運命だと決めるなら 1話
人々が忙しなく歩き出す朝の日はもう煌々と照っていた。
日本人口1億2281万人のおおよそがみな違う人生を背負って生活の営みの歯車のなかで、今日も人々は早足で駅へ向かう。
彼女もその一人だった。
彼女は先日、諸事情からここの土地に移り住んできたのだった。
今日はその学校へ向かう初日だったのだ。
それがこともあろうに、数日の引っ越しの疲労、前夜の緊張、眠れなかったことなどが重なり、いま息を切らせ、懸命に走るはめになっている。
狭い路地の塀が先の見通しを悪くさせる。
慌てている彼女は、何度も人にぶつかりそうになった。それだけなら、よかった。大きい道路に入る直前の道、四つ目にぶつかりそうになったモノは走る鉄の大型トラックだった。
トラックに盛大にクラクションをならされ間一髪で、後ろに身体を引いて尻餅をついた。トラックはそのまま構わず通り過ぎてしまったが命拾いした身体はドキドキしていて、思わず脳内でいまの瞬間を反芻してしまう。
もし、轢かれてしまってでもいたら。高校生で一人暮らしをようやく掴んだ身としては、万が一病院にでも運ばれたりでもしたら、早速に迷惑をかけてしまうことになるところだったと身震いした。
いや、もしかしたら死んでいたのかも。
知らない土地なのだから、慎重に向かわなくてはならない。
彼女はそう思い直して歩き出した。
チャイムがなる音がする。
校内の職員室では大人たちが不安そうな声、案じる者、頭を悩ませた複数人が言葉を交わしていた。
そこにドアが勢いよく開く。
「遅れてすみません・・・っ、今日転校してきた、天空優美ですっ・・・」
教師たちのなかのひとりが笑った。
「初日から遅刻とは良い度胸だな!」
安堵した周りと、和らいだ雰囲気に反して彼女だけは冷や汗をかいて肩身を狭くして縮こまっていた。
天空優美、17歳、ピンクの髪の毛とふんわりと流れるはねた毛。
雰囲気は穏やか、ふんわりと優しさを纏っていた。
話し方は今時の女子高生には珍しい敬語。その敬語を崩すことはほとんどなかった。
緊張の面持ちで教室へ向かう。
馴染めるだろうか。
友達はできるだろうか。
勉強はついていけるだろうか。
優美はポケットに手をやった。校内ではアクセサリーを身につけることはできないが、彼女はひとつのアクセサリーをポケットに忍ばせていた。
金色のクロス。先端に美しい宝石をあしらったものだ。
それはずっと肌身離さずもっていたものだった。お守りのように、ぎゅっと握った。
―大丈夫。できる。
そう心のなかで呟いて、教室へ足を踏み入れた。
「天空優美です。緊張しておりますがこれからの学校生活、仲良くしてくださるとうれしいです!」
そうして深々と頭を下げるとクラスメイトから温かい拍手が贈られ、優美はやっとホッと一息つくことができたのだった。
・・・。そして気づく。一人の男子生徒の熱視線に。無愛想に拍手もせず、こちらを見ている。雰囲気としては好意的な様子ではないようだった。
優美は妙な気まずさを感じていた。そして、なんの因果か空いている隣の席。
勿論、嫌なわけではない。でも、ちょっと・・・、複雑だ。そんなことを考えていると聞こえる無慈悲な担任の声。
「えー、天空の席は坂上の隣だな」
「困ったら坂上になんでも聞いたら良い」
察してしまっておりました。勿論、そう、嫌なわけではない。でも、仲良くできるでしょうか、一抹の不安を振り払って声をかける。
できる限りの笑顔をそえて。
返ってきた反応は味気なく、声を発することもなく、不機嫌そうに下から上まで表情を変えずに視線だけを送る。威圧的とも思える態度に優美は恐縮して静かに席に着いた。
(ひえ、なにか失礼なことした覚えもないけれど・・・もしかして、さっきぶつかった人でしょうか?うう・・・わからない・・・困っても聞ける状態じゃありません・・・)
半べそになりそうになり、心のなかで葛藤している優美にやっと彼が口を開く。
冷たい無機質な声で。
「おい」
「は、はいい・・・っ!」
「昼休み、屋上にこい」
驚いて肩が上下する。先ほど声をかけたときは無反応だったのに、まさかの呼び出しといわれる発言に固まってしまう、ちらりと盗み見るように彼の顔を横目にみる。
初の呼び出し、少女漫画で何度も見てきた展開。でも、到底告白とは思えない。
不良に絡まれる、みたいな状況でしょうか・・・?
隣の彼の名前は坂上温人くんだそうだ。不良とは感じない雰囲気ではある。栗色の髪の色、青い目は冷たいわけではないが、深い深海のように静かな目だった。
勿論いろんな考えはよぎったが、その呼び出しを断れるわけもなく、「はい・・・」と小さく返事をする優美だった。
昼休みが迫ってくる。憂鬱な気分は増すばかりだった。
せっかくの昼休み、初めての教室で、クラスの子たちと交流したりする予定のはずだった。
授業も隣の彼が気になって身が入らない。
チャイムが無慈悲に鳴り響く。勿論一緒に屋上にいくわけもなく、彼はさっさといなくなってしまった。
道も分からず、ふらふらと階段を上がっていく、まあ、散策だと思えば・・・前向きに考え歩いて行く。階段の踊り場、階段ばかりを見ていたせいで、人とぶつかってしまう。
今日は本当にだめです・・・っ、ひとにぶつかってばかり・・・っ!
「わっ!大丈夫?」
見上げると赤髪の美人な女性だった。ふんわりと香水の良い香りがする、校内は化粧は禁止では?とは思いはしたが、華美ではない整った美しさを纏った女性についつい見とれてしまう。
「きゃっ・・・!ご、ごめんなさい・・・!お怪我は・・・?」
「大丈夫よ、あら、あなた・・・」
さっきの坂上くんと同様、彼女がジッと優美の目を見つめた。
ただでさえ大きい瞳が一段とひらいた。
その熱視線に先ほどの坂上くんの眼差しが重なって、不思議と声がでてしまった。
「あ、あの、えっと・・・?」
「ううん、なんでもないわ、見ない顔だったからつい」
綺麗な笑顔で彼女は謝罪をして去って行った。過ぎた彼女が向かったのは同じ階の子のようだった。
おんなじ二年生でしょうか・・・。
そのすれ違った残り香と美しい後ろ姿をぼんやりと眺めていた。
余韻に浸っていたが自分がなぜ階段を上っていたのかを急に思い出して優美は足早に屋上へ向かった。




