17 三人の侍女
王妃、蔦は王から贈られた耳飾りを手に取り、装身具を入れる木箱にしまう。王家の紋様や花々、そして蔦が一流の匠によってぐるりと一回り彫られたそれは、なかに桝があり、ひとつひとつに耳飾りを入れるようになっている。桝は百。もうほとんど埋まっているが、それは青の見本市だ。群青、翡翠、瑠璃・・・。
竜人は首の鱗が宝石のごとく輝くので、首飾りはしない。一度欠けたり傷つくと修復のしようがないその鱗がひとつの欠けもなく輝く様は、いかにその竜人が愛され育まれ、その後も裕福な暮らしをしているかを示すもの。鱗は生ける首飾りである。
そういうわけで、伴侶に贈る装身具は、耳飾りのほかは、簪、指輪、腕輪となるのだが、どの箱もやはり青で溢れている。蔦は赤や金が好みなのだが、一度として聞き入れて貰ったことはない。柾史は青を蔦に贈る。柾史がそれを贈りたいから。
(愛されてはいるのだけれど……。わたくしの心が誰かのそれと入れ替わったとして、あの人は気づくかしら。)
蔦は外を見遣る。二の丸が目に入る。
二の丸の外では酒が振る舞われているようだ。襲撃が何事もなく済んだ祝いか何かかしら、と蔦は眉根を寄せる。忌々しいこと、と呟く。送り込んだ間諜からも知らせがない。
(あの男、あんな顔もできるんじゃない。無表情に『残念です』だの、『ご婚姻をお慶び申し上げます』だの言っておいて。わたくしが王に取られて、悔しさを隠した顔でもなんでもなかった。わたくしが捨てた筈だったのに、先に捨てられていただなんて!ずっとずっと無表情だった。つまりわたくしをただ婚約者として扱っていただけ。あの男はわたくしをあの顔でずっと馬鹿にしていたのよ。)
蔦は丸い小さな卓のそばに座り、その上にあった、元はもう少し白かっただろう木箱の蓋を開ける。なかは意外にも、七色に波打つように光る貝殻が箔のように貼り付けてあって、ちょっとした夢幻の浜辺のようだ。これは東湊の綾部家に伝わる秘法である。本来は外側に施すことが多いが、箱を目立たなくするために敢えて内側に施したものだ。松と蔦の型押のされた薄黄の紙と封筒を取り出し、文を認め始める。
(あの男にあんな顔をさせた、あの男の大事なものを壊してやるのよ。あんな顔ができるのだもの、相当大事なのでしょう。わたくしには全く分からないけれど。子なんて、儀式をして、気がついたら床にあって、勝手に大きくなるものよ。痣が有っただの消えただの、あの娘は良く気づくいい侍女だったけど、煩かったわ。)
いま彼女が手にしている木箱や紙類が、身近に置いて気軽に私信が出せるように、と王の揃えた調度に合わせて特に作らせた、親の心配りの逸品であることを、彼女は知らない。
認め終わって手をパンパンと打ち鳴らす。
侍女が三人、しずしずと嫋やかにやって来る。
「御呼びで御座いましょうか。」
少し掠れた声で、細身のひとりが口を開く。
「これを、東門に。」
「申し訳御座いませんが、私ども、初めて御方様に御目もじ仕ります。何方様に御届けすれば良いのやら判りかねます。」
「東門を出て直ぐの店、紙処あやはらの主人、綾原淳彩よ。急いで頂戴。」
途端にいちばん後ろにいた侍女が目にも止まらぬ早業で蔦の横に現れると同時に、蔦は羽交い締めにされていた。
「ご納得頂けましたね?」
掠れ声だった侍女が、軽やかなそれでいて良く響く男声で、蔦の手から離れた封書を拾い上げながら、少し恰幅のいい侍女に同意を求める。
恰幅のいい侍女はそれ相応の重みのある男声で、連れていけ、と呟いた。
◇◇◇◇◇
二日後、城の石造りの地下牢に足音が響く。この牢が使われるのは凡そ百年ぶり。奉行所が城外へ移築されて以来である。竜舞国国王、松川柾史が王妃の牢の前に立つ。
「蟄居だそうだ。紫矢の息子のお陰で襲撃はすべて失敗だったからな。温情だ。まさかお前だったとは。鶯宿ではなかったのか。」
「鶯宿はしませんよ。そんな可愛げのある者なら、わたくしもこうはならなかった。」
柾史は意味が解らない、と呟きながら、片眉を上げる。
「それで、何処へ行く?」
「何処、とは?」
「ここじゃなくて、柾耶にとって害にならないなら何処へでも。」
「柾耶が王になるのですか?」
「だそうだ。鶯宿の息子が側用人だとか。」
「どうして?わたくしと貴方の子が王のはずです。柾耶は鶯宿の子です。」
「どうしてそう言える?」
「痣ですわ。あったはずのものが無いのですから!わたくしだけではありません。侍女もそう申しておりました!」
「ふん。いつから?いつ気づいた?」
「そ、それは…二つか三つでしたかしら。」
「では、ただ成長して消えただけかもしれんではないか。ただ痣がなくなっただけで、あとは勘で子でないと思っただけ。」
「でも鶯宿が!」
「そうだな。偶々鶯宿が相手だった。お前は当たりを引いた。鶯宿が言うには神殿参りだそうだ。」
「……。」
「ただの事故だそうだ。神殿が好意でむずかる子を預かったらこうなった。鶯宿は念のため確かめに来て、柾耶が冷遇されているのを見て、お前があ奴の子であると知れば更に危なくなるかもと考え、名乗り出なかったようだ。皮肉にもその通りだったな。」
「貴方は鶯宿が疎ましくはないのですか?」
「わし?あぁ、側用人のことか。あれは父上が鶯宿を持ち上げるのが気に入らなかったのと、父上のお古が嫌だっただけだ。別に鶯宿に他意は無い。お前が鶯宿だと言うから信じただけ。やっとお前の良さがわかって惜しくなったのか、とは思ったがな。お前はなぜ鶯宿を憎む?側用人でなくなったあれを捨て、王に娶られた、それだけだろう?」
「それを訊かれるのですか……。」
「そうか。無粋か。わしが人心に疎いのは知れていること。では聞かぬ。それで、何処へ行くのだ?大湊か?お前の欲しがっていたランタルニアの石でも見て過ごすか?」
「ですから、どうして貴方が降りて、しかもあの子が王になるのですか!」
「お前と侍女と鶯宿夫妻が言うだけだからだよ。それだけで、どうにかなることだとでも?お前が為した襲撃の証はあるがな。わしは王を続けても良いそうだが、わしはお前が行く処に行く。それだけだ。」
(ただ、来るだけね。解っているわ。貴方は人心に疎い。わたくしの心は解らない。他人を解るつもりがない。わたくしという人形を愛でたいだけ。…わたくしは、わたくし自身を人形にしてしまった。王妃という地位と引き換えに。)
「楠瀬の領地?戯れを。もし選べるのでしたら、南へ。」
「それにしてものう、柾耶を害しても、お前の言う我が子というのは戻って来んぞ?解せぬ。」
柾史は呟く。
王妃は南の寒村への蟄居が決まり、早々に瑛都を発った。
王は柾耶が即位次第、王妃の元へ向かう。




