第15話「星屑を纏った花嫁のため息」②
にこやかに告げる侍女たちに両脇を抱えられ、私はおずおずと湯に身を沈める。
心地よい温度に肩の力が抜けたのも束の間。
「では、髪から整えさせていただきます」
「お肌も、艶が増すよう丹念に……」
ちょっ……!?ちょっと待って!?なんでそんな張り切ってんの!?
確かにめちゃくちゃ疲れていたから……すっごい気持ちいい!!ありがとう!!
頭皮をマッサージされ、背中を磨かれ、腕から足先まで隈なく手が伸びていく。
石鹸の泡と香油の甘い香りに包まれながら、私はもはや湯に浮かぶ人形のようだった。
「花嫁様、爪先まで美しく整えておきましょう」
「殿下もきっとお喜びになります」
「待って!!言葉で言われると生々しくてキツいから!!」
思わず叫んだものの、侍女たちは楽しげに笑うだけで、手を止める気配はない。
やがて髪には香油が梳かれ、肌は薔薇色に磨き上げられていった。
準備が整い、大きな天蓋付きのベッドの枕元に座る。
……なんか、周りの圧が強すぎて逆に冷めてきたんだけど。
もう、さっきの侍女たちもそうだし、会場中の人が『今夜こそ!』って期待してます感が半端ない。
いかにも過ぎて、女の私ですらちょっと萎えるわ。
まぁ、エドは王太子だもんな。周りが盛り上がるのは仕方ない。
でも、本当にこれでセシルを守ることに繋がるのか……だんだん自信がなくなってきた。
そんな不純な動機で結婚してしまって、エドに申し訳ない気もする。
あ、でも言い出したのはエドの方か……なら、いいのかな……?
29年間こういうことは無縁だったけど、医者だし大人だし、身体のことは分かってる。
知識だけは、それなりに積んできたはず。
けど……こんなに自分の心臓の音が煩くなるなんて思わなかった。
未知すぎて、幻滅されたらどうしよう。
だいたいエドは、私に幻想を重ねすぎなんだよ。
あいつが好きになったのは『アリエル』であって、私じゃない。
アリエルならきっと……あいつの理想どおりの振る舞いができて、幻滅なんてされないのかもしれない。
ごめん、アリエル。
私が好き勝手に動いたせいで、お前の気持ちを無視して、これからお前の身体を使ってエドと……。
羽織っていた、エドからもらったストールをぎゅっと握りしめ、思わず膝を抱え込む。
扉の外に人の気配がした気がして、心臓が跳ね上がった。
コンコンコンッ。
「入っても構わないかな?」
「……どうぞ」
鼓動が一気に早まり、呼吸まで浅くなる。
扉が軋む音を立てて静かに開き、私は反射的に背筋を伸ばした。
「……リエル」
低く落ち着いた声とともに、エドが入ってきた。
さきほどの濃紺のローブ姿のまま、余計な装飾は外されていて、少しだけ肩の力を抜いたように見える。
ベッドの枕元で体育座りしていた私を確認すると、彼は足元の端に腰を下ろした。
……いや、遠いなおい。
お前、さんざん私を押し倒してきたやつと本当に同一人物かよ。
さっきだって、堂々と大広間を支配していたくせに。
二人の間に流れる長い沈黙。
「エード!」
思わず名前を呼んで近づく。顔をこちらに向けず、少し俯いた横顔を見ただけで分かる。
きっとエドも、私と同じで緊張しているんだ。
アリエルがどうこう考えたって仕方ない。私は私。私らしくいくしかない。
エドと目を合わせるため、思い切ってその膝に跨り、両手で顔を持ち上げる。
「……リエル……」
「……やっとこっち向いたな」
そのまま、彼の手を取って胸元に誘導する。
「リエル……!」
「違う違う、ちょっと落ち着けって……」
胸元、というか心臓のあたり。
「わかる?爆発しそうなくらい、鼓動が速いの」
……もう心拍わかんない。長距離走った後みたい。
耳から心臓が飛び出すんじゃないかってくらい、バックンバックンしてる。
「エドは?」
「……多分、俺もだ……」
「ふふっ。だよね……。だからさ、まずはちょっとだけ……いつもとは違うキスからしよ?」
「……すまない……その、君にそんなことを言わせてしまい……」
胸元から離れた手は、気づけば腰に回り、力が込められる。
氷青色の瞳の中に、私の姿だけが映っていた。
エドが静かに手袋を片方外す。
もう片方は指を掛ける代わりに、ふと唇へ持っていき、白い布を歯に挟んでゆっくりと引き抜いた。
『すっ』と布が擦れるかすかな音。白布が唇の端をかすめ、するりと抜け落ちる。
外れた手袋は無造作にベッド脇へ落とされ、床にやわらかく落ちる音がした。
素手になった掌が頬を包み込んだ瞬間、ひやりとした指先がすぐに熱を帯び、思わず息を呑む。
その無造作な仕草に、心臓がどくりと跳ねる。
意味なんてわからない。ただ、目の前の男があまりにも艶っぽく見えて、息が止まってしまう。
「……そんな顔をされると、余計に理性がもたない」
低く囁かれ、ますます頬が熱くなる。
吐息が近付き、瞼を閉じる。
重なった唇は、いつものように軽く、浅く……そこから徐々に深く、長く。
肩からストールが滑り落ちても、もう気にもならなかった。
二人きりの部屋で、お互いだけを見つめて。
疲れているはずなのに、私はエドのことを……もっと知りたいと思ってしまった。
知り合ってからなんてたかが数カ月。
エドが私を想う気持ちがあまりにもデカすぎて、全然敵う気がしない。
一生追い付くことなんてできないけれど、それでも、数えきれないほどの時を、これから二人で過ごすんだろう。
きっと、この先の一分一秒はかけがえのないものになる。そんな気がした。
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