恋って素敵(努力あるのみ!)
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンはを空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました。
それから、さらに三ヶ月……。
「手紙、来てたな」
「あー、そーだな」
チュレットの言葉に、ソートはどうでもよさそうに答える。
「伝書鳩……よくおびえずに飛んでくるよな。ドラゴンの巣に」
「鳥とは仲いいじゃないか。空飛ぶ同士でなのか知らんが、なんか言葉も通じるらしいし」
遠い目で呟くチュレットに、やはりどうでもよさそうに答えるソート。
「ドーリンドールとかいう女とも文通してるんだな、ハントルールイ」
「女のほうも文通好きらしいな。筆まめ同士で結構なことだ」
どこを見ているのか分からないチュレットに、やる気の無いソート。
「……」
「……」
やや、無言の時間が経過して――チュレットは勢いよく机をぶっ叩いて叫んだ。
「どこでどうやって何があって文通なんだっ!? そもそも、あのでっかい鉤爪のある前足で、どうやって人間用の便箋に文字書くんだっ!?」
叫びに、ソートもついに叫んだ。
「俺が知るかよっ!?」
彼らのフラストレーションが溜まるのも、(おもにドラゴンの好き嫌いで)研究の芳しくない今の状況から考えると、無理もないことだった。
大体、ここに来たときから疑問に思っていたことだった。
王女、ユーラシアスと文通していたというブラックドラゴン、ハントルールイ。
市井の文通掲示板に「文通相手希望」と手紙を載せたドラゴンに、真に受けた王女。
王女は良い。掲示板を見るくらいは趣味だったようだから、そのくらいはありえることである。
が、しかし、極悪・非道・最強最悪とまで言われるブラックドラゴンが、どうやって市井の掲示板に手紙を載せることができたのか。そもそも普通の人間用の便箋に文字を書くことが可能なのか?
疑問で仕方ない。その手紙を載せた掲示板の管理人も正気を疑うところだが、何よりも一般人の使う場所にあの巨大な体が現れて、話題にならないのもおかしい。
一体どのような裏技で手紙を載せたのか。
……管理人が王女のような変わり者だった、とは思いたくない。あんな思考回路の持ち主はユーラシアス一人だけで十分だ。
「で、どうやったんだ?」
考えていても気になって仕方なく、研究に手がつかなくなったので、チュレットは真っ向からハントルールイに問いただしてみた。バカ正直にまっすぐに。
「え? 手紙書くのは魔術でですよ? 僕の手で人間の羽ペンを持てるわけないでしょ?」
そして、素直なドラゴンはあっさりと答えた。
「ま、じゅつ……?」
「はい。竜言語でゴーレム作って、代筆してもらってるんです」
照れくさそうな声音でそんなことを言う。
「あと、手紙は掲示板の近くに鳥に頼んで落としてもらいました。たくさん落としたら、そのうち掲載してもらえるかなって。五通くらいで掲載してくれたみたいです。その後、ユーラシアスが鳩を飛ばして返事をくれたので」
えへへ、と、またしても照れくさそうなドラゴンに、チュレットは軽いめまいを感じた。
竜言語の魔術。魔術で手紙。
……人間ではとても届かないであろう、強力な魔術。
……高度な知性を持つ竜族でしか行使できない、極大魔術。
……とにかく難しい。人間の知性では理解も不可能。無理。
研究院で学んだ単語が、むなしく脳裏を流れていく。
いいのか。こんなことに使って。手紙を書くなんていうこと「だけ!!」に偉大な竜言語魔術を行使するなんて、魔術に対する冒涜とかそういうものになるんじゃないのか?
魔術師としてのプライドとかなんとかが、チュレットの中でぐーらぐら揺れている。
けれど。
「僕、人間になったら、自分の手でドーリンドールに手紙を書くんです。一回会ってみたいって」
真っ黒な瞳を虚空に向けて、夢を話すドラゴンには、なんにも言えなかった。
「……そうか。そうだな。がんばろうな……」
魔術師というブライドが粉砕された気分で、それでもチュレットは苦笑した。
ハントルールイと別れてから、チュレットは研究室に戻る通路を歩きながら呟いた。
「……しっかし、管理人も変なヤツだな。ドラゴンです、なんて名乗る手紙を掲載するなんて」
「まぁ、独り言を聞いてしまいましたわ。ごめんなさいね、チュレット」
「おぅわ!?」
見ると、向こうからユーラシアス王女が歩いてくるところだった。これからハントルールイと話をしてくるのか。相変わらずドラゴンと仲の良いことである。ちょっとむっと来るくらいに。
「聞いてもよろしい? 管理人とは、文通掲示板の管理人さんのこと?」
「あ、ああ。そうだよ。変わってるなぁと思って」
ユーラシアスは軽く首をかしげた。
「変わっている方ではないようでしたけれど……ドラゴンを名乗る変人からのお手紙です。相手にしないように、と掲示板には注意書きがありましたもの。どちらかといえば、奇人変人扱いのさらし者だったようですわよ?」
チュレットは再びめまいを感じた。
「……おい」
「はい?」
「そこまで書いてあったのに、返事を出したのか、あんた」
「ええ」
「なんでっ!?」
「本当ならばけなげですもの。変な方ならばそれきり返事など出さないつもりでしたから」
王女はいつものように微笑む。気品溢れる……しかしタンポポの綿毛のようにふわふわとした可愛らしい笑顔で。
「あたくし、そのくらいの分別はつけるつもりでしたのよ?」
よく分かった。チュレットは今までも何度も思ったことを確認する。再再再再再再(中略)確認。
文通掲示板の管理人はまともだ。おかしいのは、掲示板の利用者のほうだった
特に、王女とブラックドラゴン。
そして、彼女らに付き合っている自分も、多分。
皆変な人なのです(笑)