40 思わぬ文
もう直ぐ三月という頃、夜更けの薬舗にハンスから鷲が飛んできた。
「!」
文にはなんと、伊織の回復状況を案じるとともに、マギー使いが二人もいるようになったのだから、島から竜舞国の竜人が出られるようになっていないか試してみないかとの誘いがあった。荷を積んでみたら多分、船が一隻余るらしい。伊織を乗せて、出られるか試さないかというのだ。
神殿にある禁書「竜舞伝」が言うように、理由は分からないが、竜人は島から出られない。しかし、そこにいう「奪われた力」が帰ってきたというなら、島からも出られるのではないかというのである。
また、出られないというのは、出ようとすると俄に空が暗くなって雷雲が起こり、まるで竜人を狙うかのように船に雷が落ちるからである。それならば、空に前兆が起きた時点で繋路石で帰れば良いという。
そして力のあるふたりではなくて、伊織で試そうというのは、上手く行けば伊織をそのまま留学させてあげたいからだという。
暫く悩んでいた隼矢であったが、次のように筆を執った。
伊織は残念ながら、未だに回復していないので、もう直ぐしたら魔力水を渡そうと思っている。
大変有難い申し出であり、ことに、進取の精神溢れる伊織なら喜んで試験に協力するだろう。ただ伊織が留学するのはランタルニア語を聞いたり話したりしたことがないので今回は難しいと思う。もし良ければ、次の船かその次のハンス殿の船で、そういったことを伊織に教えてくれる人を手配して貰えたら嬉しい、と。
承知した、会話の件を失念していたのは申し訳なかった、ではまた大湊で会おうとの返信を得て、隼矢は次の日、檜原邸に見舞いに出掛けたのである。
「あー、良かった。ありがとうございます。これで四日にハンス殿を見送れるっす!」
もう大分良くなっていた伊織は治癒の魔道水で直ぐ治った。世話になったハンスと中途半端に別れたことが余計負担になって長引いたようである。
「いや、ハンス殿がな、『船が一隻余るから、竜人が島から出られるか試さないか』って。俺たちが魔道使えるようになっただろう?だからそれも変わってないか試さないかってさ。将来おまえを留学させたいからって。乗りたいだろ、船。」
隼矢は伊織に、今回留学する件は断り、代わりに会話の教師を頼んだことは伏せておく。
「…夢じゃないかな。」
「うん。そういうと思った。ふつうは怖がると思う。」
「え? あれでしょ、雷が来そうなら繋路石とか、『伝説のマジック』見てなんか考えるとかすればいいでしょ?」
「ハンス殿もそう書いてた。繋路石って。十日に大湊、俺たちと行こう。ついでに新しい市場の命名をして欲しいんだ。」
「出られるなら、僕もうそのまま留学しちゃってもいいかも。ふふふ。」
十日に行ってみればそんな気がしなくなることを大湊の領主の息子は心得ているので、敢えて聞かなかったふりをして、ちょっとだけ伊織に冷ややかな眼差しを送り、檜原邸を辞去した。
◇◇◇◇◇
「この薬罐本当に有り難かったから、お礼言えるかもって楽しみにしてたのに。」
「…薬舗に直に行けばいいじゃないか。何回か行けば会えるだろう?」
「え?若奥様、店に出てるんですか?会いたいって言う勇気ありません。恐い特忍様が出てきて礼はいらん、帰れ!って追い出されそうです。」
「兄様、そんな恐く見える?」
「…大抵の人はそう思う筈です。それにしても今回は荷車少なかったですね。」
「そうか?前もって送る分や、途中で合流する分がかなりあるからあんなものだろう。黒輝石細工物がなければいつもそうさ。今回は寧ろ倫子殿の薬を出来るだけ新しいものが良いとぎりぎりまで待って荷が増えたくらいだ。」
三月四日。ハンスが瑛都を発つ日になり、一慶と柾耶は国王と側用人として公式にランタルニア商館を訪れた。今回一番大きい荷は倫子の薬だったので、ひょっとしたら倫子も挨拶に来るかと柾耶は期待したようだが、その事実を知らない倫子が来るはずもなく、二人でハンスを見送った。殿を務めるハンスは荷車が次々出ていった後、馬に乗って悠々と大湊へ向かっていったのである。
今はその帰路である。斜め向こうに見える薬舗を柾耶は切なげに見遣って、城の門を抜けた。
隼矢たちは繋路石があるので十日に大湊にいくつもりだと分かっている一慶は、執務を休みにしてなんとか彼らに連れていって貰おうと画策していたが、護衛高原こと「鷹やん」の目が厳しく、到底無理そうだ。
◇◇◇◇◇
あれから城に戻った一慶は、鷹やんからこってり叱られた後、気がつくと机の上に秦野からの文があった。
鷹やんの言うことがもっともなので慰める術を持ちませんから始まった文の、紹介された二人の名というか所属を見てぎょっとした一慶は、大慌てで抜け道を通って薬舗へ取って返した。
「秦野さんから紹介された二人なんですけど、これ紫矢殿を怒らせませんか?」
ちらっと文を見て、なるほどな、と呟いた隼矢は、出来た変形石を耳飾りに仕立てている手を止めない。
「秦野さんがそんな人を紹介してくるわけがないだろう。奉行所にいないどころか瑛都にもいないとはな。大湊か。空になった奉行所に人を入れなきゃなんないんだから当然か。父さんがこの人を浮かべたかは分からんがな。檜原殿の同期か、先輩か。檜原殿はどっちでも喜びそうだが、大湊の奉行なら同期にしろって言うだろうな。この人は大湊の奉行の元護衛だ。良い腕だったが護衛にしておくのは勿体無いってこの地位にしたんだ。欲しいって言ったら父さんが反対してもなんでも喜んでくれるだろう。」
「じゃあどうしてこちらの人も紹介してくれたんでしょう?」
「うん?こっちのほうが後々他の人を引き抜き易いんだろう。人脈が広くて。ほい、出来た。変形した後の眼の色に合わせた。簪より触り易いだろう。使い方はこの石のところを持って変形しようと思うこと。戻るのは、元に戻ろうと思うこと。やってみな。」
「ただ思うんですか?繋路石も?」
「繋路石は違う。この石はそう。様子を見て駄目なら三回叩くとかにしても良いぞ。そのおまえが持ってる伊織の書物も『ただ思って』作ったからこれもそうしてみただけだ。」
「『伝説のマジック』。私も欲しいです。」
一慶は言われたとおりにしたが上手くいかない。
「余計なこと考えるなよ、もう。」
今度は成功した。髪は柾耶、眼は伊織に似た眼だ。似たというのは、伊織は垂れ眼ではないからだ。
「すいません…。自信ないです。」
「落としたとき、知らない者で発動しにくいようにしたんだ。これで変形できるなんて思わないだろう?三回叩くことなら偶々あるかもしれないが。少し慣れるまで使ってみてくれ。書物はおまえ、どこに置くんだ?鷹やんに見られるし。ここで読め。」
「はい…。」
貰った次の日から、せっせと慣れるため着けている。新しい筆頭与力の目処はついたが、奉行所の侍従はもう少し続けて、色々なところに行って、城の人員の把握を続けるつもりだ。




