恋って素敵(ばっちこーい)
昔々、とある国でのお話です。
悪いドラゴンにお姫様がさらわれました。
しかし、王もお妃も姉姫も臣下も民も、首を傾げました。
ドラゴンがさらったのは、とても美しい第一王女ではなく、平々凡々な容姿の、第二王女だったからです。
それでも、王女を見捨てるわけにはいきません。
王は、姫を救い出すために、『歴戦の戦士』達を送り込みました。軍を動かすわけにはいきません。
ドラゴンは空を飛べる。軍を動かしている間に、次は第一王女の姉がさらわれるかもしれないと、恐れたのです。
そして、三ヶ月。ドラゴンを倒しに行ったものたちは誰も帰ってきません。
王は国中に御触れを出し、姫を救い出したものに望みの褒美を出すと言いました。
それから、さらに三ヶ月……。
「ハントルールイ! ドーリンドールがエラいことになってるから、ヒゲを抜け!」
「え。え?? チュレット、どういう意味ですか?? ドーリンドールが? え、ヒゲを抜くって、ドーリンドールの?? その人間さん、どなたですか?」
ハントルールイは大きな目をまん丸にして不思議そうだ。留守番していたソートも、眉を寄せていた。
戻ってきたチュレットとユーラシアスの後ろに、大きく口を開けて硬直しているリーレンラーラがいるのだから、余計に混乱している。
「ハントルールイ、落ち着いて聞いてくださいましね?」
ユーラシアスがふんわりと微笑んで説明を始めた。
「抜きます!」
説明を聞くなりハントルールイは言い切った。
「ヒゲなんてドーリンドールのためなら何本でも抜きます!!」
愛は強し。恋するドラゴンは即座に言い切った。
「よしよく言った! じゃあ、アゴのヒゲ抜け」
チュレットはハントルールイの口元を指差す。ドラゴンのアゴにぴょっこり生えている数本のヒゲが必要なのである。
ただ、ヒゲといってもドラゴンのヒゲなので、そこらの刃物で切れるものでもない。
魔法を使って切り取るのは危ないし、本人に頑張って抜いてもらうのが一番危険が少ない。
「……ヒゲ……僕、短いんですよね……」
ハントルールイ本人の視界からは確認しづらい場所にヒゲは生えている。
大きな手で、ちんまいヒゲを一所懸命抜こうとしている巨大なドラゴン。
「あいたたたた……」
涙目。短いせいかすぐには抜けないようだ。そして、すぐに抜けないせいで痛いようである。
「……私が切り落としてもいいが」
半眼でリーレンラーラが呟いた。不器用なハントルールイにイラついている。
「え……どうやってですか?」
「剣で」
リーレンラーラは真顔で答え、腰にさしている剣を叩いた。
「えええええ!? 怖いから嫌です……」
リーレンラーラは、もじもじするドラゴンから、チュレットとユーラシアスに視線を向けた。
「……こいつは本当にブラックドラゴンなのか?」
問い返したくなる気持ちはよく理解できる。チュレットとソートは、内心でうんうんと同意していた。
「見たとおりですわ」
「……いや、見た目は確かにドラゴンなのだが……言動と行動が……」
「でも、ハントルールイはブラックドラゴンですわ」
にこにこ。いつものたんぽぽの綿毛のような笑顔に戻っているユーラシアスだ。あの笑顔には、勝てない。
「……そ、そうか……というか、貴様、早く抜け。ヒゲ一本にどれだけ時間をかける気だ!?」
「で、でも、痛いんです……」
もじもじ。巨体が体を縮めて、もじもじ。反対に、リーレンラーラのイライラは大きくなっている。
「だったら私が切り落としてやると言っているだろうが!」
「わああああ、ユーラシアス、チュレット、この人本当にドーリンドールのお姉さんなんですか?! 怖いです!」
「いいからとっとと抜けーーー!!」
「おい、暴れるなよ姉さん。多分、あんたの剣じゃこいつのヒゲは切れないから無理だって」
割って入ったのはソートだった。気弱なハントルールイを脅されたら、ヒゲを抜くまで半日くらいかかりそうだと見たのだろう。
「腐ってもブラックドラゴンだ。体表は硬いし、ヒゲも同じく。普通の武器じゃあこいつは切れない。剣が負けて刃こぼれするのがオチだって。それこそ伝説クラスの武器じゃないと無理だろうな」
「う……」
さすがに納得したのか、おとなしくなるリーレンラーラ。
「僕、腐ってません……」
「黙ってろ」
涙目のドラゴンの反論をひとことで黙らせておいて、ソートは笑顔になる。
「な? だから、こいつが自力で抜くまで我慢してくれ。大丈夫、腐ってもドラゴンだ。まして、好きな女のためなら人間にもなろうってドラゴンだ。ちゃんとやり遂げるさ」
良い話っぽく言ってはいるが、ようするにヒゲを抜く話だ。大げさに考えることもない。
「そ、そうだな……」
リーレンラーラは納得したようだ。
「分かったから早く抜け」
せかすことは忘れなかったが。
「さ、ハントルールイ、頑張ってくださいまし。ドーリンドール様のためですわ」
「う、うん!」
ユーラシアスに励まされ、ハントルールイはヒゲを抜くために大きな手をアゴに当てた。
ごっつい爪があるため、あまり器用に動けない手だ。ちんまいヒゲを抜くには、もう少し時間がかかりそうである。
いつものことなのだが、ハントルールイがユーラシアスに励まされているのがなんとなーく面白くなかったので、チュレットはぶっきらぼうに言い放った。
「どうしても駄目なら言ってくれ。魔法で刈り取る」
「チュレットが怖いよユーラシアスー!」
ひげを抜くためだけに、お話一本(笑)そんなファンタジーです、はい。