4 貴方はマギー使い
城に着いた一行は、花菖蒲の襖絵が優美な間を宛てがわれた。ここはこの城では数少ない板張りの床で、その上に絨毯を敷き、大きな机と椅子が備えられている。彼らは人払いをして早速、密議を始めた。
ここからはランタルニアと竜舞国の交易条約に関わるとのことなので、現大公の知恵袋、側用人の楠瀬紫矢が加わった。側用人はランタルニアには宰相と紹介されている。紫矢は濃紺の髪と紫の眼、銀の鱗をもつ柔和な眼差しをした男で、竹丸の父である。彼は竜舞国唯一の交易港を擁する大湊の領主でもあり、船団長ハンスとは知己でもある。
改めて状況が整理され、倫子が伊織お手製の栞を手にした途端に火の壁が立ち上がったこと、その栞の図案は伊織が医道書として手に入れた書物から写し取ったものであること、その書物を伊織がほぼ訳せなかったことを聞いたハンスは重ねて陳謝し、書物の回収を願い出た。
交易条約上、全ての書物は荷を送る国が送るかどうか検討でき、中も検めることになっている。
「誠に申し訳ありません。数日前、マギー発動の兆しを捉えたときから、ランタルニアのマギーの書物が流出したものと予想しておりました。ランタルニアでは文字が読めない者が少なからずおります。文様が似ているので、マギーの書物を檜原殿が注文なさった医道書と誤ったのでしょう。交易条約に従い、竜舞国へお渡しする書物は全て中を検めているのですが、不手際があったようでございます。」
「そのようなことは頻繁にあることなのか?」
柾耶が憮然として訊ねる。
「いいえ。マギーの書物を竜人の方々が手にされますと、発動は致しませんが、その兆しが起きます。ワタクシが団長を務めますこの数十年間はその兆しは一切ございませんでした。」
「巡り合わせが悪かったのか。竜舞国でマギーは発動しないはずなのになぜ発動したのだ?」
「そのことなのですが、ここからは少しお聞き苦しい話になりますこと、どうか御容赦下さい。竜舞国には竜舞伝という禁書が存在するそうですね。」
若い四人に代わって、紫矢が片眉を上げ、端正な顔をしかめて答える。
「我々にとって非常に耳障りな内容ゆえ、何代か前の王が禁書にし、今は神殿に一冊残るのみとなっている。『竜人の王がこの世を征しようとしたので、神が怒り、その王を滅したうえに竜人全てを竜舞国に閉じ込め、竜舞国ではマギーを使えぬようにした』とか。貴殿はなにゆえそれをご存じなのか?」
「昔馴染みの古老が、酔った勢いで酒の場の小話としていたのを小耳に挟んだのでございます。ワタクシひとりの場でしたので、この話は他言しておりません。」
「ご配慮、痛み入る。で、その話が今回の件とどう関わるのだ?」
「もし、倫子殿がその『竜舞国でマギーを使えぬようにした神』と同じ力をお持ちだったらどうでしょう?マギーを使えると考えられませんか?」
「その神に抗し得るので使えるのではないか、ということか?」
「左様にございます。ただワタクシは、人の身が神の力の量に耐えられるだろうかと思いますので、性質が同じものかと。その神が自分の力は使えるように例外を設けておいたためそれに当たったと考えているのです。ところで、ランタルニアやその近隣の国々の神話には、『神は治癒のマギーが使え、戦いや病に苦しむ者を癒して廻った』との逸話が多数ございます。倫子殿はどうでございますかな?治癒のマギーというものはこの神以外今まで使えた者はいないのでございますが。」
「っ………、倫子の作る薬は一級品だ。先日も塗薬で捻挫が半日で回復した。」
竹丸は何故か言い淀み、少し間を空けてハンスに答える。
「やはり。では倫子殿は治癒のマギーを使えるとみてよいでしょう。倫子殿はおそらく我々とは異なる力、つまり『竜舞国でマギーを使えぬようにした神』と全く同じあるいは性質が同じ力をお持ちなのでしょう。」
「なるほど。」
「ワタクシと致しましては、マギーというものは大変便利なものでございます故、是非活用なさることを御勧め致します。しかもあの発動の様子から、凄まじい量の力をお持ちのようです。お聞きした限りでは、小さな火を思い浮かべられただけなのでしょう?あの文様は力を大きくするものではあるのですが、あれ程とは……。羨ましゅうございます。ランタルニアにもそのような者はいないかと。」
「倫子殿、ハンス殿はこう申しておられるが、マギーを使ってみる気はないかね?」
「わたしはランタルニアに全く詳しくないので、マギーでどのようなことができるか見当もつかず、ご返答致しかねるのですが…。」
「それならば、伊織が詳しい。年も近いし、伊織に説明させよう。伊織もうずうずしているようだしね。だが伊織、先程のような被害が起きては困るから、説明だけだ。使わせてはならんぞ。竹丸、おまえも倫子殿についてあげなさい。それからのことはまた考えよう。ハンス殿、倫子殿が了承してくれたら、ご教授願えるだろうか?」
「勿論でございます。しかし、竜舞国でマギーは使われておりませんので、説明する言葉が無く、大変難解になるはずでございます。檜原殿が書物を御訳しになれなかったのは、そのためでございます。ですから、ランタルニアやランタルニア語に造詣の深い檜原殿には是非お越し頂かねばならないのですが。」
「『マルガレーテ』の説明のようなものか。あれは花を持ってきてもらえたが、マギーはそうもいかないからな。」
「左様にございます。」
「では、今日は誠に有意義な会談であった。ハンス殿に感謝申し上げる。」
「滅相もございません。領主様のお役に立てましたこと、光栄でございます。」
城を出れば日暮れだった。
竹丸は再び倫子を横抱きにして通りを駆け出したが、ぴたと立ち止まり、倫子を下ろして椅子に座らせる。
湯気の立ち上る甘酒椀を渡して倫子を背後から抱き締める。
「…昔、俺が大怪我した時、倫は俺と遊びたくて『痛いのとんでけ~』って足を撫でてくれて、折れてた骨が直った。『よかったね』って笑う顔が可愛くて可愛くて、俺は倫を嫁にしたいって初めて思った。」
「そうなの?竹ちゃん怪我したのこの前初めて見たよ?」
「倫が二歳のときだからな。覚えてねぇだろ。ごめんな。皆マギーには興味津々だから、断るなんて思ってもねぇ。倫は分からんこと言われて困ってるっていうのに。」
竹丸がすりすりと頬擦りしながら言う。温かい甘酒と恋人の密着にほんのり顔を赤らめた倫子に男の竜人の頬の鱗のひんやり加減が気持ち良い。
「それだけ楽しそうなことなんでしょ?」
「まぁ、そうだ。昔は戦に使ったりもしたそうだが。父さんたちが戦に使うことなんて全く考えてもいないことは違いない。俺は倫が楽しいうちは見守る。嫌なら遠慮するな。」
夕暮れの空を背景に、「あまさけ」と染められた旗がゆらゆら揺れているのが目に入る。
(そういえば、店どころか通りにも人がいないなぁ。さっきまで賑やかだったのに。)
ふと倫子は辺りを見回した。
「あ、この辺り、花鳥風月の店。人払いした。マギーの話、聞かれたくないし。ん、帰るか。」
そう言いながら竹丸は崩れていた倫子の結い上げを手早く直す。玲に何があったと大騒ぎされるのは御免だ。
倫子を抱えて家まで送ると、「明日来る」と言って、竹丸は宵闇に消えていった。




