第1話「逃げ道のない王宮のサロンへ」③
たどり着いた先は、壮麗な大広間ではなく、王妃専用の私的なサロンだった。
暖炉には火がくべられ、ぱちぱちと心地よい音を立てている。外の寒さが嘘のように暖かい。
窓辺のカーテンは薄紫に揺れ、差し込む光を柔らかく映していた。
中央の丸テーブルには、すでに二人分のティーセットと小さな菓子皿が整っている。
壁には穏やかな風景画、棚には古びた本や可愛らしい小物。
宮殿の中とは思えないほど落ち着いた雰囲気で、まるで誰かの居間に招かれたような親しみすらあった。
それでも緊張は収まらない。はぁ、何で呼ばれたんだろう。逃げたい。
いや、むしろ帰りたい。……でも帰り道わかんない。
どれくらい待っただろう。やがて扉が静かに開き、王妃が優雅に現れる。
その瞬間、背筋がぎゅっと強張り、私は慌ててスカートの裾を摘み上げ、深々とカーテシーをした。
胸の奥がドクンと鳴り、頭を上げるまでの数秒が永遠のように長く感じられる。
「クローバー公爵家の娘、アリエル・C・ラバーでございます。このような機会を賜り、光栄に存じます」
少し震えた声は、きっと緊張のせい。
王妃は私の言葉に微笑み、やわらかく頷いた。
「よく来てくださいましたね、アリエル嬢。ようこそ、わたくしのサロンへ」
その声は想像よりずっと穏やかで、心を撫でるようだった。
「お待たせしてしまいましたわね。どうぞ、お掛けになって」
促され、恐る恐る正面の椅子に腰を下ろす。
「今日は二人きりで、ゆっくりお話ししたいの。……下がってちょうだい」
その一言で、侍女たちが一礼して退出していく。
ちょ、待って!なんで私も一緒に連れて行ってくれないの!?二人きりって、何を話せばいいの!?
思い返せば、王妃と顔を合わせたのは婚約式でティアラを戴いたときが最初で最後。
しかも緊張で記憶がほぼ飛んでる。
だから今、真正面に座る彼女を見て、改めて思った。
……綺麗すぎる。なるほど、この人からエドが生まれたんだ、と。妙に納得してしまう。
王妃は深い紺や金銀の豪奢な衣装ではなく、柔らかなペールブルーのドレスをまとっていた。
光を受けるたび、布地が淡く揺れ、春の花を思わせる穏やかな色彩を映す。
胸元には大粒の宝石ではなく、さりげない真珠のネックレス。
プラチナブロンドの髪は固く結い上げられず、低めのシニヨンに真珠の飾りを一つ添えるだけ。
その姿は、華やかさよりも上品な落ち着きを感じさせた。
「急に呼んでしまって、ごめんなさいね。エドが知ったら、きっと反対するでしょう?」
柔らかな声色に、叱責でも値踏みでもない温度が宿っている。
王妃の瞳は、まるで母が娘を見守るような温かさを帯びていた。
王妃は自らポットを手に取り、淡い笑みを浮かべながらティーカップへと注ぐ。
気品に満ちたその仕草なのに、不思議と緊張が和らぐ。
「今日は特別よ。わたくしが淹れるから、気を楽にしてね」
差し出されたカップからは、心をほどくような香りが立ちのぼる。
湯気に包まれながら、自然と肩の力が抜けていった。
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