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愛され竜人若夫婦のちょい足し魔道生活  作者: さまのすけ


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10 父と祖父

 黒髪に細い眉、切れ長の翠眼、薄い唇の男が文を認めている。聞きなれた足音がして、障子を引いたので、手を止めた。


「父様、ただいま戻りました。」


「おや、随分早いね。先王陛下に何か?」


 そう問う男の口調には案ずる心が溢れているが、表情は動かない。この男は大変優秀でかつ気立ても良いのだが、「表情が動かないのが玉に瑕疵」と仕えている主に嘆息されている。


「いえ、お元気ですよ。お祖父様のほうです。お祖父様が、また腰を悪くされたので、父様に伝えるように、と先王陛下が。お祖父様は急ぎで父様とお話しなさりたいことがおありとか。」


「ふむ。心当たりがあるような、ないような。まぁ、塗薬をお持ちしてお話しして来るよ。少し先の城の前に薬舗ができたろう。あれはなんでも左門殿行きつけの店の薬師が独立したものだとか。前よりも大きくなって種類も増えたそうだからね、早速行ってみるつもりだよ。良く効くそうだ。」


 そう言いながら、男は立ち上がる。少し身仕舞いを整えるのだろう。結い上げもしていないし、着流しだ。


「楠瀬、ですね。てっきりランタルニアの薬草ばかりかと思っていたのですが、お祖父様が行きつけの店ということは忍者の?」


「そうだ。薬師は忍者御用達の雑貨屋のお嬢さんで、楠瀬側用人のご子息と結婚されるらしい。薬舗の主人はご子息だよ。昔、いや今もかご子息には大変世話になってね。まぁ、左門殿のせいで楠瀬殿にも申し訳ないことをした。ご結婚の祝いをしたほうが良いな。それも左門殿と相談してくるとしよう。」


「では、薬師はお若いかたなのですね。それでは父様、ご支度もおありでしょうから、御前失礼いたします。」


 男の息子、一慶は緩やかに波打った黒髪を揺らし部屋を去ってゆく。

 男の名は鶯宿七海。楠瀬紫矢の前に王の側用人を務めていた。いまは離宮に隠居したその王、即ち柾耶の祖父柾太郎の側用人をしている。紫矢には引き継ぎのため、何度も顔を合わせたことがある。


(ふうむ、楠瀬か。ご子息がいらっしゃれば、『彼』を一目見られるかもしれないな。襲撃で外出を控えているようだが。少し楠瀬に行く機会を持つようにしても良いかもな。)


 七海は、手早く支度を整え、薬舗「楠瀬」に向かった。


(おや、この掛札はおそらく楠瀬殿の筆だな。なかなかどうして、片手間ではなく確り監修しているらしい。あの方は、代々そうだとはいえ、大湊の大商人だからな。あぁ、そうか、ランタルニアにもここの薬を出していたのか。ここ数年ランタルニアが日光石以上に熱心に買い求めていたな。お陰で国が潤っている。ははぁ、左門殿の薬はランタルニアも唸る逸品だったのだな。)


 店に入り、腰痛に効く塗薬を探す。三種類あるようだ。少し迷って、最上級なるものを買い求めることにした。左門は妻の父であり、並々ならず世話になっている。この薬舗の主人に左門が仕出かしたことを聞いたときには真っ青になったが。

 身体が温まる薬草茶なるものも買って、纏めて包んでもらう。その隙に店の奥を焦がれるように見る。品代を払い、店を出る。

 七海は喜びに打ち震えながら、左門の屋敷に赴く。


(いた。あの簪。…また来よう。)



 左門は、左門権次という。先王の凄腕の隠密である。引退して久しいが、時折碁の相手として先王に呼ばれている。腰を悪くして引退したため、弟子が数人、消息を確かめに瑛都の外れの屋敷に来ている。

 かなり歩いて、七海は左門の屋敷に着いた。弟子が迎え入れてくれる。


「済まんな。鶯宿殿。いやはや、先王陛下のお召しに応じられぬばかりか、使いにしてしまったわい。」


「いいえ。私のことはお気になさらず。いつも世話になっております故。こちら、腰に効く最上級塗薬とか。」


「おぉ、おぉ、これはこれは。幻の逸品ではないか!」


「え?幻…?楠瀬の薬舗が開店したのはご存知ないので?そちらで容易に手に入りましたよ。」


「いや…相済まぬ。実は腰をやられたのは今日ではないのだ。もう十日は前でな。いつもの店に弟子に薬を買いに行かせておったのだが、品切れでな。そもそもその店では最上級は幻で、上級を買っていたのだが。まぁ、どういうことになっておるのかの?」


 左門は燃えるような赤髪に暗い緑色の眼をした小男である。長の隠密暮らしのせいで常に眉間に皺の寄った厳しい風貌だが、快活な性質で、よく笑い、笑うと深い笑窪ができて好好爺といった趣になる。


「その店の薬師だったお嬢さんが楠瀬殿のご子息と結婚されるそうで、楠瀬の薬舗が開店したのですよ。良く効くと評判です。種類も多くて。」


「おぉ、坊も結婚か。な、なるほど坊も忍者、あの店の常連だったんじゃな。坊、というか楠瀬殿が怖くて薬は欲しいが、行きづらいのぉ……。」


「それは、まぁ、そうでしょう…。私もいくらなんでも真っ青になりましたよ。」


「坊がまさかに大公家の嫡男とは思いもつかなんだ。」


「それもまあ。しかし、忍者としてではなく、大公家の嫡男としての所作とか気品とかありましたでしょう?」


「ええ男じゃった。凛々しくてのう…。眼じゃ眼。竜の眼よ。灰青だし青竜じゃな。まぁ、あの威圧は圧巻よ。わしも惚れた。でも大公家が忍者にしてしかも王太子の護衛にしておるとは誰も思わんて。痛!」


「塗りましょう。私も興味があるんです。これ、楠瀬殿のあの熱の入れよう、おそらく今、国富を支える逸品に違いなくて。」


 七海は慣れない手つきで左門の着物を脱がし、最上級塗薬を塗る。


「はぁ、有難い。楽になった気がする。が、いくらなんでものう。明日にでも効いてくるといいのう。」


「…………。」


「なんじゃ?」


「古傷がいくつか消えましたよ……。」


「え?まっさかのう。」


 左門は思わず振り返ろうとする。


「痛!」


「当たり前でしょう…」


「いや、痛いのは上じゃ上。首と肩じゃ。寝てて動かしていなかったからの。腰は……動くぞ?」


「流石、ランタルニアが日光石以上に熱心に買い求めているだけはある…。」


「えぇ、そうなのか。じゃが、これは怖いくらいじゃのう。なんとなく、わしが買いに行ってたときより良くなったのではないか?まぁ、坊なら凄い薬草とか集めてきそうじゃろ?この間なんか翠竜山で蜂蜜作っておったぞ。」


「なんとなく凄いことは分かりましたが、本当に貴方がたは大公家嫡男になんてことしたんですか…。」


「あぁ、まぁ、これは藪蛇じゃった…。兎に角、そのお嬢さんはいい男と結婚したのぉ。坊と楠瀬殿であれば、作れ作れと無理強いされることもなかろうて。目出度い、目出度い。ハハハハハハ…」


 笑って茶を濁す左門であったが、七海を呼び出した本題を思い出した。


「奴等、『嫡男の痣』と言い出したそうだ。」


「それでは、あの方が…。」


「そうよ。楠瀬殿から知らせがあった。坊と仕掛けるようだ。もうすぐ決着よ。ますます楠瀬殿らには頭が上がらんようになるのう。……鶯宿殿も涙の小芝居くらい打っておけばよかったかの。」


 左門は七海が鉄面皮なのをちくりと刺して揶揄(からか)う。

 七海は薬舗主人の結婚の祝いについて相談するのも忘れて、妻に伝えるため急いで帰った。



    ◇◇◇◇◇



 その頃、伊織はハンスに図録と訳文の写しの作り方を相談していた。

 

「それに倫子殿がマギーを使おうと?それは重畳。マギーに親しまれておられますな。ですが弱りましたな…。ランタルニアにお求めの術はありません。それもいまある術を寄せ集めても、到底困難なのですよ。檜原殿が悩まれるのも尤もでございます。『失われしマジック帝国』に確かお求めのマギーそのものがありましたな。書物と言わず、様々なものを二つにするのですよ。そのまま全くそっくり同じものを作り出すのです。」


「『失われしマジック帝国』?」


「ランタルニアやその近隣諸国の伝承の類いを集めた書物の名ですよ。かつてランタルニアが興る以前にその地にマジック帝国という国がありましてな。神の怒りを買って滅ぼされたとか。たまに見つかる遺物も粉々ですし、文字も読めないとか。ただ、その帝国のマジックの術は素晴らしかったと信じられておりましてな。その伝承を集めた者がいるのですよ。ワタクシの友人ですが。」


 変わり者でしてな、と笑うハンスに伊織は大きな目をさらに丸くする。ハンスの笑い声を初めて聞いた気がする。


「マジックとはどういう意味なのですか?」


「あぁ、マギーと同じ意味ですよ。ほぼそっくり同じです。そうそう、檜原殿も竜舞国の言葉でマギーの意味の言葉を御創りになられては?『繋路石』の名付けは倫子殿も大層御気に入りだとか。ワタクシはそれ以来倫子殿の修練がとみに捗ったと記憶してございますが。」


「ありがとうございます。それで、その書物が欲しいのですが。」


「手元にございます。ところが、こちらも一冊でして、それこそ写しを作りたいですなぁ。倫子殿であればそのマジックの術も使える気がします。ただ…いま倫子殿は石を割ることはまだ?」


「残念ながら、たまに。」


「お互い一冊しかないですからなぁ、失えませんのでなあ……。」


 伊織は先ずはそのマジックの術のところだけ、ハンスに教えを乞いながら訳すことになった。


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