崩壊
19話の大幅な改稿をしました。よろしければそちらから見てください。
結界の前で、王国制圧部隊は完全に停止していた。
前進命令は出ている。だが、命令を実行するための条件が、現実には存在しない。見えない壁は、剣でも、魔力でも破れず、ただ静かにそこにあり続けている。
重装歩兵たちは盾を構えたまま動かない。足裏に伝わる地面の感触は硬く、安定している。魔境特有の腐食も、沈み込みもない。その違和感が、時間とともに不安へと変わっていった。
「殿下、ご指示を」
側近の声が、抑えきれない焦りを含んでいた。
王子は答えない。視線は、結界の向こうに立つエルサから離れなかった。
「最後に言う」
王子は一歩前に出る。靴底が石を踏む音が、やけに大きく響いた。
「戻れ、エルサ」
「戻る場所は、ここよ」
エルサの声は低く、落ち着いていた。
結界の内側。魔族の技術者が計測板を確認し、魔獣が資材を運んでいる。金属と石が触れ合う音が、一定のリズムで続いていた。
「干渉は確認されますが、破壊行動は見られません」
「予測範囲内ね」
エルサは、視線を制圧軍に戻す。
制圧軍側で、最初の破綻が起きた。
前列にいた重装歩兵の一人が、盾を下ろした。金属が地面に触れ、短い音を立てる。
「……隊長」
「何だ」
「俺たちは……本当に、これを壊すんですか」
声は小さい。だが、確実に周囲へ広がった。
盾の陰から、他の兵士たちの視線が集まる。
「黙れ」
制圧隊長の叱責が飛ぶ。
「命令だ。従え」
「でも……」
歩兵は、結界の内側を見る。
作業を続ける魔族。巡回する魔獣。誰一人、敵意を示していない。
「敵が……仕事してます」
その一言で、空気が止まった。
誰も否定できなかった。
王子は、唇を噛み、視線を落とす。
「……一度下がれ」
「殿下?」
「命令だ。距離を取れ」
後退の号令が、遅れて伝わる。隊列が揃わないまま後ろに下がり、陣形が乱れる。
その瞬間、結界の圧がわずかに緩んだ。足先を押し返していた力が、確かに弱まる。
「……反応が変化しました」
神官の報告に、エルサが答える。
「敵意が下がったからよ」
彼女は、はっきりと言った。
「ここは、戦場じゃない。稼働中の現場なの」
制圧軍の中に、言葉を失う者が増えていく。
最初に崩れたのは、防御でも結界でもない。
「壊す理由」だった。




