SE聖女、解任
その言葉を聞いた瞬間、私の視界を覆っていた無数のログが、静かに停止した。
「エルサ・ラングレン! 貴様との婚約を破棄し、聖女の座から解任する!」
王宮の大広間に、第一王子カイルの怒声が響き渡る。
それは、私が三年間、この国のインフラを支えてきた献身に対する、あまりにも理不尽な回答だった。
豪奢なシャンデリアから降り注ぐ光。
かつて私がマナの波長を調整し、瞳に負担のかからない暖色へ最適化した照明だ。
だが、その光に照らされたカイルの顔は、私への嫌悪で醜く歪んでいた。
隣では、新聖女とされたリリアが、勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「お前の持つ現代知識などというガラクタは何の役にも立たん。聖女に必要なのは神の奇跡だ。知識という小賢しい理屈ではない!」
貴族たちが一斉に嘲笑を漏らす。
彼らは知らない。今飲んでいる冷えたワインも、この広間の完璧な空調も、すべて私が床下に潜り込み、論理眼で魔力回路を最適化し続けた成果だということを。
「……そうですか。殿下は、奇跡こそが正義だと判断されたのですね」
自分でも驚くほど、声は冷静だった。
前世でシステムエンジニアとして、理不尽な仕様変更を突きつけられた時と同じ。
感情を切り離し、事実だけを見る――職業的な冷徹さ。
論理眼が起動し、世界が可視化される。
カイルの背後で誇らしげに輝く王宮守護の魔法陣。それは私の目には、スパゲッティコードの塊にしか見えなかった。
(……第三演算回路にノイズ。
私が毎日デバッグしてなきゃ、もうとっくに爆発してる)
止めていたのは、王宮が吹き飛ぶからじゃない。
民が巻き込まれるからだ。
私は冗長化と例外処理の概念を魔法に持ち込み、この王宮を「運用」してきた。
だが、彼らはそれを小賢しい理屈と切り捨てた。
「聞いておるのか! 貴様の代わりはリリアがいれば十分だ!」
「そ、そんな……照れちゃいます」
リリアが甘ったるくカイルにしがみついた瞬間、無制御な魔力が流れ込む。
視界に、真っ赤な警告ログが弾けた。
(限界ね。……保守期限切れ)
私は静かに膝をついた。
「承知しました。私は今この瞬間をもって、王宮の全業務から離脱します。引き継ぎは……不要ですね。奇跡があるのですから」
「ふん! 勝手にしろ!」
言質は取った。
これで、責任は私のものじゃない。
(全プロセス終了。管理者権限ログアウト。
パッチ適用前、工場出荷状態へロールバック)
再起動じゃない。
未検証環境での、本番停止だ。
指先を弾く。
カチッ。
照明が激しく点滅し、不快な高周波ノイズを上げ始めた。
「な、なんだこれは!」
リリアの浄化魔法が、負荷をさらに押し上げる。
自動負荷分散のないシステムに、強制再起動。回路が悲鳴を上げ、火花を散らした。
「……それでは」
私は一礼する。
「これで終わり。もう、私の仕事じゃない」
扉を閉める直前、背後で「寒い!」「水が止まらん!」という悲鳴が重なった。




