28 武術闘技会
艶々の赤髪を全て纏めて後頭部の高めできつく結わえ、結わえた先は馬の尻尾のように垂らす。奉行所の新品の生成りの鍛練着を身に纏う。黒紐を襷掛けして袖を上げる。色白の、肉が垂れ気味の丸々した頬から顎、ふつうの成人竜人男の半身分は広い横幅にふんわり出た腹。鍛練着の色も相俟って、少し日を経た鏡餅そのものだ。頬から首にかけての鱗に極僅かの頬紅を塗り込むようにつける。
(大きな若緑の眼。…まぁこれは結構、細く険しくなるみたいだから、このままでいいか。…あれだけ鍛練に来たのに、全く痩せなかったなぁ。重くて動き難かろうになぁ。不憫なことだ。さて、刻限だ。まずは若奥様に試そうか。)
男はその身に似合わぬ軽やかな動きで戸締まりをして出掛けた。
闘技会当日。闘技会は、常の仕事を妨げないよう、奉行所の鍛練場に数組ずつ呼ぶ形で行われる。腕前がアレ同士の初戦とはいえ、奉行と筆頭与力の二人の試合は会の始まりから少々経った頃になるらしい。
今回は陛下の高覧があるので、大湊からも勝ち抜いた数名が参加する。大湊の奉行は瑛都には来ていない。つまり大也も概ねその辺の成績でも良い、ということである。
隼矢は木剣を確かに大也に渡すため立会人となったが、まさかその試合だけというわけにもいかないので、既に会場へ出向き、幾つかの立会をこなした。
「ほほ、やってるねぇ。まぁ、確かにこれを真似るのは難しいな。」
「あー、おっちゃん。流石だな。それ以外には見えない。」
「髪を染めた上に更に艶々にするのが難しかったよ。鱗は楽だったけど。」
「おっちゃんの色?からしたらそうなるかぁ。」
「坊の知ってる色で本物さ。いちいち隠形しなかったからね。そろそろご登場かい?」
隼矢が立会人の位置に着く。話していた男はすうっと気配を消した。
鍛練場は城の間二つ分ぐらいの大きさの、土間に屋根と壁があるだけの別棟だ。特に観覧するための場はない。王である一慶の席も鍛練場の端に簡素な長椅子を運んで置いただけだ。大也の試合が見たい一慶はちゃっかり手を回し、隼矢のほぼ後ろになるよう陣取っている。
大也と旗野が呼ばれる。
同時に進められる筈だった試合も一旦止めて、観戦に回るようだ。入り口から顔という顔がのぞき、数少ない窓からも同じように顔が溢れている。凄まじい関心の高さだ。
隼矢が各々に木剣を渡し、開始を告げた。
隼矢から木剣を受け取った大也は、例のものであることを確かめて、柄をグッと握り込まないよう注意しながら構えを取る。握り込むと剣が発動してしまう。
(は~た~の~!この恨み、思い知れ~。あ、いかんいかん、熱くなって力んだら駄目だった。奉行の品位、奉行の品位…)
「始め!」
「はぁーっ」
グッと握って、鍛練の賜物、二拍でふらつかずいい間合いを取る。
剣が振り下ろされる。
旗野が慌てて受けようとしたが、遅い。流石、棒立ち男。どの構えにするか迷っていたようだ。
押し負けて旗野の剣が飛ばされる。
「勝者、檜原。」
(ちょっとぐらい叩けるかと思ったんだけどねぇ。なんか掠りくらいしたかなぁ。剣だけ当てて弾いちゃったなぁ。こーんなもんかなあ。ま、後で聞いてみよ。)
奉行の品位は忘れて、やり返ししたかった大也は呆気なくて残念に思っているだけだったが、鍛練場は静寂に包まれた。大也の剣筋が、その道の高みのそれだったからだ。
「誠に見事な一撃であった。能ある鷹は爪隠すとはよく言ったものだ。さぁ、皆の者、各々の試合を進めよ。」
一慶の言葉に、皆無言のまま、試合の用意をし出す。気まずい雰囲気のなか、覗いていた顔も数を減らし、闘技会は進められていった。
◇◇◇◇◇
「父様~。力んだでしょ?痛くなるから薬塗っとこうねー。」
大也が奉行所の自室に戻ると伊織が待っていた。大也の鍛練着を脱がせていく。
「勝ち負け聞かないの?」
「聞く必要ある?」
「ないけどぉ。なんかねえ、皆静かになっちゃった。なんで?旗野に当たらなかったのになー。」
「ふうん。竹兄様に聞こうね。はい、背中向いて~」
伊織に塗って貰っているうち、そのまま大也は眠ってしまった。一服ならぬひと「塗り」盛った伊織は呆れる。
(ふぃー、塗るとこ広いから良く効くなあこれ。夜までに起きるかな。どんな凄い勝ち方したか分かんないのか。まぁ僕も剣筋なんて分かんないし、他人のことは言えないな。けど竹兄様に合わせる顔がない。)
次戦から本人でないのが知られないように、繋路石で繋いだ薬舗の部屋に寝かせる。勿論、伊織は身体強化済みだ。繋ぎを切って伊織の仕事は終いである。
◇◇◇◇◇
「へぇぇ、こりゃまた丁度良い藁束もあったもんだ。剣は遣えるほうとか聞いたけどな。鍛練の終い頃、あの型ばっかりやらせてたのはこういうことか。ちょっと腰が足りないけどまあ、十分、特忍の一撃だねえ。」
秦野がニヤッと大也の顔で笑う。たっぷり盛りつけた偽の頬肉が動かなくて妙だ。
「腰がどうにもならなくて、一撃しか。陛下がわざと組んでくれたんだよ。筆頭与力殿は型は上手いよ、型は。」
「あぁ、壁に強い人か。鈍そうだったもんね。まあ、じゃ、次も一撃でいくか。やー、後がやり易くて助かる。あれほど見事なら、ちょっとばかり地が出せる?ん、負けるのが難しくなって困るか…。」
「よろしく、おっちゃん。後は陛下と高みの見物させてもらうわ。」
隼矢が一慶に耳打ちする。一慶の目が輝く。
(はぁ、王さんは、捕方の隊長ぐらいの腕前か。坊は指南が上手いな。この試合だけでも十分株を上げただろうからな。さあて、次はどなたかな。)
相手の偵察にふらりと消える秦野であった。
◇◇◇◇◇
隼矢が薬舗の裏手から入ると、倫子が迎えてくれた。
「おかえり~、隼。お奉行さま、間に合った?隼が行ってから来てね、早く早くって追い返したよ。」
「……倫、それはおっちゃんだ。檜原殿は俺より先に来ていた。」
ええっ、と驚く倫子の頭を撫でながら、隼矢は、許さん、と呟く。
(おっちゃん、倫で遊んだな。倫は箸も喜んだし、可愛くて、おっちゃんの好みだもんな。)
「うまくいった?あら、伊織さん。お父さま起きた?」
「まだっす。多分起こさなきゃ無理そうです。」
「そう?眠り草多かったかしら。結局何回戦まで?」
「いや、塗るとこが広かったからだろ。三回戦だな。そこで疲れて棄権だ。一応実力の片鱗を見せてから負けなきゃだから、三回戦までは行った。四回戦は、おっちゃんが手を抜いてるのが分かる相手だったんで棄権した。もう少し遊びたかったみたいで残念がってた。一慶が間近で見れて喜んでた。手を抜いても決め技は一慶のために本物だったからな。」
「あの、ごめんなさい、竹兄様。父様、筆頭与力に当たらなかったのに、皆静かになったって言ってて…。」
「あー、剣筋とか分からんもんな。説明しなきゃ、明日から困るかぁ~。そこからか~。剣筋が良過ぎて、魔剣がおっちゃんに分かったら大変だから、凄く苦心して指南したんだぞ。それでも腰が足りないって言われて冷や冷やした。あぁー、面倒くさくなってきた。倫、ちょっと転ぶふりして、頭から茶ぶっかけといて?」
「ええっ!」




