29 実家に行きます
倫子が風呂敷を広げて、店の品を幾つか包んでいる。
(塗薬は上級なら傷だけじゃなくて捻挫とか色々効くから、それね。粉薬は…下痢止めと何が良いかしら。)
「お義母さま、粉薬はどれがいいと思いますか?」
「そうねぇ……これと、これと、これかな。様子を見て、また考えればいいわよ。」
今日は二月も半ば。倫子は久しぶりに実家「宵」に薬を卸しに、艶と出掛けるのである。倫子が両親に会うのは子の生誕の日以来だ。子どもたちを見せてあげたかったが、首が据わっていないので連れて行けないから諦めた。
薬舗を開店したので、薬師のいるそちらがいいだろうと、「宵」での薬の扱いを止めたのだが、左門が「御守りがてら持ってる者も多いし、薬舗は忍者には敷居が高くてのう。済まんが一寸で良いんじゃ、置いてやってくれんかの。」と頼むので、また扱うことにしたのである。
「じゃあ行くわよ。はい、倫ちゃんも乗って。」
「止めて~、母さん。馬は止めて。馬も倫も可哀想だ!」
「荷があるのよ。重いじゃない。そんなに駆けないわよぉ。」
店先で見送ろうとした隼矢が馬を見て血相を変えて止めにかかる。奥から紫矢も出てきて、店の者を呼んで荷車を持って来させる。
「止めておきなさい。こんな町なかで乗るもんじゃないよ。特におまえはね。いつもそう言うが、直ぐ駆けるだろう。奉行所に怒られるよ。」
渋々、艶は馬を諦め、荷車に荷を積んで、引いてくれる使用人と三人で歩いて向かうことにする。荷は大した量ではないので、荷台にちんまり載っており少々格好が悪い。
(…馬とわたしが可哀想って何? まあ、いいかぁ。お母さん、一杯お土産くれそうだしね。)
改めて、隼矢と紫矢に手を振って出掛けた。
倫子は知らないが、艶の馬の扱いの荒さは歴代の花鳥風月頭領の頭痛の種である。険しい山々がひしめく竜舞国では、馬の養育が難しく、馬はとても高価である。しかし艶は限界まで風を感じたい人なので、馬を痛めてしまうのだ。一応、艶も息子に馬が可哀想だと泣かれてからは、気をつけているつもりなのだが、いつの間にか速くなっている。結果、先代頭領であった父には騎乗を禁止され、「中道を鍛練がてら風を感じていろ」とまで言われたのである。因みに「中道」とは険しい山々の道なき道のことである。外周よりも早く島の反対側に辿り着ける忍者の鍛練用の道だ。
「竹丸もあんなに言わなくてもいいじゃない。」
ぷっと頬を膨らませて艶は言う。
隼矢が生き物の世話好きなことに重々恩恵を受けている倫子は、艶がそこまで、とは知らないもののなんとなく察して何も聞かないことにした。
実は隼矢は世話好きが高じて、いま花鳥風月で飼っている馬のほとんどを子馬のときから育ててきた。馬は可愛い子どもなのである。それは艶を乗せたくないだろう。隼矢は馬に限らず、伝達鳥も自分のと色の違うものであれば引き受けている。生粋の世話好きである。
さて、荷車を引いてゆるゆる歩きつつも小半刻もしないうちに「宵」に着いた。繁盛している店なので、大中通りからひとつ逸れた通りにはあるがとても立地が良い。城からも遠くなく、もともと薬舗と「宵」はそうは離れていないのである。
入り口の引戸に「宵」という字と半月の絵が描かれているが、この店のことを「宵」と呼ぶ者は少ない。客のほとんどを占める忍者は雑貨屋か、主人の名を音読みした暁の店、あるいは暁さんの店と呼ぶ。倫子の父暁は元忍者であり、その経験を活かした品揃えは評判で、瑛都の忍者にとって雑貨屋といえばここのことだからだ。因みに暁は自分の名を元に「黎」とつけたかったので、「宵」とは言わない。
「ただいまー?薬持ってきたよ。あとお知らせの紙も。」
「おかえ…いらっしゃい。今までの棚を少し小さくして掃除しておいたわよ。粉薬が並べ易いように浅い仕切りのついた木箱も用意したわ。木箱は倫子の色の白と紫よ。」
明るい母、小春が迎えてくれる。一緒に来た艶に遠慮しておかえりというのは止めたようだ。まだ艶待望の結婚をして間もないのに縁起でもないと思ったのだろう。艶と竹丸が一生懸命「嫁に来て欲しい」と言うのをいつも喜んでいた小春ならではの心遣いである。
「これはね、薬舗の案内。こっちは薬の効果と注意の案内。前よりも良く効くからそれは伝えて頂戴ね。次からは薬舗の使用人が来てくれるわ。二十日に一回にする?十日に一回がいい?」
「そうねぇ…、この数なら二十日に一回かな。無くなったら伝達鳥でって言いたいんだけど、お父さん伝達鳥使えなくなったからねぇ。私が三つ子ちゃんにも会いたいし、遊びに行こうかしら。」
「そうして頂戴。ここには持ってこなかった薬草茶を淹れるわ。きっと来てね。」
「お茶もあるのね。どんなのなの?」
「疲れが取れるお茶とか眠れるお茶は勿論、人気は肌艶が良くなるお茶よ。他にもあるわよ。」
「随分あるのね。多分久々の入荷だから、十日もしないで無くなると思うわ。直ぐ行くわね。」
「お父さんと兄さんは?」
「お父さんは仕入れね。玲は、会ったら離れるのが寂しいから会わないんですってよ!」
小春は倫子の晴れ姿をほとんど見られなかったので、兄と父に御冠だ。
兄は確かに倫子を可愛がってくれたが、実のところ、隼矢のほうが世話が上手かった。隼矢のことも兄と思っていた頃は、「こっちのお兄ちゃんがいい」とよく言ったものだ。倫子の一度美味しいと言ったものを違えず憶えていて、一つ一つ食べやすい大きさに揃えて渡してくれる。倫子が口に入れると、甘い蕩けるような眼差しになるのも楽しかった。
(不器用というか頑なというか…。)
また今度にしよう、と倫子は呆れて諦めた。
「そろそろ帰る?お土産用意してあるわよ。」
小春が、芋や人参、大根、白菜と煮玉子、煮鶏を持ってくる。野菜は小春の父が送ってきたもの、惣菜はかつて婚姻式の日の夕食にしたものである。小春は竹丸が茹で玉子好きなのでよく作って渡していた。
小春は商家の娘なので、そういった気安い惣菜が得意だ。艶は間諜としての仕事で習得した、小料理屋や城や武家の料理が得意である。倫子は二人から料理を習った。
「ありがとう。大きな荷車で来た甲斐があったわ。」
「ふふふ、小ぢんまりしないよう増やしたわよ。」
そうは言ってもそれなりなので、うふふ、ふふふ、と笑い合う二人であった。




