11 ふたり旅
「うぅぅ~、海風冷たいね……。」
「ごめんな、倫。海風は髪もべとべとになっちまう。母さんが先に行ってるから、着いたら風呂があるぞ。ランタルニアの白いミルヒとかいうやつだ。花のいい匂いもするぞ。」
ぱかっパカッぱかっパカッ
鼻の頭を赤くした倫子と竹丸を乗せた一頭の栗毛の馬が速足で進む。
ふたりは瑛都の北にある楠瀬の領地「大湊」に向かっている。
竜舞国は、ほぼ砂浜がなく、岩場に囲まれた絶海の孤島である。商船が寄港できるのは北側の大湊一ヶ所だけで、小舟で出入りできる湊も北側と南側にそれぞれ一ヶ所ずつしかない。島の周りは年中、岩に打ち寄せる白波が飛沫をあげている。
島の内陸は険しい山々で満ち、人が住める開けた地は島の外周部に幾つかあるのみ。その地を繋ぐ道も細く、荷車が行き交うので精一杯。
かくして、竜舞国の移動手段は馬か徒歩、なのである。
ちなみに、ふたりが乗っている馬は花鳥風月の馬で、社中が宿駅を設け、そこで乗ったり預けたりすることができる。
「倫、馬替えだ。温かい茶もあるぞ。」
小舟がずらりと泊まる小さな湊を囲んで広がる村「東湊」に着く。
ここは漁が盛んで、舟や網を売る店々から漏れる木槌の音と、獲れたての魚を売り買いする威勢のいい声が響き渡っている。倫子たちが瑛都で食する魚の半分はこの湊からやって来るものだ。
日光石や月光石を売る店もちらほら見られ、そういった店先には石を入れるための籠が所狭しと吊り下げられている。どの籠も魚や貝を模した凝った装飾が施されている。日光石は昼光灯だが、月光石は常夜灯で様々な色合いがある。か細く青白く輝くもの、赤みの強い橙等々。物見遊山がてら月光石を吟味するのが瑛都の風流人の嗜みであったりもする。
「楽しそうに見ているところ済まないが、先を急ぐから乗ってくれ。」
「うん…。でも繋路石を置いたら来ないかもしれないから、もっと見ていたかったなぁ。」
「ごめんな。また暖かくなって暇ができたら来よう。約束する。もっと賑やかで楽しいぞ。日光石や月光石を採る舟に乗れたり、籠を作るのを見せる店も出るぞ。」
「へぇぇ~、行きたい!」
「魚は所詮、食うだけだからな。石の方が籠とかも楽しめて人気があるんだ。夏は近くの山で採れる青い葡萄の飲み物も美味しいし。」
納得した倫子を乗せて馬は進む。今度は黒い馬だ。
(っ!あいつ。紫矢の小倅か。見るだけで腹の立つあの男。送り込んでも送り込んでも潰しやがる。……今から女連れで北へ向かうってことは、今日は瑛都はガラ空きか。いけるかな。紫矢の陽動かもしれんが……。)
一軒の日光石や月光石を売る店の前で、茶色の仕立ての良い着物を来た商人とその店の職人らしき女が揉めている。
「ちょいと、美女と美青年に見惚れてるんじゃないよ。聞いてるのかい?あんたのところの透かしが一番うちの行灯に合うんだよ、いつまで品切れしてるんだい?商売あがったりだよ。」
「ああ、済まないね。だからこうして主人自ら詫びに来たじゃないか。うちの職人が皆伸されてしまってね。」
「伸された?職人が?工房で腹痛でも流行ってんのかい?」
「え?あ、いいやいいや。こっちの話。急用が出来たんでね、また。」
男は商人とは思えぬ早足で、道行く人々をかわしつつ去っていった。
黒い馬も快調に進む。流石、花鳥風月の馬だ。先程の馬よりさらに体躯が良く、乗り心地が良い。
とはいえお尻の痛さが気になってきた頃、ランタルニアの商船らしき大きな船影が浮かんだ。大湊だ。
「あれが、船ね!大きいね。」
「そうそう。ランタルニア商船『マルガレーテ』号だ。春まで泊まってるからハンス殿に頼めば乗せてくれるかもな。半年に一回の航海だから人も荷物もかなり積むし、外の荒海を越えるのに大きくしてるんだって。」
「ハンスさんに聞いたの?」
「いいや。伊織。あいつの図録はいっぱいあって、みんな面白いぞ。」
馬を宿駅に預けて楠瀬の領邸に着くと、竹丸の言ったとおり竹丸の母、艶が風呂を用意して待っていた。
「いらっしゃい、倫ちゃん。竹丸の思いつきにつきあってくれてありがとう。お風呂用意してるわ。馬、お尻が疲れたでしょう?倫ちゃんの一番安い塗薬をね、お風呂の後で塗るといいわよ。私も馬に乗ったらいつもお世話になってるわ。」
そういう竹丸の母も一流の忍者だったから、街道を進む速さは段違い、倫子の痛みなんて可愛いものなんだろうな、と倫子は思う。
「ありがとうございます、おばさま。作り過ぎた上級塗薬も売ってくださり、ありがとうございました。」
「あぁ、あれね。最上級じゃなかったから直ぐ売れたわよ。ランタルニアの船員さんが船の補修で怪我をしたらしくて直ぐよ、直ぐ。ランタルニアの人たち、日光石そっちのけで倫子ちゃんの薬を買いに来てるんじゃないかしら。薬舗が瑛都にできるって言ったら、種類とか熱心に聞かれたわ。またこっちにも回してくれたら嬉しいわ。」
自分の薬が日光石より人気と聞いて、嬉しくなった倫子は、案内されて風呂に向かったのであった。
風呂から上がった倫子は、使用人に着飾ってもらって、大湊の市に買い物に来た。今日はこのために来たのだ。
ただでさえ少なかった薬舗の食材が底をついたので、竹丸に買い物のお願いをしたところ、何故かここに来ることになったのであった。
どうせなら大湊に行こう、瑛都に負けない美味しいものがいっぱいあるぞ、と竹丸はあっという間に万事調えてきたのである。
「ほぅわー、棚の家だね……。!!あっ、あれ買って、あれ。前にもらっておいしかった!」
ははは、と笑って竹丸は倫子の指差した、白い卵が山盛りになった籠を見る。
「『ほぅわー』って玲みたい。兄妹だなぁ。確かにあそこの店のは黄身が濃くて美味しいけど、いきなり卵はないだろ~。割れるし重いし、最後だな。」
大湊の市は倫子が思っていたものと全く違った。大きいとは聞いていたので、瑛都の市のように屋台が所狭しと立ち並んでいると思っていたのである。
しかし大湊の市は、大きな建屋がひとつ建てられていて、なかは城の間より大きい部屋がひとつあるきりであるが、四方の壁には深い棚が備え付けられ、様々な品が並べられている。
部屋の中ほどには大きな机があり、ここでお代を払うようだ。
建屋の入り口には大きな籠があって、売り子が渡してくれる。その籠に棚から品を好きに取って入れて、机に持っていく。品各々には屋号の書かれた値札が括り付けられている。
「瑛都の市と全然違うね。おじさまが考えたの?」
「う~ん、結局こうなったっていうか……?初めは瑛都みたいに屋台の上に屋根が欲しいって母さんが。
建屋に入れたら雨も雪も風もないし、って父さんが言って。俺がいちいちお代払うの面倒とか言い出して。父さんはもっと大きいのにしたがったけど、歩くの大変だとか、棚が埋まらねぇぞとか大工が。なんかこうなった。夜遅くまで開いてるから、凄く盛況で客が捌けなくて、もう一軒作るとかなんとか。」
「朝は凄いだろうね…。」
「いや、ここは巳の刻からだ。朝はさっきの東湊みたいにもっと魚売るから別のところだ。長屋のなかに屋台がある。瑛都に似てるな。客用の屋根がないが。」
「竹ちゃんの言うとおり、ここ良いね。買い物ここがいいかも。そういえば竹ちゃん、石置いた?」
「置いた、置いた。倫が風呂の間にちゃーんとやっといた。昨日からずっと考えてたけど、まあ、何処に置いても、どっか障りがあって、結局父さんの言うとこにした。駄目ならまた変えればいいや。」
折角行くなら念のため繋路石を置いてみようとなったのだが、それを聞いた紫矢に、置くなら紫矢の執務の部屋にして欲しいとお願いされた。まあ妥当なところであろう。息子に任せれば天井裏もあり得るのだから…。
「お兄ちゃんの作ってくれた石を入れる箱凄かったね。あ、あれも買って~。」
「ん。こっちも美味しいぞ。でもあれ、玲としては思ってるのと違うらしい。俺は玲の案を聞いてるうちに伊織に相談して、ハンス殿に助言もらうべきと思った。だからあれは仮置きだな。」
その後もふたりは持てるだけ買い物を続け、艶が所用で屋敷を明けている間に、繋路石を使って帰ったのだった。




