第2話「囁きに溺れ、三点から始まる試練」②
扉が開き、姿を現したのは茶髪に切れ長の瞳を持つ整った青年。
「アリエル、紹介がまだだったね。彼は側近のコンラート・ヴィルヘルムだ」
名を呼ばれた青年は、深々と礼をして淡々と自己紹介をする。
「初めまして、公爵令嬢。私はコンラート・ヴィルヘルム、殿下の側近を務めております」
「クローバー公爵家のアリエル・C・ラバーでございます。お目にかかれて光栄です」
側近。つまり秘書的な立場?
でも、王妃の言葉やエドの反応を見る限り、それ以上の信頼を得ているのは間違いない。
コンラートは咳払い一つ。真っすぐエドに向き直り、低い声で告げた。
「お立場をお忘れなく。本日はまだ、書類が山積しております」
「……わかっている」
宮殿の大扉の前まで、エドが見送ってくれたことが救いだった。
何度も違う廊下へ曲がりかけては『そっちじゃない』と手を引き戻され……迷子スレスレだったのは内緒。
外ではすでに馬車が待機していて、従者が恭しく扉を開ける。
乗り込む直前、侍女が持っていたマントをエドが肩にかけてくれる。
そのまま背後からそっと手を添え、耳元に低い声を落とした。
「……リエル。近いうちに、また会いに行くから」
囁きは熱を帯びて耳に残り、肩から離れる手の温もりに名残惜しさが募る。
思わず振り返ると、公務へ戻るはずの彼がまだ立ち尽くしていて……胸がきゅっと鳴った。
馬車に乗り込み、扉が閉ざされる。ふぅ、と長い息が漏れる。
王妃との時間は優しくもあったが、緊張の糸は休む暇なく張りつめ、今になって一気に全身が重くなった。
けれど、最後に交わしたエドの瞳の熱が、余韻のように心を温め続けている。
「帰ったら、速攻でネグリジェに着替えよう。あ、でもその前にワンワンのお散歩……」
そしてどの本を読もうかと考える。現実逃避のように次々と予定を並べるのは、胸の奥に渦巻くもう少し一緒にいたかった気持ちを押し殺すためだった。
もう何度目だろう、朝からドレスに着替えさせられるのは。
最初は緊張で朝食すら喉を通らなかったけれど、今ではしっかりモリモリ食べている。
だって食べないと、この後の試練で本当に死ぬっていい加減学んだからね。
「お嬢様、お支度整いましたので、ご移動を」
部屋を出る足取りは重い。
けれど、廊下の窓から差し込む光はやけに眩しく、私の憂鬱を嘲笑っているかのようだ。
ぼんやり侍女に付いて行くと、気づけば玄関。
マントを羽織らされ、そのまま馬車に乗せられていた。
「え!?今日は外に行くの?」
「はい、これから王宮に向かいます」
はぁぁっぁあ!?昨日行ったばっかなんだけど!?
「えっ……お妃教育って王宮でやるの?今後ずっと?」
「はい。詳しくは存じませんが、王家独自のご作法があるのではと」
まじか。王子との婚約、完全に舐めてた。
今の説明を聞いただけで、一気に帰りたくなった。いや、話を聞かなくても常に帰りたいんだけど。
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