業務改善会議
「……で、誰から話す?」
遺跡中央会議室。
かつては魔王軍の作戦会議に使われていた円卓を囲み、魔物たちが妙に行儀よく座っていた。
壁際では魔導回路が静かに稼働し、室温は一定。飲み水と簡単な軽食まで用意されている。
その状況自体が、まだ全員にとって非現実だった。
「ええと……その……」
最初に口を開いたのは、昨日巡回担当だったゴーレムだった。
「北居住ブロックの廊下なんだが、歩いてると時々、足元が温かすぎる」
「どの辺?」
エルサは即座に帳簿を開く。
「第三区画から第四区画の境目だ。溶岩系じゃないのに、核が少し警告色になった」
「なるほど」
エルサは何かを書き込み、頷いた。
「熱循環の優先度が高すぎるわね。夜間の保温設定を引きずってる。後で修正する」
「……それで終わりか?」
ゴーレムが戸惑ったように聞く。
「終わりよ。報告ありがとう。次」
魔物たちがざわめいた。
「怒られないのか」
「減俸とか……」
「処分は……?」
「問題を見つけてくれたのはプラス評価よ」
エルサはきっぱり言った。
「隠される方が困るわ」
沈黙。
魔王軍に所属していた時の価値観が、音を立てて崩れていく音がした。
次に手を挙げたのは、ハルピュアだった。
「清掃担当なんですけど……この新しい床、滑りにくいのは助かります。でも翼があると、少しだけ天井が低いです」
「どのくらい?」
「旋回すると羽先が当たります」
「それは危ないわね」
エルサは即断した。
「飛行種用に天井高を調整するか、ルートを分けましょう。どっちがいい?」
「……選んでいいんですか?」
「現場の意見は重要よ」
ハルピュアは少し考えてから言った。
「ルート分けがいいです。静かな区画の方が集中できます」
「了解。午後には反映するわ」
「……はい」
ハルピュアは、なぜか胸元を押さえて黙り込んだ。
「次」
「俺だ」
グロウルの中央の頭が前に出る。
「警備についてだが……侵入者が来た場合、どう対処する?」
会議室の空気が一瞬引き締まる。
「殺す、ではないのか?」
エルサは少しだけ考えた。
「基本は段階対応よ。警告、隔離、退去。武力行使は最終手段」
「甘くないか」
「合理的よ」
エルサは視線を上げる。
「死体は後処理コストが高いわ」
グロウルの三つの頭が、同時に納得したように頷いた。
「確かに」
会議が進むにつれ、魔物たちの発言は少しずつ増えていった。
休憩時間の椅子が硬い。
食堂のスープの量を増やしてほしい。
夜間の照明が明るすぎて眠れない。
どれも些細だが、確実に生活に根ざした声だった。
「全部、対応可能よ」
エルサは淡々と言う。
「優先順位をつけて、順に改善する」
「……なあ」
最後に、名もなき魔物が恐る恐る聞いた。
「こうやって意見を言い続けたら……その……追い出されたりしないか?」
エルサは手を止めた。
「しないわ」
即答だった。
「ここは、長く安定して動かすための拠点よ。黙って壊れる方が迷惑」
魔物たちは、しばらく黙っていた。
その沈黙を破るように、誰かが小さく笑った。
「変なの」
「魔王軍なのに」
「会議が怖くない」
グロウルが低く笑う。
「……恐怖で縛る時代は終わったらしいな」
エルサは帳簿を閉じた。
「じゃあ、今日のミーティングは終了。午後の業務に戻って」
魔物たちは立ち上がり、自然と一列に並んで出ていく。
その背中は、昨日よりも少しだけ軽かった。
遺跡は今日も静かに稼働している。
叫びも、血もない。
だが確実に、組織として強くなっていく音がしていた。
それを、世界はまだ知らない。




