第12話「血判と黄金の契約」
あんまりにも私に馴染みがなくて、忘れかけてたけど、そういやここ魔法ある世界だったわ……。
キラキラと光の粒子が舞う契約書をうっとり眺めていたら、役人の淡々とした声が追い打ちをかける。
「……かかる婚姻契約において、離縁を望む場合、当事者は王国歳入三年分に相当する慰謝料を支払うものとする」
私の中の時間が止まった。
おうこくさいにゅう、さん……ねんぶん……?
えっ……それって……王国歳入三年分って、日本で例えるなら、国家予算三三0兆円!!?!??
草。いやいやいや、絶対無理!!
エドからもらったアクセサリー全部売り払っても一ミリも届かない!
離婚=即死刑宣告。速攻自己破産コースじゃん!!
なんでそんな大事なこと、最初に誰も教えてくれないの!?
ってかエド、あいつもよくこんなのにサインしたなぁ!!!
必死に口角を上げて『王太子妃スマイル』を維持しつつ、心の中では大荒れ。
……待て。逆に考えるんだ。
もしエドが浮気したら、私が慰謝料三三0兆円もらえるってことじゃない!?
三三0兆あれば一生遊んで暮らせるどころか、前世で過労死した無念も全力で成仏できる……!!
……でも、エドが浮気する未来なんて全然想像できないんだよな。
うん、ないな。三三0兆は夢のまた夢だわ。
婚礼を控え、公爵邸の広間には王宮から衣装係がやってきていた。
テーブルの上には純白のドレス、煌めくティアラ、耳飾りやネックレスが並び、まるで宝石店のショーケースのよう。
鏡の前に立たされ、侍女たちの手で一つ一つ身に着けていく。
雪のように白い布が肌を包み、金糸銀糸が光を反射するたび、部屋の空気がぴんと張りつめていく。
「花嫁様、とてもお似合いでございます」
「ティアラを少し下げますね……はい、完璧です」
鏡の中には、昨日までの自分とは違う誰かがいた。
煌びやかなティアラに、王家の紋章を模したネックレス。
装身具一つ一つが重く、責任ごと肩にのしかかるようで息苦しい。
……うわぁ。完全に花嫁仕様。
いやこれ、本当に明日、結婚式やるやつじゃん……?
まだ全然現実味がないんだけど……。
裾を広げられ、ティアラの角度を直され、最後に薄いベールを掛けられる。
純白に包まれた自分の姿を見つめながら、私は小さく息を吐いた。
友達の結婚式には何度か出たことがある。
バージンロードを歩く姿を見て、泣きながら『綺麗だな』って思ったっけ。
あの時のみんなも、こんなふうに心臓がドキドキしていたのかな。
なんか、私のは友達のとちょっと違う気がしなくも無いけど……
だって三三0兆賭けられてるからね。マジ命懸け。
そして……。
親に、この姿を見てもらいたかったな……と、ふと胸にこみあげる。
アリエルという美少女の姿だからこそ、そう思うのかもしれない。
でもきっと、どんな姿でも。
やっぱり私は『娘として』親に見てもらいたいって、願ってしまうんだ。
朝の光が差し込むクローバー公爵邸の大広間。
すでに支度を整えた私は、鏡の前に立っていた。
婚約式で纏った禁色のストールとは違い、今日はクローバー家の象徴色である深い緑を基調とした正装のドレス。
絹地の上には繊細な金糸の刺繍が流れるように施され、裾には百合と四つ葉の紋章が散りばめられている。
耳元では家宝の翡翠の耳飾りが揺れ、胸元には代々伝わるネックレスが重々しく輝いていた。
「……綺麗よ、アリエル」
母がそっと目元を押さえながら微笑む。
わぁ……大変だ。まだ純白ドレスに着替える前なのに、すでに豪華すぎるんだけど!?
この上さらにコルセットで締め上げられて、王家のティアラまで乗せるとか……私の体力、最後まで持つのか?
裾を整え、家族の前に一歩進み出る。
大広間の扉が開けば、石畳にずらりと並んだ使用人や領民たちが一斉に頭を垂れた。
花嫁馬車は白馬四頭立て、金と緑の装飾が朝日に眩しく輝いている。
深呼吸を一つ。
『クローバー家の娘』としての最後の姿を背負い、馬車へと歩み出した。
石畳を踏みしめる蹄の音が、コツ、コツと馬車の中に規則正しく響いている。
窓の外に広がるのは、いつもと変わらない朝の街並み。
……市場、楽しかったなぁ。
食べ歩きしたり、賭け事に首を突っ込んで逃げたり。
結婚したら、もう二人でふらっと行ったりはできないのかな。
馬車はさらに進み、以前立ち寄った本屋の前を通り過ぎる。
あの本屋も……また覗きたい。あの静かな雰囲気、落ち着けて好きなんだよね。
ふっとため息が漏れる。
あぁ……あと数時間で既婚者になるとか……全然イメージ湧かない。
二十九年間独身だったんだぞ、私。
それが転生して、たった八カ月で既婚になるなんて、どういうことだよ……。
揺れる馬車の中で、まるで走馬灯のように思い出が浮かんでは消えていく。
婚約式で王宮に向かう時も、同じようにこの世界での出来事を振り返っていた。
あれから五カ月。やっぱり思い出すのはエドとのことばかり。
聖夜市に行ったり、聖夜祭、年越しの祈りと新年の拝礼、顕現祭……振り返ればイベントだらけの日々。
どれも大変だったけれど、きっとそのどれもが、もう手放さなければならない日常なんだろうな。
やがて馬車が止まり、扉が開かれる。
白亜の王宮が目の前にそびえ立つと、思わず目を細めて見上げてしまった。
……ついに私の居住が、この魔王城になるのか。
そういえば、新居の宮殿を建築中だと聞いた気がする。
でも結婚が早まったせいで、まだ未完成なんだっけ……?
どんな家になるのか、エドに丸投げしたままだから全然知らないんだよなぁ。
どよ~んとした思考を抱えたまま、侍女に導かれて花嫁の間へ。
王宮の奥、花嫁の間に通されると、部屋いっぱいに純白の衣装が用意されていた。
壁際には侍女たちがずらりと並び、私が入った瞬間、一斉にお辞儀をする。
大きな鏡の前に立たされ、クローバー家の正装ドレスを脱ぎ、いよいよ純白の花嫁衣装へ。
重ねられた布は雪のように白く、金糸と銀糸で王家の紋章が織り込まれている。
裾には百合の花模様、ベールには星を散りばめたような繊細な刺繍。
……わぁ。婚約式の時のドレスも豪華だったけど、これはまた別物だ。
神聖さの桁が違いすぎて、逆に怖い……!
これ、下手したら私よりドレスの方が主役じゃない?
侍女たちが一斉に動き出す。
ぎゅっとコルセットを締め上げられ、思わず顔が引きつる。
必死に平静を装っているうちに、ティアラがそっと頭上に置かれた。
煌めく宝石は王家に代々伝わる婚礼専用のもの。
重みがずしりと頭にのしかかり、まるで『責任』という見えないものまで可視化されたようだった。
耳元にイヤリング、首元にネックレスが掛けられ、最後に長いベールが背に広がる。
鏡に映った自分は、もはやクローバー公爵家の娘ではない。
王国の未来を背負う『花嫁』そのものだった。
……なんかもう、逃げられないんだな、これ。
でも。
エドがこの姿を見たら、なんて言ってくれるんだろう。
それだけが、少しだけ楽しみだった。
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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ
※本作には、この物語の前段階にあたるお話しがあります。
ご興味のある方はそちらもご覧いただけると嬉しいです。
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