13 抜け道の先は
倫子を送り届けた竹丸が薬舗に戻る。倫子を想っているのだろう、その山吹色の眼は甘く輝いている。口許は少し上がるくらいで、決して締まりなく緩んだような顔ではない。しかし任務に臨む竹丸には珍しいその様子に、兄と慕う伊織と柾耶は一瞬見惚れた。
(竹兄様、大湊良かったんだなぁー。あ、馬か。ぴったりくっついて幸せ……嫁!出でよ僕の嫁!)
「待たせた。東湊に奴らの駒がいた。俺が瑛都の連中を全て潰してしまったから、そこまで探しに行ってるんだろう。駒をなかなか掴めなかったがやっとだ。多分あれだ。俺が大湊に行って瑛都を留守にしてると思ってるはずだ。戻るまでに攻めてくるつもりだろう。おそらく今日か明日だ。伊織はおまえの父上に念のための手配を頼んでくれ。東湊の連中は瑛都みたいに手練れはいない。下手過ぎて周りに害が出るかもしれない。」
伊織は急いで奉行所に向かっていった。
「柾耶はここに残ってくれ。東湊の連中はまだあまり潰してないから、かなりの数で押し寄せてくるかもしれない。おまえの腕は買ってるが、その髪型、その顔色。おまえここしばらく寝てないだろ。今日、ここでやっと寝たんじゃないか?念のためここで休んでくれ。」
柾耶は自分が結い上げを崩したままであることに今更気がついた。そういえば簪…。ぼんやりし出した柾耶を見て、乱れた髪を少々整えてくれながら竹丸は諭すように言う。
「あの調子なら伊織も戻ってきてくれそうじゃないか。良かったな。休め。倫のおかげで矢の一本も飛んでこなくなった。ますます寝やすくなったぞ。」
「でも、奴ら私の姿を確かめないと襲ってこないから…」
「東湊の連中は多分そんな器用なことはできない。おまえの容姿も見慣れてない。聞いてるだけだろ。俺で十分だ。それどころか、それっぽいのがいたら狙ってきそうで、城の奴らが気がかりだ。おまえの父上ですら同じ髪色だから狙いそうだ。」
襲撃はいつも綺麗に柾耶だけを狙ってくる。竹丸が城の他の者に害が及ぶ前にさっさと終わらせているだけかもしれないが。
柾耶はぼうっとして竹丸が濃紺の結い上げを揺らしながら城に向かって行くのを見ていた。
まだ宵の口であったにもかかわらず、伊織が戻ると竹丸に言われて気が緩み、柾耶はまたいつの間にか寝落ちてしまった。
・・・・・・・・・・
ねぇ見て、殿下~。この絵、竹兄様に似てるぅ~。
ぁあ?お前さぁ、そんないたかどうかわかならい人の絵なんて見てもさぁー。
ん~、絵として綺麗なんだから見るだけで楽しいもん。ほらさぁ、髪とか鱗とか色がさぁ。
どれどれ~まあなあ。この絵が本当に始祖王にそっくりだったら兄様もそっくりってことかぁ。
そりゃ、兄様は大公家の人だよ、あるんじゃない?殿下も眼の色はそっくりじゃん。
兄様、教えたら喜ぶと思うか?
あは、凄い忍者に似てるほうが喜ぶかもね。
・・・・・・・・・・
柾耶が目を覚ますと、辺りはまだ暗かった。宵の口から寝たのだから当然だ。
あれから一旦目を覚まし、風邪を引いてしまうといけないので怠い身体をどうにか引き摺るようにして夜具を探し、ぐっすり寝た。
寝惚けていて考えていなかったからこその荒業だ。夜具は新品だった。邸の主人を差し置いてぐっすり寝た、しかも当の邸の主人は自分のために闘ってくれているというのに、と柾耶は自らの所業に恥ずかしさで打ち震えていた。
(どうしよう……………。夜具はもちろん弁償する。……………とりあえず水を……)
よほど先日までの疲れが溜まっているのだろう、まだ寝惚けているようで、ゆっくり思考を巡らせながら、いつの間にか、柾耶は水、水、水…と呟きながら炊事場をうろうろする。
(ないな……。井戸か……。汲み置きがいいのに。薬の部屋は?)
薬作りの部屋に向かい、目をしょぼしょぼさせながら、土間に下りる。土間はさらに暗く草履を探すのも面倒で足袋のままだ。
(痛っ!)
なにか硬いものを踏んだ。一気に目が覚めた。掌でその辺りの土をまさぐる。
丸い金具だ。
ようやっと正気に返った柾耶は草履を探し出して履き、日光石を叩いて明かりを灯す。金具の周りを箒で擦るようにすると、蓋のようなものが現れた。
(……抜け道?)
柾耶は邸の主人を待つことにして、汚れた足袋を脱いで、夜具やらいろいろ片付けに向かった。
夜明け前、竹丸が薬舗に柾耶を迎えにきた。やはり昨晩、襲撃されたらしい。
「酷いもんだったよ。下手で滅茶苦茶に振り回す奴とか。数も多くて、ホント、有象無象の寄せ集め。相変わらずおまえだけを狙いたいみたいで、奴らの腕を信用してないからだろうな、万が一を避けたくて、おまえを怪我をさせるように命じたらしいぞ。殺意もなかった。」
「万一間違えても、城の者が怪我で済むようにってことですか?」
「そうだ。一寸の過ちもなくおまえだけを狙いたい。」
「……」
「……。その様子じゃぐっすり寝たようだな。本当は見に来てやりたかったが、ぱらぱらやってきて長くてな。狙ってそうしたっていうより、東湊から来るのが間に合わんかったっていうか追々来たっていうか…。呆れたわ…。」
思わず口にした言葉が流行りの歌謡のようで居たたまれなくなった竹丸に対し、柾耶は黙考している。
「あの、夜具とか申し訳ありません。それと気になるものを見つけたので見てください。」
寝ろっていったんだから夜具は気にしなくていい、と呆れながら、竹丸は薬作りの部屋の仕掛けを見て断言する。
「よく見つけたな。抜け道だろう。もともと楠瀬が使ってた店だから、そういうことは気にしてなくて、倫のために調べたりしなかった。どこへ通じてる……?」
そう言いながら竹丸は蓋を開け、現れた石造りの階段を下りていった。
柾耶がそこで暫く竹丸を待っていると、竹丸は店の外から戻ってきた。
「城に通じてた。幸い?青蘭の間だ。どういう因果だろ。」
薬作りの部屋のなかを深々と嘆息しながら眺め回し、竹丸は抜け道に蓋をして、柾耶を城に送り届けようとした。
「兄様、兄様は先程から鶯宿の名をひと言もおっしゃらない。襲撃の雇い主が鶯宿だとは考えておられないのですね。」
「そうだ。俺も父さんも違うと確信してる。不満か?」
「いいえ。先日、父上と母上と夕餉をともにしました折、鶯宿に違いなのに先王陛下が庇っておられると父上が愚痴を溢しておりましたが、その場におりました城の者は大半が顔をしかめておりました。私も、先王陛下があれほど目を掛けておいでで、城の者に慕われている有能な鶯宿が父上の側用人になれなかったなどという稚拙な理由で襲撃するとは思えません。」
「鶯宿は違う。しかし、昔のことを使われ、襲撃者として仕立て上げられているんだ。」
「父上への恨みのことですか?」
「いや。そもそも鶯宿は陛下を恨んではいない。別のことだ。だが、これ以上は俺も父さんと話し合ってからおまえに話したい。倫を迎えに行く刻限だし、おまえを送る。」




