古代遺跡の最適化
死の谷の最深部にそびえ立つ古代遺跡は、まるで巨大な墓標のようだった。数千年の時を経て風化した外壁には、銀の装飾が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。本来ならそれは美しい輝きを放つはずの魔導回路だが、今は鈍く変色し、無機質な石の塊と化していた。剥き出しになった回路の端々からは、不規則な魔力のノイズが耳鳴りのように漏れ出している。
「ここが、俺たちの最後の砦だ」
グロウルの三つの頭が、重苦しい沈黙を破って告げた。
彼に促されるまま巨大な石扉を押し開くと、肺が痛くなるほどの冷気と、数百年分の埃が舞い上がる。
広大なエントランスホールは、今や負傷した魔物たちの避難所となっていた。翼を折られたハルピュア、核に亀裂が入ったゴーレム。暗がりの隅で横たわる彼らの瞳には、もはや生き延びようとする意志すら残っていない。
「……なるほど。これは想像以上にスパゲッティな状態ね」
私は論理眼を最大出力で解放した。
モノクロームに染まった視界の中、壁面に埋め込まれた膨大な魔力パスが青白く浮かび上がる。それは現代のシステムエンジニアが見れば、思わず頭を抱えるほど複雑に絡まり合った旧世代の設計だった。
複数の管理プログラムが互いに干渉し合い、エラーログが無限ループを起こしている。
――つまりこの遺跡は、自分が壊れていることすら理解できないまま、延々と悲鳴を上げ続けている状態だった。
原因は単純だ。
主要な制御ノードが経年劣化と不適切なマナ過負荷によってフリーズを起こし、本来なら居住者を守るはずの維持システムが、今では魔力を浪費するだけのゾンビプロセスと化している。
どんなに回復魔法を注ぎ込んでも意味はない。
底の抜けたバケツに、水を足し続けているだけだ。
私は腕まくりをして、石壁に刻まれた古いインターフェースに手を触れた。
――放っておけるわけがない。
これもまた、誰かに見捨てられ、放置されたシステムなのだから。
「グロウル。みんなをホールの中心に避難させて。今からこの遺跡のOSを入れ替えるわ」
私はホール中央にそびえる巨大な制御石柱へと歩み寄った。
表面に刻まれた古代文字を、愛おしむように指先でなぞる。
論理眼を通し、意識を遺跡の深層コアへとダイブさせた。
マナのバイパスが物理的に遮断されている。
なら論理的に繋ぎ直せばいい。不要なエラーログは全削除。物理破壊は不要だ。遺跡自身の自己修復機能を、強制的に再起動するだけ。
私は分散型データベースの概念を魔法陣へ落とし込み、魔力の流れを並列化していく。一箇所が壊れても全体が止まらない構造へ。
脳内の仮想キーボードを叩くように、古い命令文を次々と最新ロジックへ置換した。
「システム再起動。ルート権限、エルサ・ラングレン。全セクターの環境維持プログラムを実行!」
遺跡の底から、腹に響く重低音が鳴り渡った。
壁の装飾に青い光が走り、数百年眠っていた機構が目を醒ます。天井の魔導ランプは、不気味な赤から太陽のような温かな光へ切り替わった。
さらに、隠された通気口から清潔な風が吹き出す。
死臭と埃は目に見える速度で吸い込まれ、消えていった。極寒だった空気は一瞬で和らぎ、春のような温度へと安定する。
「な……空気が、生きている……?」
グロウルが三つの瞳を見開いた。
その時、ホール隅の枯れた噴水が低く唸り、震え始める。
「待て! そこは呪われた泥水しか――」
予想は裏切られた。
噴水口から溢れ出したのは、透明で湯気を立てる温水だった。
「これ……お湯……?」
一人のハルピュアがおずおずと翼を浸し、震える声で呟く。
温かな湯気の中で、他の魔物たちも次々と集まり、強張っていた表情がほどけていった。
「新しい物を作ったわけじゃないわ」
私は噴水の縁に腰掛け、彼らを見渡す。
「壊れたと思い込んでいた機能を、正しく設定し直しただけ」
絶望に沈んでいた瞳に、初めて前向きな欲が灯る。
恐怖ではない。快適さによって結ばれる、健全な協力関係の始まりだ。
「でも、これはまだ序章よ。この遺跡には居住区をスイートルーム並みに整える形状記憶モードも眠っている。私の言う通りに働いてくれるなら――全員に、最高の個室を用意するわ」
「主よ。いや、CEO」
グロウルが三つの頭を揃え、深く頭を下げた。
「貴殿の力……もはや神の奇跡を超えている」
私はその鼻先に手を置き、静かに笑う。
「奇跡じゃないわ。ただのデバッグよ」
制御石柱に、新たな管理権限を書き込む。
稼働ログを確認。エラーなし。稼働率、百パーセント。
――今日からここが、私の会社だ。




