第2話「囁きに溺れ、三点から始まる試練」①
「え、ちょ、えっ……!」
慌てる私の手を強く握り、エドが立ち上がらせる。
その動作には一切の迷いがなく、背後に残る王妃の温かな視線を振り切るようにして、サロンの外へと導かれる。
長い廊下を手を引かれながら進む。
壁に並ぶ肖像画や高価そうな壺を横目に通り過ぎるけれど、どれも緊張を煽るばかりで、心を落ち着かせてはくれない。
いったいどれくらいの部屋を通り過ぎただろう。気づけば方向感覚なんてとっくに失っていた。
……いやもうこれ、遭難できる自信ある。王宮って迷路かよ!
やがて案内されたのは、王宮の奥にある王太子専用の居室だった。
重厚な扉が開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは大きな暖炉。
王妃の部屋では薪が燃えていたけれど、ここでは魔法石が赤く光を放ち、柔らかい熱を広げている。
じんわりと伝わる温もりは、冬を迎えつつある外気を一瞬で忘れさせてくれた。
けれど、居室というよりは政務室そのもの。
窓には厚手のカーテン、床には王家の紋章入りの重厚な絨毯。
壁一面を埋める本棚、机の上には整然と積まれた書類の山。
羽ペンも印章も、定規で揃えたみたいに真っすぐ並んでいて……正直、落ち着くどころか圧迫感しかない。
天蓋付きのベッドは一応あるけれど、生活感が一切ない。
まるで『王太子の部屋とはこうあるべき』と誰かが作り上げた空間で、本人の匂いがまったくしない。
自分の部屋と比べると冷たく感じてしまい、胸が少しだけ縮こまった。
窓辺に立つと、どこまでも続く広大な庭園が視界を埋める。
「ここ、エドの部屋?」
「ああ……ここなら誰にも邪魔されない」
そう答えた瞬間、背後から腕が回される。
ぐっと抱きしめられ、強い体温に包まれた。
ふわりと漂うのは、落ち着いた柑橘にウッディが重なる香り。
冷たい部屋の印象とは違い、これは間違いなくエドそのものの匂いで……その一瞬で緊張がほどけていく。
「心配で、いてもたってもいられなかった」
「大袈裟すぎるって……自分の母親でしょ」
「公務中もリエルのことばかり考えていた。コンラートに聞いたときは、気づけば執務室を飛び出していた」
切実さを滲ませる声。
言葉以上に、抱きしめる腕と胸の鼓動が、彼の焦燥を物語っていた。
ふと見上げると、綺麗な瞳と視線が交わる。
名前を呼ぶ声が、低く震える。
「リエル……」
あ、これって……。
エドの顔がゆっくり近づき、思わず瞼を閉じかけた、その時。
「……殿下」
重い扉越しに響く、落ち着いた低音。
現実へと引き戻され、慌てて顔を逸らす。
「そろそろお時間です」
小さな舌打ちが聞こえ、エドは名残惜しそうに腕を解いた。
その横顔は、王太子としての冷静さを取り戻そうとしながらも、ほんの少しだけ未練を滲ませていた。
いやいや!邪魔されないって言ったじゃん!?
……別に邪魔が入って残念ってわけじゃないけど。
あっぶなーー!完全に流されてキスするところだった!!
マジで油断ならない!なんなんだこいつの雰囲気づくりスキル、反則すぎるんだけど!?
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