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愛され竜人若夫婦のちょい足し魔道生活  作者: さまのすけ


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9 王太子殿下を狙う者

 図録の写し方をハンスに相談すると言って伊織が帰ってから、幾つか薬草茶を作った後、倫子は昼食を作りに早めに炊事場へ向かった。

 倫子は竹丸を喜ばせたい。竹丸は喜ぶと、芳しい一陣の風とともに蕾が開くようにふんわり笑うのだ。それは倫子の心をほこ、ほこと温める。

 兄は「竹丸は尻尾を振って世話を焼きたがる、倫がそんなにしなくていい」と言う。妬心が強くて困った兄である。倫子は竹丸の心遣いを当たり前のように貰うのは嫌だ。倫子も返したいし、竹丸に心遣いしたい。

 竜人は玉子焼が好きだ。住んでいないこともあり、薬舗にある食材は然程(さほど)豊富とはいえないが、これは外せない。倫子は出汁たっぷりで堅めに巻いて冷やしたものが好みだ。これを作るために少し早めに始めたのだ。



 倫子が二、三品作って、さてもういいか、と思った頃、竹丸と柾耶がやって来た。

 竹丸は柾耶の分はいらないと言っていたが、昼もまだ早い刻で何処かで食べてきたとはとても思えなかったので、柾耶の分も取り分けようとすると、柾耶が必死で止めてきた。


「気持ちだけ頂くよ。白飯で十分だ。お握りじゃなくて椀に盛ってほしい。ここには竹丸の好意で寄せてもらっていてね、これ以上不興を買いたくないんだ。」


 もはや哀願せんばかりの勢いに、倫子は少し竹丸に呆れ、柾耶が気の毒になった。


(竹ちゃんもお仕事なのにもぉ…)


「柾耶さま、後で薬研で磨り潰すのを手伝っていただきたいのです。慣れないとかなり大変かと思いますので、前払いだと思ってどうぞ。」


 言われたとおり白飯を椀に盛って、沢庵少々と玉子焼も盆に載せて渡すと、柾耶は嬉々として受け取って隣の部屋へ退散していった。


(なんか黄色いものばっかり渡しちゃったな…)



 倫子が柾耶とは反対側の部屋に料理を持って行こうとすると、竹丸が現れ、ふたつの盆に載せられるだけ載せて器用に運んでくれた。


「ありがと、倫。お茶は俺が淹れるね。」


 すりすりすりすり……

 竹丸の頬擦りが止まらない。


「竹ちゃん、柾耶さまちょっと気の毒過ぎるよ。」


「んー、竜人の新婚生活に乱入だぞ。俺じゃなかったら殺されても仕方ないくらいだ。柾耶は弁えてるから俺もなんとか我慢してる。柾耶も納得してるし、感謝してるはずだぞ。」


「……」


「お握り、いらないって言ったろ?そういうとこ、柾耶が正しい。倫が握ったものを食べるとか万死に値する。倫もそういうの、やめてね。」


「はい……。」


 異論は許さないといった竹丸の様子に押し負けて結局渋々返事する。

 そういえば伊織も鱗の話を竹丸に遠慮していたな、と倫子は思う。自分は柾耶や伊織と違って、竹丸の嫌がることに心配りが足りないらしい、とも。


(竹ちゃんと柾耶さま、伊織さんとの長い付き合いの成せる技?それとも男子どうし通ずるものがあるから?でも、近くにいて近づくな、なんて難しいよ……)


「渋々だなぁ、倫。」


「だって…」


「はぁ……、ごめんな、倫。俺、無理言ってる。俺も持て余してる。もうちょっと我慢できると思ったんだけどなー。……さっき来る前に伊織に会った。伊織の黒点(キズ)のことは前から知ってる。倫の薬で治るといいな。それでな、倫、伊織の言ってた柾耶のこと、話す。長くなるから、先にご飯にしよう。」



 昼食後、柾耶が倫子から薬草の磨り潰しを頼まれて薬作りの部屋で作業し始めたのを確かめてから、竹丸は少し離れた先程の部屋で、約束どおり話し始めた。


「ひと月ほど前から、柾耶は襲撃されてる。瑛都の刺客で襲ってくる奴らは皆潰したから、ここ最近は静かだ。陛下たちは襲撃は鶯宿(おうしゅく)七海(ななみ)がやってるって言ってる。前の側用人だった人だ。『七海は陛下から落ち度もないのに側用人を降ろされ、そのうえ婚約者を盗られて恨みに思い、当てつけに柾耶を拐かそうとしたり、襲撃したりしている』、それが陛下たちの見立てだ。」


 先代陛下、柾耶の祖父柾太郎(しょうたろう)は外交が得意で、内政を自分より優秀な従兄弟に全て任せた。

 任されたその者は至誠を尽くして柾耶の祖父に仕えて結果を残した。その息子、鶯宿七海も大変優秀であったので、柾太郎は自分の息子柾史(まさし)の側近につけようとしたが、柾史はそれを拒み、大公家当主で英明の誉れ高かった紫矢に白羽の矢を立てた。そのうえ、七海の婚約者に横恋慕し、娶ってしまった。


「確かに、俺が潰して締め上げた奴らは皆、鶯宿に雇われたって言う。でも、俺と父さんは違うと思ってる。黒幕は別だ。実はな、祖父さん以外の俺の師匠って、鶯宿が雇った忍者のじっちゃんと刺客のおっちゃんなんだよ。雇い主が鶯宿だってわかったのは最近だけど。」


 柾耶が六歳になる頃、紫矢は幼い柾耶になんらかの手が及ばんとしていることを察知し、竹丸を護衛兼従者につけた。新しい玩具が置かれていたり、何者かが柾耶を手懐けようとした痕跡があったからである。

 直ぐに正体は知れた。老忍者が少年竹丸の卓越した腕前に惚れ込んで、雇い主の名は伏せたまま、事情を明かしてきたからである。

 曰く、「自分の今養育している子には背中に、生まれたときにはなかった奇異な痣がある。神殿で取り替えられたに違いない。過日、一目見てこの子と今養育している子がそっくりで確信した。見かけたときに、不十分な養育だったので心配だ。連れ出してほしい」と頼まれた、と。ちなみに、竜舞国の名家には子が一歳になると神殿に参拝して無事の成長を祈る習慣がある。

 竹丸は紫矢に報告した。柾耶の養育が手薄であるという紫矢もかねてより懸念していた事実を突きつけられ、加えて祖父だという老忍者の哀願も鬼気に迫り無下にできないものがあって、紫矢は悩んだ。

 なにしろ、卵生の竜人にあって血縁かどうかを確かめる(すべ)は聞いたことがない。そもそも神殿で取り替えられたなどと聞いたこともない。確かな証もなく、不審者の言い分のみを信じて柾耶を危険に曝すわけにはいかない。

 結局、そうこうしているうちに、竹丸や紫矢によって養育状況が見違えるように良くなったことに満足して、ときどき見に来ると言い置いて、老忍者たちは手を引いた。そして言葉どおり、度々やって来ては柾耶の様子を見、竹丸を鍛え、去っていった。それはやがて老忍者から壮年の刺客に変わって引き継がれ、竹丸が竜舞国で二人しかいない「特忍」になっても続けられていた。


「それまではな、襲撃っていうか俺の鍛練だったわけ。まぁ、じっちゃんがこっそり柾耶の消息を確かめてたりして、鶯宿が全然何もしてない、全くの無関係とはいえないのがややこしい。黒幕はこれを知ってて、利用してる。ひと月ほど前からの襲撃はそんな(まやか)しじゃない。『王家所縁の「嫡男の印」があり、こちらが王の子だ。柾耶と交換しろ』って柾耶を直に狙ってくる。鶯宿の名を出して。ここには倫の「侵害者除外石」があるだろ?だから父さんが念のためって。柾耶をホントは倫に会わせたくないし、家にも入れたくないの。でも可愛い弟分だから。完全に俺たちの事情なのに、俺が我慢できなくて、倫を困らせてる。ごめんな……。」


 竹丸はぺったり額を畳につけた。


「……さっきちょっと困っただけだから、大丈夫。竹ちゃんがわたしを大事にしてくれる気持ち、いつも嬉しいし。でもわたしには難し過ぎる。石はいくつもあるんだから、柾耶さまの部屋にも置くとかじゃ駄目?」


「俺が倫に会いたくて、一択だっただけ……」


「……もおっ、わたしも気をつけるようにするから、竹ちゃんはもっと我慢して!!」


「はい。」


 赤くなって静かになるふたりであった。



「凄く濃く重い話だったと思うけど、柾耶さまにはどこまで?」


「最近襲撃されてることは知ってる。外出を制限したりするために言ったから。あ、伊織のことも柾耶には言わないでくれよ。花鳥風月がらみで偶々(たまたま)知っちゃっただけなんだ。」


「なんで親のこと隠すの?やっぱり確かな証がないから?」


「そうだ。それに、言っても仕方ないだろう?取り替える?どうやって?痣だってひょっとしたら神殿でできたかもしれないし。最悪、鶯宿の子だって確かになれば、陛下たちがかえって柾耶に嫌がらせしてくることだってあり得る。鶯宿もそう考えてる。だから手を引いた。」


「竹ちゃんを凄腕の護衛にして?」


「そう。俺、楠瀬の嫡男だから父さんは怒ってるけどな。俺が楽しくてやっちゃったのよ。そもそも父さんは俺に危ないことさせないつもりだったからな。可愛い弟分と遊びなさいってくらいの。鶯宿はじっちゃんがそんなことしたって知らなくて、騒動に鶯宿の名が出て、俺たちがじっちゃんの雇い主が鶯宿だって知ってから謝ってきた。」


「鶯宿さんって今どうしてるの?」


「なんも。先王陛下の庇護もあって、知らぬ存ぜぬで通してる。鶯宿は本当に優秀で、今も城に信奉者がいるし、陛下たちのほうが嫌いって人も多い。父さんもそうだ。」


「友達かと思ってたけど?」


「側用人の打診がきたときは、なんも不審に思わなかったらしい。もともと陛下と鶯宿は仲が良くなかったから。人を好きになるのは仕方ない、けどなー、父さんは『母さんしか有り得ん人』だから、横から掻っ攫うとか、もやもやしたって。盗られて鶯宿が寧ろ喜んでたし、柾耶がひとりにされてて気になって辞めなかっただけだって。陛下は仕事はできるけど、それ以外人を気遣うとか駄目なんだよ。」


「へぇー。それにしても、神殿で取り替えられたって何?」


「さぁ?一歳の神殿参りが同じ日だったそうだよ。赤子がぐずったら外であやしてくれてその時とか?聞いたことない。」


「倫子殿ぉ~、これくらいかな?見に来てくださらぬか~。」


 竹丸の頬擦りが再開された頃、柾耶の呼ぶ声がした。


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