恋って素敵(夢のよう)
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンは空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました。
そうして、数ヵ月後、そのお姫様は見事勇者に救い出されたのです……。
子供が空を見上げている。
広がる大空に、大きく日を遮る影がある。
「あー、ドラゴンだ!」
黒く巨大な姿に、子供は怯えず、それどころか嬉しそうに手を振った。
「ああ、ハントルールイだね。お散歩かしらね」
母親も、全く怖がらずに微笑ましそうに見上げている。
「姫様、背中に乗ってるのかな?」
「かもしれないわねぇ」
のほほんとした親子の会話に、聞いていたものは皆、微笑か苦笑を浮かべていた。
姫君が誘拐されたあと、ブラックドラゴンと友達になって帰ってきたと公表されたこの国は、相変わらず平和だ。
たまに、ほかの『友達』が訪れることがある。
スケルトンとか、ハーピィとか、いろいろなモンスターが、普通に商店街に買い物に来ることがある。
腐敗臭ただようゾンビじゃないだけいい。国民はそう思うことにしている。
付き合ってみると、モンスターたちも結構可愛いやつだったからだ。
子供に指の骨をつかまれて、あきらかに困っているが振り払わないスケルトンとか。
指を咥えて食べ物屋の店先で凝視し、ヨダレまでたらしていても、決して襲ってこないオーガとか。
街路樹を口説いているドリアードとか。
アイスクリームを食べて、街の子供と並んでこめかみをおさえているゴブリンとか。
筆頭は、臆病なブラックドラゴンなのだけれども。
「友達が欲しかっただけなんてなー」
「まともにお話できる相手がいなかったそうじゃない。かわいそうにねぇ」
「姫様もすごいよな。あんなにでっかくて怖そうなハントルールイと友達になっちまうなんて」
姫君が戻ってきた日、無事な姿をお披露目するために広場に現れた姫君の背後、でっかいくせに小さくなって震えていたドラゴン。
事前に王女がドラゴンと友人になったと説明されていた国民は、即座に納得した。
悪くもなく、怖くもないドラゴンは存在したのだと。
まさしく論より証拠。
臆病なドラゴンは、始めは同情からだったけれども、やがて本当に国民達の友人になったのである。
で。
「好き嫌いは減ったのか、ハントルールイ」
うんざりと、チュレットは言う。
「えへへー。ドーリンドールが作ってくれるものならなんだって食べますよぅ」
でれでれだ。チュレットは自問自答する。
問・何故に戻ってきてまでドラゴンのノロケを聞かねばならないのか。
答・友達だから。
「あー、そーですかー。くそう、幸せそうだなオイ」
ハントルールイは、ドーリンドールとそこそこ巧くやっているらしい。まぁ、まだ友人だろうが。
「幸せですよぅ。えへへへへへ。あ、チュレットはユーラシアスとどうなんです?」
いきなり言われ、チュレットは茶を吹き出した。
「……なんだ急に……」
「え? ドーリンドールが、チュレットはユーラシアスのこと好きだって言うから」
何を言い出すんだあのひとは。
「で、ユーラシアスもチュレットのこと好きだろうって」
チュレットは何も言わずにハントルールイににじり寄った。大きな顔が目の前にあっても、怯えはない。逆にハントルールイのほうが怯えた。
「ななな、なんですかチュレット? 無言で近寄られると怖いです」
「何だって?」
「え?」
「姫様が俺のことをなんだって?」
「え。えーと、だから、ユーラシアスもチュレットのこと、好きかもって」
「かも!? かも!?」
「いえあのえーと、ここ、怖いですチュレットぉ!」
「逃げるな! そこんとこ詳しく!!」
「うわぁあぁああん、ユーラシアスぅ! チュレットが怖いよー!」
ドラゴンの悲鳴に、近衛兵たちはなまぬるく笑う。
ああ、また宮廷魔術師にイジられているんだなぁあのドラゴン、と。
「姫様お呼びしたほうがいいだろうか?」
「いや、じきにいらっしゃるだろ。アレが来て、ソレが相手しているからな」
「そーだな」
「あらあら、楽しそうですわね。なんのお話ですの?」
そうして、のほほんとした優しい声が割って入って。
平和で平凡で……なによりも愛しい日常が続くのだ。
もうちょこっとだけ続きますよー。