27 その腕前、危険につき
翌日、伊織と倫子と隼矢が剣に魔道を施す案を練っていると、夕方、もうすぐ大也が来るかという頃になって、伊絃が店に飛び込んできた。大也が奉行所で動けなくなったという。あぁ、今頃痛んだのかと察した隼矢と伊織は、担架を持って大也を迎えに行った。流石に横抱きにしたくなかったので。
痛みに唸る大也が煩いので眠らせて、さて薬を塗ろうとしたが大変過ぎた。倫子が塗薬と同じ効能の魔道水を作り、隼矢と伊織でバシャバシャかけた。
「重ね重ね済みません…。」
「いや。仕方ない。昨日やり過ぎた。お父上も楽しかったのだろう。こうなる前におまえを屋敷に向かわせ、薬を無理に塗れば良かっただけだ。だが今日はもうすぐ俺の師匠が来る。起こそう。」
「左門さんが?」
「そうだ。昼に来たとき事情を話した。友人を連れてくる。仕事柄、真似るのが上手く、剣の腕も立つ。お父上の動作に興味があるそうだ。闘技会にはその人に出て貰う。」
倫子は昼に左門が連れてきた、特忍竹丸のもうひとりの師匠、秦野を思い出していた。昼に会ったのに、左門の陰に隠れがちだったし、もうこれといった顔やら特徴が浮かばない。秦野は現役の刺客なので、隠形しているのだという。隠形とは、忍者たちが姿を隠して他人に見られないようにすることである。「隠形にはね、人前に出ながら凄く特徴のあることをして、あとは目を引かないで忘れて貰う手段もあるからね、それの参考にさせて貰うよ」とのことである。
「え~と、もう魔剣は作らなくていいんですか?」
「魔剣?!また短い名にしたな。いいや。初戦それで行けるなら使いたい。お父上も出た記憶がないとつまらんだろう。なにより、真似て貰うのに、鍛練するところを見せておかなきゃ。」
「なるほど。ちょっと考えるの楽しくなってたんで嬉しいっす。」
さて、お越しだ、起こすぞ、と隼矢は大也を揺すりにかかった。伊織も倫子も師匠たちが居るかどうか全く分からない。流石である。
大也にひととおり鍛練させ、帰る前に魔道水をバシャバシャかけて、痛みが出ないようにし、伊織も帰ったあと、ふらり、と人影が現れた。
「やあやあ、聞きしに勝る特徴のある動作だね。あれは生まれながらなんだろうね。腰がずっと後からついてくる感じだ。別に鍛練がなくてもあちこち痛いだろうね。柔らかくないから。しかも、本人も気づいてないみたいだけど、あちこちぶつけているよ。傷も打ち身も、慣れてしまったようだ。」
「役に立ちそう?」
「ああ。まずあの風貌。こんなにじっくり確り特等席で見せて貰えるとはね。初戦は一応出す方向で、二回戦からだね。引き受けた。負け時は好きにさせて貰う。時々鍛練を見に来るよ。じゃあね。」
今度は引戸を開けて去っていった。
「凄いわねぇ。左門さんも出来るの? あ、箸のお礼忘れた…。」
「出来るぞ。じっちゃんは少年の俺はともかく、花鳥風月も全力で追ったけど無理だった。だから正体不明で鶯宿のことも分からなかったんだ。じっちゃんが言うには、危ないところだったんで、若くて鶯宿と無関係なおっちゃんに師匠を代わってもらったんだと。」
隼矢は倫子が用意していた茶を飲んで続ける。
「箸のことなら、倫が凄く嬉しそうな顔だったから、もう伝えてある。じっちゃんも欲しがったから、また作るって。なんならどこかで売って欲しいってさ。父さんと相談するよ。」
帰邸した大也は自室で顔を手で覆い、呻き声をあげていた。
(恥ずかしい…。二日連続でなんたる醜態。薬は痛み止めだったのか…。動いて痛くなることなんて知らなかった。子どもの頃の鍛練はなんだったんだろうな…。)
奉行所に入りたての頃、事務方も少し護身を学ぶときに、腕を振って身体を横に曲げる動作をさせられた。手本のようにしたのだが、「首しか曲がってねぇじゃねえか」と小突かれたことを思い出す。
「伊絃~」
なんですか、とやって来た息子の前で、腕を振って身体を横に曲げる。首しか曲がってませんよ、と息子は言う。
「あんなに武術嫌がってたのに、今日も?」
「うん。知らせに走ってくれてありがとうな。伊織と迎えに来てくれて、施療してくれて、治った。それから鍛練して、今日みたいにならないように、って帰りに施療もしてくれた。」
「施療?塗薬ですか?」
「何個要るか分からんので、水かけられてる。今度、飲み薬にしてくれるそうだ。」
「水?薬草水ってとこですか。なんにせよ、伊織と薬師がいて良かったです。私も指南して欲しい…。」
「聞いておく。私に手取り足取りだから難しいんじゃないか。伊織が言ってたように『意地悪』されなくて、上手で楽しいんだが。」
楠瀬の他言無用の薬を思い出し、伊絃をかわす。
伊絃は残念そうに去っていった。
◇◇◇◇◇
さて、そうこうして、闘技会まであと数日。対戦相手も発表になった。隼矢は一慶に少々手心を加えて貰った。
今日は魔剣の試しである。予め相手が判っているので、それ用に動く。大也が相手に向けさえすれば、余程の遣い手でもなければ、剣が勝手に動いていることは分からないだろう。
夕刻、大也がやって来る。大也はこのところ、姿を変えることなく、身体強化の魔道水のみ飲んでいる。機敏に動けて気持ちがいいし、鍛練を直ぐ始められる。生き生き敏捷に帰るので、呼び止められることもなくなったようだ。
「とん、とん、右。」
結局、剣のことは隼矢しか分からなかったので、隼矢が剣に魔道を施した。とん、とん、と足を踏み鳴らす。片手で緩く立てるようにして持っていた剣がひとりでに斬る動きをした。
「一刀だね。これなら剣を軽くするとか身体強化を強くするのでも良かったんじゃない?」
「この一刀で終わらせるからな。あの人の剣は余程の腕のある者でないと受けられない。危ないんだよ。刃で出来て速く動き回る蝶を、棒切れで叩き落とせっていう感じかな。だから軽くしたり強くするのは無しだ。」
ふーん、と倫子は呟く。
「倫が昔、店の白煙玉を投げて遊んだとき、ひとつも籠に入れられなかったろ?あれを倫が籠の代わりに立ったまま動かないで拾えるか?」
「無理。竹ちゃんは動き回って拾ったね。」
「そういうこと。」
久しぶりの竹ちゃん呼びに、つい、と背を向ける。まぁ、実際拾った時は竹ちゃんだったので間違っていない。
倫子は知らず、投げる時に手から魔力を出していたので、思うように投げられなかったのだ。結い上げが上手くいかないとか、細かい道具を壊して兄を手伝えなかったとかも同じこと。ただし、全部が全部そうなのではなく、生来の不器用さは否めない。
「つまり相手の人も棒立ちなんだね。」
「おう。筆頭与力の旗野って人だ。おっちゃんに大金払った人な。大体、棒立ちなんだ。剣の振り下ろしは上手いけどな。」
「丁度いい人だね。お奉行さまの気合いは凄く入るだろうし、鬱憤が晴れそうだね。」
◇◇◇◇◇
「…そういうわけで、この剣を始まる前、立会人として必ず渡します。これを使い慣れましょう。」
薬舗にやって来た大也は説明される。
言われたとおりに構えをとって、柄に僅かに印の傷の入った木剣をグッと握る。
とん、とん、とん、と三拍ほどして、剣がひとりでに滑らかに、右斜めに切るように動く。
流石に大也もこのひと月、鍛練に励んだこともあって、剣に後れを取ることはない。剣がすっぽ抜けたりはしない筈だ。
「もう少し力を抜けますか。剣の動きを邪魔しているようです。慣れればできるでしょう。」
(闘技会が、た・の・し・み!)
既に満面の笑みの大也であった。




