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愛され竜人若夫婦のちょい足し魔道生活  作者: さまのすけ


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14 育ての父

 城に戻った柾耶は、急いで湯殿に向かった。柾耶の朝は早い。常ならば、朝の稽古を終え、間もなく湯浴みも終えようかといった頃合いである。湯浴みを終えれば、身仕舞いを整えに侍従らがやって来る。


(急がなければ。思いの外、抜け道を見つけたときに汚れてしまったようだ。余計な詮索はされたくない。この姿を見られるわけにはいかない。まぁ、湯上がりが多少遅れるくらいなら大丈夫だろう。)



 少々侍従を待たせたが、無事、身仕舞いを終え、侍従が下がったのを見て、柾耶はひと息吐いた。取り替えられたばかりの青々とした畳座敷は、い草の匂いがして清々しい。部屋は春の日だまりのようにほのほのと暖かく、柾耶が湯冷めしないよう調えられている。柾耶は頬杖をつき、竹丸を思い浮かべた。


(あの様子では、襲撃の黒幕を確信しているようだった。証がないからというより、ただ私に明かしにくい…?)


 廊下に人の気配がしてするりと襖が引かれる。朝餉だ。磨き抜かれた所作で柾耶は箸を進める。


(執務が終わる頃合いには、兄様がいらっしゃるだろう。…玉子焼は倫子殿のほうが美味しかったな。また貰えると嬉しいが、困らせるのはな…。)



 差し出された最後の書面に目を通し、署名をして侍従に戻す。王太子としての執務は小半刻(約三十分)もしないで片付いた。紫矢はもちろんのこと、父柾史も書類仕事が得意なので、王太子に回されるものは多くない。後継を育てるために柾耶にも仕事を、と紫矢が進言してようやく回されたのであるが、柾耶自身も大変優秀なので直ぐ終わってしまう。あとは、暇、である。


(悪い人ではないのだが…)


 柾史は人を思いやるということが苦手である。人に関心が薄いというべきか。柾耶も竹丸や伊織が現れるまで、侍従に委せきりにされ、寂しいときを過ごした。柾耶は父が嫌いではないが、苦手である。


(兄様、遅いな。執務はいつもどおりだったし、城に戻ってからならかなり経っているはずだが。あのふたりが激しく口論しているなどないだろうしな……。)



 それから更に小半刻してようやく竹丸が眉間に皺を寄せて迎えに来た。

 訪れた青蘭の間は、なかなかの惨状である。抜け道を出る時に竹丸が少々力を入れすぎてしまい、衝立が倒れ、襖にめり込んでしまったらしい。薄桃色の蘭がぱっさり切られた格好になっている。隠し蓋を開けたときの埃も酷かったらしく、蓋の辺りの畳は白くなっている。隠し蓋の裏には青蘭が一本描かれている。

 常の紫矢ならば、すでに綺麗に片付けているであろうことからも、これからの話の深刻さが窺える。


「お待たせ致しました、殿下。殿下にお伝えするのは心苦しいことばかりなのですが、聡明な殿下のこと、直ぐに真実に辿り着いてしまわれるでしょうから、お話し申し上げます。」


 紫矢が竹丸をちらっと見ると竹丸は頷く。この部屋を探る気配はいまは無いようだ。それを見て、紫矢は柾耶を手招きした。これは特に秘して話したいとの合図である。言われたとおり近寄ると、頭を撫でられた。これは、青蘭の間ではあるが側用人と王太子としての礼節は取り払うとの合図だ。


「襲撃していた者の正体は王妃です。昨晩の襲撃で、証も手に入れました。」


「母上が?」


「はい。実は殿下はお二人の子ではないと思われるのです。鶯宿七海夫妻の子として生まれたが、一歳の神殿参りで取り替えられたと私どもは考えています。王家の子には生まれたときから背中に痣があった。しかし貴方にはそれがない。王妃はいつの日かそれに気づき、貴方から興味を失った。だから竹丸が護衛に付くまで貴方は放っておかれました。王妃はいつ貴方がたが取り替えられたのか分からなかったが、鶯宿夫妻は違った。当日には疑いを持ったそうです。髪にほんの少し癖があったのと、見知らぬ痣があったのでね。手を放したのは神殿での一度きり、当日神殿には王夫妻ひと組だけだった。すぐに分かったそうです。」


 紫矢は柾耶を抱き寄せてあやすように背中をとん、とん、としながら続ける。


「鶯宿殿は貴方も知るように、王夫妻と確執があった。なんとか貴方と接触できたとき、貴方は五歳になっていた。簪をもらったでしょう?その人です。我々は卵から生まれる。だから天の情けでせいぜい不自然でない程度に色味が似るくらいです。貴方が幸せであればそれで良い、と思っていたそうですが、一目見てそうではないと分かった。それから妻の父、左門殿に頼み、貴方の状況を良くしようとした。貴方と遊んでくれたお爺さんがいたでしょう?憶えていませんか。あれは貴方のお祖父様です。お祖父様は竹丸と私に接触し、事情を打ち明けられました。貴方のために竹丸を鍛え、月毎欠かさず見に来られていましたよ。」


「憶えています。ちょうど昨日、夢に見ました。簪をくれた顔が思い出せなかったけれど…。」


 背後で、どん、どん、と鈍い音がする。紫矢が更に抱えるようにしてくるので、振り向くことはできない。


「お祖父様とその知り合いの者が竹丸を鍛えるのを見て、襲撃と思った王妃はようやく誰の子と取り違えられたのかも知ったようです。しばらくは竹丸が劣勢なのを良いことに、静観を決め込んだようですが、鍛練が終わり、襲撃が失敗に終わったと思った王妃は自ら襲撃することにし、鶯宿の名を隠れ蓑にし、痣のことを持ち出し、貴方を排して自分の子を王位につけようとしました。私どもは痣の話が出た時に王妃が襲撃していると分かりましたが、昨晩の襲撃でようやく確かな証を手に入れました。」


 紫矢は柾耶から離れ、頬の涙を拭いてくれる。


「父上、証がひとつ、増えました。」


「引き続き頼む。王妃は自分が黒幕だと知れているとは思っていないだろう。そのまま気取られぬようにな。」


「かしこまりました。」


「さて、物騒な部屋になったね。蘭は竹丸だが、やれやれ天井もか。竹丸がいるのに柾耶をどうこうしようなんて、瑛都の忍者ではないな。この部屋は初代楠瀬の自室でね。あの抜け道も、だからあの店に通じているようだ。青蘭が一本もないとか畳が小さいだとか変な部屋だと思っていたけれど、頭が痛くなってくるね。場を改めよう。いっそ、薬舗にして、倫子殿に花嫁修行の成果でも見せてもらうかな。」


「………。」


「どうした、竹丸。やきもちかい?」


「いえ。それは倫にも言われ十分反省しました。その、殿下の仕業であちらも凄いことになっていまして、どうしたものかと。伊織も来ているはずなので、どうされますか?」


「……。伊織には知らせるべきだろう。倫子殿もいずれ知るだろうし、外さなくて良い。このまま向かうよ。」


「かしこまりました。手配いたします。」


 三人は抜け道を通って薬舗に向かった。

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