてはいけません。急いで参りませんと」
「え、いや、今……あれ?」
「大丈夫か? もう少しで私たちの家だ。あと少し辛抱してくれ」
「ええ。足取りが遅くて申し訳ありません。あたくし、森に不慣れで……」
「まぁ、見た目で判る。育ちは良さそうだし、森の中を歩くのに高級なドレスなど普通は着ない。実は、そんな格好でよくここまで来れたものだなと感心している」
「チュレットがあたくしの手を引いてくださいましたから。とても気を使ってくれましたし」
「ふむ……ひょろっとしていて頼りなさそうだと思ったが、意外とそうでもないのだな。失礼した」
「え? あ、ああ……」
何か今すんごく気になることを聞いたようなそうでないような。
女性達の会話を聞きながら、チュレットは意識を繋いでいる手に戻した。
ハントルールイのことは、すっかり頭から飛んでいた。
忘れられているドラゴン(笑)