第2話「囁きに溺れ、三点から始まる試練」④
侍女たちが素早く背中の編み上げを解き、重たいドレスを脱がせていく。
身体は軽くなったけれど、心はぐったり。思わず小声でこぼした。
「いつもごめんね……私だって着たくないんだけどさ……」
苦笑して目を合わせると、侍女たちは驚いたように瞬きをし、それから柔らかく微笑んだ。
「お嬢様のお気持ちだけで、十分でございます」
「殿下のお隣に立たれる方ですから、私たちも誇らしいんですよ」
わぁ……優しい。
胸の奥がじんと熱くなる。
「だから、ほんの少しだけ……コルセット緩くしてくれない?」
「……ダメですね」
「ダメかぁ……」
肩を落とす私を見て、侍女の一人が淡々と手を動かしながらも、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「お嬢様、殿下のお隣に立たれる方なのですから。完璧でなくては」
「プレッシャーすごっ」
いや……エド、絶対そんなの気にしないってば。
だって家庭教師の時、ネグリジェ許可してた人だよ?
今だって『ネグリジェでも構わないよ』って言いかねない。
最初に比べたらずっと楽な軽装ドレスに着替えさせられ、鏡に映る自分を確認する。
深呼吸して口角をきゅっと上げ、作られた笑みを浮かべる。
こうして、次の授業の鐘が高らかに鳴った。
次に案内されたのは、王宮の奥深くにある『講義室』。
高い天井まで届く巨大な書棚には、革装丁の古書や羊皮紙がびっしりと並んでいる。
空気にはインクと羊皮紙、そして薬草のような乾いた匂いが混ざり合い、歩くだけで頭が良くなりそうな錯覚すら覚える。
わぁ……まるで魔法学校の校長先生が出てきそうな雰囲気だ……!
机に腰かけていたのは、胸元まで伸びた真っ白な髭を蓄えた老紳士。
深い青のローブには金糸の刺繍が施され、手には長年使い込まれた杖。
眼鏡の奥の瞳は穏やかに微笑みを浮かべつつ、時折底知れぬ光を宿していた。
「ようこそ、王宮の学び舎へ。……おっと、難しく考える必要はありませんぞ。
わしはエルネスト。三代の王に仕え、この国の知識の番人でございます」
声は夜の朗読のように柔らかく、耳に心地よい。
礼法の授業でガチガチに固まっていた肩が、自然とほぐれていく。
「さて、歴史から始めましょう。五百年前、この国を興したのは『神聖王アルヴェルト』。
彼は嵐を鎮め、大地を導き、民を照らしたと伝えられています……」
語り口は静かだが、身振りはどこか芝居がかっていて、まるで大広間で演説しているかのよう。
眼鏡の奥で光る視線に射抜かれ、思わず背筋が伸びる。
えっ……今、心を読まれた!?
話題は宗教から政治へ、さらに芸術へと広がっていく。
「絵画は心の窓、舞踏は精神の鏡、音楽は魂の糧。……姫君も音楽には特別なお顔をなさいますな」
「えっ!?……あ、いや、その……」
突然の指摘に、どぎまぎする。
「ほほ、殿下も音楽には目がございましてな。夜更けに窓辺で、一人口ずさむことも。おっと、これは内緒でしたな」
「っ……!?」
にやりと目を細める仕草は、子どもに秘密を打ち明けて楽しむ老人そのもの。
なにそれ。エドって夜に歌うの!?
今まで聞いたことないんだけど!でも確かに、私にダンスや歌の授業があるくらいだから、エドもできて当然なのかも……。
老学士は微笑みながら、遠い昔を懐かしむような顔をする。
その横顔は、まるで『時代を超えて存在する者』のように幻想的で、一瞬だけ別世界に迷い込んだ気すらした。
脱線は多いけれど、語り口には不思議な引力があり、気づけば完全に惹き込まれていた。
そして気づけば、礼法の時間とは別の意味で頭がパンパンになっている。
「本日の講義はここまで。知識は一朝一夕では身につきませぬ。焦らず、少しずつ」
老学士の言葉に、私はふぅっと大きく息を吐いた。
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