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愛され竜人若夫婦のちょい足し魔道生活  作者: さまのすけ


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2 救いの手

 倫子が向かった東屋は、不足しがちな応接室の代用として建てられた。檜造りで、黒い屋根を数本の柱で支えただけの構造だ。だが書物を観るのに、とかく揺らぎがちな陽光は適さないからだろう、陽射しが入らないよう高い生垣で覆われていて、まるで壁があるかのようだ。備え置かれた重厚な黒い机は寝台くらいの大きさで、両端には長椅子が置かれている。

 天井から吊るされた行灯には、竜舞国特産のつるりと金に輝く日光石(にっこういし)が入れられている。横に置かれた小さな白石でコツと打つと、やわらかな春の陽射しが均一に広がる。


(…良かった、大きい日光石ね。)


 発光すると、目で追えない程度に溶けているらしく、やがて小さくなって消えてしまう。石が消える瞬間「ちりん」という澄んだ音色が鳴る。倫子はこの寂しい音を聞くのが嫌で、小さな日光石が苦手である。

 倫子は渡された図録を机に置いて、長椅子に浅く腰掛けた。


(あ、伊織さんの字、綺麗。書き慣れた字だなあ。竹ちゃんは霊山茸の香りが苦手だから、同じ効能のある薬草が知りたいのよね…)


 倫子は早速、図録を開いて薬草の挿絵と伊織の訳文をつらつら見始めた。



(竹ちゃん、元気かな。最近あまり来てくれないんだよね…。)


 竹丸は倫子の兄、(あきら)の大親友で同い歳、瑛都の忍者社中(しゃちゅう)「花鳥風月」の次期頭領である。

 物心ついたときには毎日遊びに来ていて、倫子は竹丸も実の兄だと勘違いしていたくらいである。

 十日ほど前のこと、久方ぶりに店に現れた竹丸は、足首を挫いていた。慌てて最上級塗薬を作って進呈したが、忍者の極み、「特忍」の竹丸の負傷姿には目を疑った。


(竹ちゃんが怪我してるの初めて見た……。いや、昔、竹ちゃんが棒を引摺って歩いてるのを見た気もするけど、あれは竹馬だっけ。)


 謝辞を述べつつ、腐りかけの茸のすえたにおいがする……と鼻の頭に皺を寄せながら薬を塗り込んだ竹丸は、次の日には全快したようだ。夕刻、ランタルニア製の綺麗な薄紅の林檎ジャムと、林檎の匂いの香袋を持ってきてくれた。

 竹丸が倫子の薬に苦情を言うなど初めてのこと。よほど嫌だったのかと竹丸の母「竹おばさま」に相談した次第である。

 竹丸の母は、些細な行き違いがあるわねっと言いながら、ランタルニアの薬草を教えてもらえるわよ、と伊織を紹介してくれたのである。



 しばらく図録と訳文を読んでいた倫子だが、初めての場所にひとりきりというのは少しならず心細くなってきた。

 図録の最後の頁に、白い栞が挟まっているのに気がついて、霊山茸の頁に挟んで伊織を待つことにした。 

 栞を手にして眺める。竜舞国の公用紙の余りで作られたそれは、伊織お手製のようだ。


(これは記号?図?…円のなかに文字や記号が複雑に描いてあるわ。円の外は伊織さんの字ね。火?)


 途端に目の前に火の壁が立ち上がった。

 足元には、栞に描かれていた文様が紫色になって広がっている。


「…………」


 いつのまにか栞はなくなっていた。図録を抱えて立ち上がろうとするが動けない。

 焚き火どころではない熱が襲う。生垣や天井が燃え出す。煙が漂う。


「倫!」


 青い布地が視界を(よぎ)るや、身体がふわと浮く。

 瞬きのうちに、ざりっと草履が摺る音とともに地に下ろされ、一陣の冷涼な風が髪を揺らす。

 同時に、東屋がバキバキと大音を立てて崩れ落ちる。


「チッ」


 倫子から離れ、東屋の残骸を振り返り、舌打ちをして、黒っぽい髪に青い羽織の男は、黒く光る小さな笛を吹く。数拍後、人の駆け寄る気配がする。


「水を!」


 瑛都に最後に雨が降ったのはいつだったか。折からの乾燥も手伝って、みるみる生垣の葉は黒ずみ、燃え広がって灰になってゆく。

 東屋の周りの生垣がほぼ焼失するかと思われたその時、燃えている葉ごと火の壁が、風景から切り取られたように消えた。



 なにが起きたか倫子が(わか)る間もなく、再び視界一杯に青い布地が広がる。青い羽織の男に抱き込まれたのだ。

 一拍後、男の腕が緩む。男は怪訝気に(こぼ)す。


「…団長殿?」


 倫子は男の腕越しに片目で、崩れた東屋の向こうに初老の男が立っているのを見た。

 短い茶髪を後ろへ撫でつけ、鱗がない。竜人ではない。ランタルニアの者だろう。纏う衣装も見慣れないものだ。


「いかにも。久方ぶりに御目に掛かります。ハンス・シュトラウスでございます。殿下方には…」


 穏やかな微笑を浮かべ、実直そうな男が口上を述べようとするのを遮って、伊織の横の、殿下と呼ばれた紺の羽織の青年が話し掛ける。


「口上は無用だ。先程のあれは何だ?凄まじき威力であったぞ。」


「畏れながら、あれはランタルニアの火のマギーでございます。ワタクシは数日前よりマギー発動の兆しを捉え、探索しておりました。先程のマギーは無効化(オールクリア)致しましたが、探索が間に合わずこれほど甚大な被害をもたらしましたこと、心より御詫び申し上げます。東屋と生垣の復元はまた後日、人足を手配致します故、どうぞ御寛恕頂きたく。」


「あれがマギーというものか。急を救われたこと、礼を言う。しかし、我が国ではマギーは使えぬのではなかったか?」


「左様にございます。ただこれ以上の事柄につきましては、交易条約との関わりもありますので、人払いを御願い申し上げます。」


「ふむ。密議が必要か。急ぐか?」


「はい。ワタクシが思いも致しませんでした事態が生じております。楠瀬殿、檜原殿も御揃いとはワタクシにとりましてもこの上なき天の配剤。()げて御願い申し上げます。」


 ハンス、と名乗る初老の男は、まるで不可思議な「もの」のように倫子を覗き込みながら言った。


「分かった。先触れを出してすぐに城に向かう。幸いここから近い。」


「行こう、倫。」


 倫子はふわりと身体が浮いて、横抱きにされた。

 助けてくれた男の顔を(ようや)く視界に入れられる。

 見上げた先には、黒と言って差支えない濃紺の髪に灰青の鱗、蜂蜜色の瞳がある。少し太めのきりりとした眉に、切れ長の大きな眼。姿絵の竜の眼のようだ。倫子の愛しい想い人、竹丸である。


「助けに来てくれてありがと。竹ちゃん。」



「伊織、モノクル外せよ。城まで歩けないだろ。」


「勿論です。竹兄様。」


 伊織がモノクルを外すと大きな若緑の目が現れた。

 怜利な雰囲気は何処へやら、好奇心旺盛な若者の顔になる。

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