恋って素敵(一方その頃)
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンはを空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました。
それから、さらに三ヶ月……。
童顔で有名な王は軽くため息をついて、隣の愛しい妃に話しかけた。
「ユーラシアスは元気かのう……」
「元気ですわ。手紙も報告も来ているでしょう、あなた」
娘によく似た笑顔で、妃は微笑む。春の日なたそのもののような笑顔は確かに愛娘に継がれていた。
その笑顔に惚れたのだったなぁと王は懐かしく思う。
「しかし……ブラックドラゴンを人間化させるなどという魔法が、本当に作れるのか……」
半年前、娘に言い出されたときはどうしようかと思ったものだ。
ブラックドラゴンの淡い初恋に協力したい、などと……世間知らずの娘に何ができるのかとも思ったが。
「作れなくともやるでしょうね」
にこやかに、妃は言い切る。
「できあがらなくては、ユーラシアスは戻ってきませんもの」
にこやかに、娘を二人持つ母親は言い切った。
「ユーラシアスを連れ戻すために、あの子は頑張るでしょうね」
「……むぅ……」
「ほほほ、ユーラシアスのために、王立研究院に入ったくらいですわ。そのくらいの根性は見せるでしょう」
渋い表情になる王と違い、妃は心底から楽しそうに笑っている。
妃の断言があっても、王は不満が残っている。当然だ。可愛い娘の話なのだから。
「できるのか」
「やるでしょう。そのくらいでなくては、ユーラシアスはやれません」
日なたの笑顔の裏側に、底知れぬものをうかがわせ、妃は笑っている。
そういう気丈なところもいいのう、と、王は思った。
気丈な妻は『彼』に言ったのだ。
『どこの馬の骨とも知れぬ男に、可愛い娘はやれぬ。どうしても欲しいのなら、最低限、王立研究院か研究大学院で重要な地位についてみなさい』と。
あまりにもあんまりな条件である。魔法の資質がなければその時点で落ちるのだ。もし、『彼』に魔法の資質がなければ……終わっていた。
「しかしのう……いくらなんでもなぁ……」
「まぁ、まだ言いますの、あなた?」
「いや……お前が娘を愛しておるのはよ~く分かっておる」
王は苦笑いを浮かべる。
「しかしな? 宮廷魔術師が足りんからという理由で婿候補を魔術師の道へ放り込むというのもな」
「一石二鳥でしょう?」
「確かにそうだが。なんだ、あれは、ほれ、政治家とかでもよかったのではないか?」
「なにをおっしゃるの? シンシリアの婿候補にいるではありませんか」
……確かに、長女の婿候補は政治家の筆頭になりつつある。それもまた、妃の言葉からだった。
『娘はこの国の跡取りです。生半可な立場の男を婿には取れません(以下略)』
『彼ら』に資質があることを見抜いていたのだろう。妃として母親として、娘達に何ができるのかを、妻は考えていたに違いない。
「……お前はほんに……賢いのう」
「ほほほ、いやですわ、あなた。わたくしはみなの幸せを考えているだけですのよ。国のことも含めて」
「それはよ~く分かっておるよ」
「ほほほ。早く育ってほしいものですわね。どちらにも」
「そうじゃな」
「あの子らが育って、子供たちも安心できるようになれば、とっとと隠居して、あなたと小さな庭園を作って、穏やかに過ごしましょうね」
「そうじゃな。しかし、わしは婿候補に渋い顔をし続けねば。認めてなどおらんぞ! 可愛い娘達をそう簡単にはやれんわ!! ……こんな感じじゃろうか?」
「その意気ですわ、あなた!」
童顔の国王が渋い顔をしても威圧感などないに等しい。しかし、妃は本心から夫を応援している。
なんてこたーない。国王夫婦もこれでもかといわんばかりに仲の良い夫婦なのだった。
平和な国である。
※※※
「……聞こえているんだけれども」
「ええ。いいのよ。ああいう両親ですもの。可愛いでしょう?」
「そうだね。君のご両親は本当に素敵なご夫婦だ。僕らもあんな夫婦を目指そう、シンシリア」
「ええ、アーネスト」
第一王女はにこりと微笑み、恋人の手をとる。
「幸せね、私たち。ユーラシアスも早くチュレットとこんな仲になれれば良いのだけれど」
今はブラックドラゴンの巣穴にいる妹を思う。
「ユーラシアスと仲良しのドラゴンさんの恋も、実るといいのだけれど……」
みんなグル(笑)そして仲良しのほほんなお話です。はい。