恋って素敵(そーですね)
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンはを空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました。
それから、さらに三ヶ月……。
チュレットは大きく伸びをした。背中の辺りが凝り固まってぼりぼり言っている。机に向かって、魔術式を書いては消し書いては消しして、すでにかなりの時間が経過しているせいだ。
ドラゴンを人間化させる魔術など、荒唐無稽だ。
が、しかし、あの気弱でどうしようもないブラックドラゴンを人間にして、彼の恋に決着をつけないと、チュレットの大事な姫君は、城に戻ってくれないだろう。
なにがどうしてこうなったのか。時折、考える。
自分は魔術学校を出て、宮廷魔術師になるつもりだった。第二王女であるユーラシアスにつりあう立場なら、宮廷魔術師で十分だとかなんとかもじゃもじゃと。
まっしぐらに宮廷魔術師を目指していた。本気で。本当に。
だから、彼女がブラックドラゴンにさらわれたと聞いたとき、背筋が冷えた。助けに行かなくては。
俺が、彼女を、助けないと!!
……ところが、ふたを開けてみたら、これである。脱力も極まった。
勇者とかそういうのもどうでもいい、彼女のためにと走った結果が、王女とドラゴンの共謀だったとは。
「……あー、腹減った……そろそろメシかな……」
食堂に行けばコックが食事を用意してくれる。洞窟の奥は居住区になっていて、しっかりと世話してくれるメイドもいた。居・食・住・そろっているブラックドラゴンの住みかの洞窟。いろいろとありえない。
娘のわがままにしっかり援助しているバカ王もありえない。わがままにつき合わされているはずのコックやメイドたちも楽しそうなのは何故なのだ。どうして楽しそうにドラゴンとお茶したり談笑してたりするのだ。これは本当に現実なのか。
などと考え、ちょっと逃避してみた。意味は無い。軽く研究が詰まっているせいだ。
立ち上がり、研究室を出る。ソートは仮眠室で爆睡中のはずだ。
息をついて歩き出してしばらく。
ハントルールイと空中散歩に出ていたらしい王女、ユーラシアスに出会った。
「チュレット、ご機嫌いかが?」
たんぽぽの綿毛のように、目を離したらすぐにどこかへ行きそうな、大事な幼馴染。
彼女をとっ捕まえるには、かなりの苦労をしなくてはいけない気がしてきた。チュレットは再び息をついて答える。
「あー……まぁまぁ。眠い」
「まぁ。研究に打ち込んでいただけるのは嬉しいですけど、無理はしないでくださいましね? あたくし、ハントルールイも大切なお友達ですけれども、チュレットも大事なの」
……まて。
にこりと微笑む王女は、今なんと言ったのだ?
意味はあるのか、それとも全くないのか?!
問い返すべきか!? それとも流すべきなのか!?
硬直している青年に、少女は小さく首をかしげ、不思議そうにしている。
……ああ……これ、意味はないんだな……思わせぶりなことでもないんだ……きっと。
チュレットはどこかがっくりしている自分を感じながら、乾いた笑みを浮かべる。
「ま、無理せず頑張るさ。ハントルールイは良いヤツだからな、好きな子と話したいって願いくらい叶えてやりたいし」
「ええ、ハントルールイはとっても良いドラゴンですわ。あなたのように素敵な男性ですもの」
……いちいちこの王女は思わせぶりなことを言う。期待するぞ。しちゃうじゃないか。
畜生。頑張ってしまうぞ。あー、くそう!!
「チュレット、これからお食事ですの? あたくしもご一緒してよろしい?」
「お、おう。別に、いいけど」
「うふふ、一緒にお食事できて嬉しいですわ。あなたが留学してから、あたくしとっても寂しくて。うふふ、これもハントルールイのおかげですわね」
嬉しそうに笑う王女は、可愛らしい。綺麗な娘ではないが、可愛らしい。
……今、彼女を抱きしめたら不敬罪ですかね? そこまでしなくても手くらい握って良いか?
王様とかに「貴様処刑じゃーーー!!」とか言われるだろうか。いや、言われてもいいけど。
いろんなものを我慢しているチュレットに、ユーラシアス王女は機嫌よく笑いかけて、彼の手をとった。
「さ、参りましょう?」
「……おう」
多分、今、俺、空飛べる。
短編連作状態です。お気楽にご覧ください。