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元SE聖女、論理眼と現代知識で辺境のガラクタ遺跡を最適化! 〜魔王軍の残党を雇用してホワイトなダンジョン運営を始めました〜  作者: さくらもち


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15/20

現場

死の谷の朝は、今日も異様なほど静かだった。谷を囲む岩壁には夜の冷気が張り付き、触れれば指先がかじかむほどの温度を保っている。岩肌をなぞるように流れる魔力の気流が、低く鈍い唸りを立て、谷全体を包み込んでいた。かつて瘴気が淀み、視界すら奪っていた空間は、いまや整理され、透明な層として一定の高度で安定している。管理棟外壁に設置された測定板の針は、危険域を示す赤線から大きく離れた位置で静止したままだった。


いつも通り、作業開始を告げる鐘が鳴る。短く乾いた金属音は、合図として過不足がない。その音を境に、谷の内部がゆっくりと動き始めた。魔獣が規格通りに切り出された資材を運び、魔族が魔導回路の点検へ向かい、ゴーレムが事前に設定された巡回路へ歩み出す。誰一人、声を荒げない。ただ、足音や金属

の擦れる音、魔力が流れる微かな振動だけが積み重なっていく。


エルサは管理棟の通路を進んでいた。石床は冷え切っていた。昨夜補修した床の継ぎ目はまだ色が新しく、段差も歪みもない。施工記録通りの仕上がりで、改めて確認する必要すらなかった。


そのとき、外壁側に設置された警戒魔導陣が低く一度だけ鳴動した。侵入ではない。だが、確実に「接近」を示す信号だった。


通路の奥から、伝令役の小型魔獣が駆けてくる。爪が石床を叩く音は一定で、呼吸も乱れていない。訓練通りの動きだった。


「管理者。王都紋章付きの封印書簡です」


差し出された筒は革と金属で補強され、表面には王家の刻印が深く刻まれている。装飾は最小限だが、過剰なほど頑丈だった。中身が命令書であることを、隠すつもりは微塵もない造りだ。

エルサは筒を受け取り、管理棟奥の会議室へ入る。扉を閉め、机に置き、封印を解く。羊皮紙が乾いた音を立てて広がった。


「……来たわね」


王国名義の正式な制圧命令。武装部隊の派遣、管理体制の解体、中心人物の拘束または排除。魔族・魔獣は殲滅対象へ戻し、死の谷を「本来あるべき危険な状態」に復帰させると、感情を挟む余地もなく記されていた。


エルサは紙を折り畳み、机に置く。指先にわずかな力がこもり、革張りの天板が軋んだ。


「各区画責任者を集めて。至急」


ほどなくして会議室には顔なじみが揃う。魔族、魔獣、ゴーレム。種族は違っても、床に引かれた線の内側に等しい立場で並んでいた。


エルサは命令書を掲げない。ただ内容を簡潔に告げる。


「王国から、制圧命令が出た」


空気がわずかに張り詰める。それでも混乱は起きない。悲鳴も怒号もなかった。


「……なぜ、ですか」


細身の魔族が手を挙げる。指先には、日々の作業で残った焦げ跡があった。


「あいつらが理解できないからよ」


エルサは即答した。


「正しいかどうかは関係ない。管理されている魔境は、この世界には存在しない」


誰も反論しなかった。彼らは最初から、その可能性を知っていた。


作業区画の奥、換気塔の影。魔族の技術者は冷えた壁に背を預け、腰を下ろしていた。かつて魔王軍に属していた彼は、戦う力よりも、魔力を整え流れを正すことに向いていた。戦場にも、王国にも居場所はなかった。瘴気の濃い死の谷だけが、彼を拒まなかった。


「戦えますか、ではなく。働けますか、よ」


エルサの言葉を、彼はいまも覚えている。

遠くで警戒鐘が長く鳴った。制圧部隊が境界線に到達した合図だ。

魔族は立ち上がり、工具を腰に戻す。仕事は、まだ終わっていない。

死の谷は、今日も静かに稼働していた。

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